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「愛することはない」とかまぢウケるんだけど笑 ゥチの方こそ心に決めたオタクくんがいるんで♡

 

「ミラよ。私はついに真実の愛を見つけたのだ。よって、貴様を愛することは無い」

「はい」

「分かってくれるな」

「はい。では迅速に婚約破棄の手続きに取り掛かります」

 

 婚約破棄の内容説明、三秒。

 それに私が頷いたのは一秒後。

 

 この神聖クレイ王国の長~い歴史の中でも最速最短の婚約破棄劇は、この夜、王城のパーティー会場にて行われていた。

 が、王子・アレクセイは自分で言い出したことにも関わらずひっくり返りそうになっている。

 

「な、な!? りりり理由を聞かないのか!?」

「はい」

「イイ返事をするな! 貴様がこのか弱いユリエッタ男爵令嬢に加えた暴言や暴力や迫害の数々は証拠が揃って……」

「さようでございますか」

 

 はてな。

 私は、ことりと首を傾げ、王子の横でぴえんって感じにウルウル目をしている女性を見やった。

 

「身に覚えがありません。そして、それと我々の婚約破棄には関係がないのではございませんか?」

「ある!あるだろう! 」

「さようでございますか。しかし婚約破棄は謹んでお受けするつもりでございます。そちらの真偽についてはまた別に裁判をすることにいたしましょう」

「は……」

 

 言いたいことを言い切って、私──ミラ・ユラ・クルセイ侯爵令嬢はスッときびすを返した。

 そしてキツく巻いていた髪をほどき、しゅるりとウェーブの金髪を解き放った。

 

「ッシャーーーッッッ!!!!!」

 

 ガッツポーズして勝鬨を上げる。取り巻いていた人々が露骨にビクッ!として笑いそうになった。

 私は……。

 

 否。

 

 「ゥチ」は、もう、王妃にならなくていいのだ!

 

「かいほ~かんヤバ!!やばたにえん!! あっ古い? もう古いかな」

「なっ!? ミラ貴様、気でも触れたか!?」

「……い~え~?」

 

 豊かな金髪をふぁさっとなびかせつつ振り返る。もうクソダサい引っ詰め髪にしなくて良いのかと思うと心が踊る。

 窓から入り込んだ夜風で髪がサラサラとたなびき煌めいた。

 まるで月光まで自分の新しい門出を祝福してくれているようだ。

 

 良い気持ちのまま、仰天した様子の王子や取り巻きに向けて、裏ダブルピースしてみせる。

 

「これがホントのゥチだし♡」

 

「は……はぁぁあ!?」

「王妃候補の仕事しなくていんだったらもー真面目ぶる必要ないし。つーわけでばいばーい♡」

 

 上機嫌な声を上げてひらひら手を振り会場を後にする。

 しかし、パーティー会場の出口を出ようとしたところで、こちらを見ている父に気がついた。

 

 アシモフ・ド・クルセイ侯爵。

 

 鬼宰相と名高い父が、じっと厳しい顔でゥチを見ている。

 父娘の視線が交錯する。

 

 そうしてから──父は鬼のように厳しくて渋い顔のまま、ゥチに向けて、かわゆく裏ダブルピースした。

 

「立派な対応だったぞ♡」

「うい♡」

 

 実は王妃候補を降りる可能性については両親にも伝えてあったし勧められてもいたので、なんの問題もなかった。

 幼い頃に婚約が決まった時は分からなかったが、アレクセイ王子は筋金入りの夢見がちおバカであり、しかもそのまま成長しなかった。

 そんな王子の後ろ盾を得たところで大して使えないどころか心中させられる羽目になるかもしれないと判断していたから、両親の決断は異様に早かった。

 なお、一部の女性の間で流行っているギャル文化を家に持ち込んだのは当然私である。

 親バカを極めている両親はコミュニケーション手段として普通にそれを取り入れてくれた。

 

 父とピースをこつんとぶつけあう。

 

「長く役目で縛ってすまなかった。だが、お陰でもう足場は固まった。これからは好きに生きなさい。どんな道でもサポートする」

「りょ!」

 

 会場を出る。

 そうして夜の涼しい風を受けながらテクテク歩いて向かったのは、王城の北にある背の高い尖塔だった。

 

 通称、妖精塔。

 

 この神聖クレイ王国が神聖と呼ばれるのは、妖精が数多く生きて生活し、地に魔力が満ちていることが所以である。

 その妖精と、妖精を使役することで発動できる魔法の研究を行っているのが妖精塔だ。

 ゥチは窮屈な白いロンググローブもポイポイと捨て、ショールも付け尻もといバッスルの装飾も脱ぎ捨てて軽やかなドレス一枚になった。

 スキップする勢いでその塔へ入る。

 警備は厳重だが、王妃候補だったので顔パスだ。(様子が変だとだいぶ訝しがられているが。)

 バンと扉を開ければ、視界の先にはこんもりとした黒い塊がテーブルにもたれかかっていた。

 

「たのも~~!!」

「……ぅっお!?」

 

 ダダダと突撃して黒い塊──黒いローブを着た男のお尻に痛くない程度の膝蹴りをすると、テーブルの上で半分寝ていたらしい男がビクウッと動いた。

 慌てて振り向いた男はズレて指紋だらけの黒縁メガネを忙しなく直しつつ、早口をまくしたてた。

 

「ビッッックリするだろうがぁぁってまたアナタですか……な、な、何回言ったらそれやめてくれるんですか馬鹿なんですか」

「馬鹿じゃないしー。貴族学園の卒業試験首席だしー」

「そういう話じゃ……はぁ。も、もういいです」

 

 そう言って黒いローブを頭から被り、くせのある黒髪とメガネで顔を隠した男──ロランは大袈裟なため息をついた。

 

 ロランは二歳年上の魔術師だ。

 見た目はオドオドかつモサッとしていて冴えないし、どもるし、早口でモソモソ喋るわりに口も悪いしでモテない男の代表みたいな奴であるが、ゥチにとっての本当の“好きぴ”なのであった。

 

 でも全然意識してくれない。

 女として見てくれない。

 いや、王妃候補の時はもちろん好きでも好かれてもいけないのでこの気持ちを決して明かしたりはしなかったし、匂わせることすらしなかったので当然なのだが。

 

 子供のころ、お出かけ先のバラ園でストレスが天元突破して泣いていた時に偶然出会い、この本当の性格を知られてからというもの、付き合いがある。

 それ以来片思いしており、定期的に遊んでいるのだが意識してくれない。

 気づかれてはマズイけど、気づかれたい複雑な乙女心である。

 墓場まで持っていくと決めていた心だが……。

 

「というか、な、なんですかその格好。髪の毛なんかバサバサだし……」

「はー!? バサバサぢゃねーしお手入れの甲斐あってトゥルントゥルンだろうが!? 目ぇかっぽじってよく見て!?」

「アーハイソーデスネトゥルントゥルンですがどうしたんです」

「まとめ髪ダサいから流した~。この方が綺麗ぢゃない?」

 

 からりと笑って言うと、ロランが訝しげにした。

 そしてカレンダーを見て、「た、たしか夜会の日……なのに、その格好。この時間。この態度……」とブツブツ呟く。

 そして言った。

 

「は、はは。そ、そのふざけた性格がバレて婚約破棄でもされましたか」

「性格はバラしたの!んでも、婚約破棄されたのはまぢ♡」


 いえーい♡ とダブルピースする。

 ロランの瞳が驚愕に見開かれるのを見ないようにしながら壁際の棚に近寄った。

 

「ねーねーまた発明品増えた? コレとか何に使うの?」

「……それはカタツムリを安定してゆっくり回転させる装置です」 

「何それかわゆ。笑 これは?」

「……それは飼い鳥が寂しがっている時に光る足輪」

「天才じゃん! ね、これは?この白いのは?」

「……それは息を吹き込むと雪景色を見られる装置です」

「えっやば! やってもいい!?」

「いいですけど……ねぇ、ミラ」

 

 話を聞かず、白い球体を手で持ってふーっと息をふきかけてみた。

 すると──自分の視界が一面の白になった。

 次にざあっと白が粉雪に変わり、周囲がキラキラと輝き様子を変える。

 瞬きした瞬間には吹きすさぶ雪嵐が消え、視界の果てに雪山がそびえ立っていた。

 その手前には深い針葉樹の森があり、さらに手前には温かみのあるログハウスがあり、焚き火が燃えている。

 不思議とドレスでも寒くないが、感じる空気は心地よくキンと冷えている。

 はわぁ……とため息をついてから、試しに手のひらの玉にもう一度息をふきかけてみると、再び粉雪がぶわりと舞い上がって別の景色が浮かび上がってきた。

 今度は氷の板が浮かぶ極寒の海と、そこに生きているらしい、見たこともない白い獣や海の生き物の姿が見えた。

 もう一度吹き込むと、今度は犬に引かせたソリの中からの視点になった。凄まじい速さで雪が蹴散らされ、虹色に光る空の下を駆けていく。

 再び瞬きすると、しんとロウソクの光が灯る妖精塔の中に戻っていた。

 

「……、ぇ、す、すっごぉ……!? え、え、これなに!?」

「だから、息を吹き込むと雪景色が見える玉です」

「そういう次元じゃなくない!? てっきりスノーボールかと思ったけど全然違くない!? これリアルの景色!? 作り物じゃなくない!?」

「……よくわかりましたね。そう、実際にある今のどこかの風景を見せてる」

「ウッソやば……これってどこの風景でも見られるの?そういう水晶玉? 軍事利用したらヤバくない?」

「だ、だから雪景色限定ですって。暑いの嫌いだからそういう気晴らしが欲しくて……」

 

 これである。

 ロランは、所謂才能の無駄使いが大得意な変人であった。

 本人曰く、仲間からは“居ないものとして”扱われているらしいのだが、それでも国が誇る妖精塔の研究員なのだ。

 よくバカにされるらしいが、ゥチはロランが作る全てのものが面白くて大好きだった。

 なにより、彼の発明はどこか優しくて夢がある。見せてもらうと素敵な気持ちになれるのだ。

 

「ねね、これは?この矢印のやつは!?」

「……それは暇つぶししたい時に進むべき方向を示してくれる置物、だけど」

「暇つぶし限定なの!?有事の時限定にしたらそれこそ国宝になりそうなのに……ふっへへ、流石オタクくん!」

「あの」

「ね、これは?」

「ねぇ」

 

 ぴく、と指先が動いてしまっただろうか。

 悟られたくなくて後ろを振り向けない。

 

「ミラ」

「……なーに?」

「き、傷ついてるんじゃないの」

 

 舌打ちしたい気持ちになった。

 ロランがタメ口に戻る時は、ズケズケとものをいう時だ。

 オタクくんのくせにと言いたくて、でも本当は泣きたくなるほど嬉しくて、なによりバレたくなくて、ぐっと笑顔を作って振り向いた。

 開いた窓から入ってきた夜風が二人の頬を撫でる。

 

「なにを?」

「お、王妃教育。頑張ってきたんでしょ」

「……」

 

 それは、確かに悔しかった。

 誰よりも素晴らしい女性が王妃だ。

 規範の令嬢として振る舞い、修練と勉学に励み、公務を代行し、王子のやることを叱ったり目を瞑ったりなだめすかしたりし、国民に笑顔で手を振ってきた。

 ほかの令嬢との戦いも、手を取り合っての共闘もしてきた。

 だが。

 今回のことは、それら全てを無視してひっくり返してしまうような出来事だった。

 

「オタクくんが、分かったようなことを──」

「あの王子のことも、昔は好きだったんでしょ」


 遮るように言われて、ふ、と口を閉じてしまった。

 

 本当に幼い頃のことだ。ロランと出会うよりも前。

 花のように笑う王子が、不器用で泣いてばかりだったゥチの手を取り、「共に頑張ろう」と言ってくれた時。

 自分は派閥のためだけではなく、この人の為に国母になろうと思ったものだった。

 それは恋ではなかったが、幼いながらに母のような愛ではあったかもしれない。

 今はそんな気持ちはサッパリ消え去ったが、初めに胸にあった誓いは、その終焉に静かに涙を流していた。

 

「十歳より昔のことだよ、ロラン」

「……見世物にされて、恥ずかしくて、泣きたかったんじゃないの」

 

 ……そう、恥ずかしかった。

 ユリエッタ男爵令嬢より、女として格下だと公式に発表されたようなものだった。

 婚約を守る価値もなく、その後に気を使う必要すらない、女性としての魅力のない生き物だと、全世界に向けて発信されたような断罪の夜。

 覚悟していたとはいえ、思った以上に最悪の形で、本当に見世物にされて、恥ずかしくて惨めで堪らなくて、これから先自分に本当に幸せが訪れるのかと、不安にならないわけがなかった。

 

「……見、てきたように、言うじゃん。引きこもってたくせに」

「今、見た」

 

 見ればロランの左目の瞳孔がほのかに蒼く光っていた。それがすっと光り止む。

 どんな発明か魔法か知らないが、話しながら“見て”きたのだろう。

 参ったなぁ、と思った。

 こんなふうに指摘して、なにを言いたいのだろう。

 分かりたいような分かりたくないような気持ちで微笑み、横を向く。

 

「見られちゃったかぁ」

「うん」

「ハズいんですけど。もうちょっと上手くやれるかと思ってたからさ」

「殺してきてあげようか」

 

 ……は、と呼吸が止まった。

 

「……な、に言って」

「行ってすぐ帰って来れるよ。それから泣けばいい」

「ぇ、ま、待て待て待て待ってオタクくんウェイト!ウェイト!?」

 

 静かに、いつもの様子でなんでもない事のように言われて、なにやら危機感を感じた。

 さてはオタクくんキレても見た目変わらないタイプか!?

 

「大丈夫。大丈夫だから落ち着こ?」

「落ち着いてるけど……」

「落ち着いてる人は王位継承者を殺しに行こうとか言わない!」


 落ち着かせるために近寄り、その両手を慌ててぎゅっと握る。

 するとロランは、前髪に隠れた視線をその両手にじっと注いだ。

 

「あ、あ、あのねロラン!? ゥチは知り合いとか協力者とかは沢山いるっ。でもね、あのね、心を見せていて、一番大切で、好きなのはロランなの。なのにロランが仇討ちとかして処刑されたら泣くよ!?」

「ぇ」

「ね? 考え直そ? ゥチなら平気、だ、か……」

 

 はた。

 今、自分は、なにを口走った?

 

「す、き?」

「へぁ」

「って、言った?」

 

 今なら、友達としてって訂正できる。

 でも思ってしまった。

 

 もう王妃候補じゃないのに、訂正する必要、なくない?

 

「……」

 

 かぁぁ、と赤くなる。

 次の言葉をどう出せばいいか分からない。

 が、それがどうでも良くなるほどの異変に気づいて「あっつ!?」と声が出た。

 握った両手があっつあつに熱い。思わず手放しそうになる。

 が、ぎゅっと握り直された。

 

 ロランから湯気が出ている。

 比喩とかではなく。まじで。

 

「ぇ、ちょ、大丈夫? え?」

「……」

 

 じゅうじゅうに焼けそうなロラン。

 その前髪に隠れた視線は私の手をじっと見ていたが、く、く、く、とぎこちなく上がってきて。

 そして、目が合った。

「ケ」

「け?」

「ケコーンってこと?」

「へ?」

「す、す、すきなんだよね」

「ぇ、あ、う」

「僕も好き。ってことは結婚だよね!?」

「ん!?!?」

 

 単語が理解できなくなってきた。

 ケコーン?結婚?

 ケッコン?

 そう思った時には抱き締められて足が宙に浮いていた。

 

「……は!?なになになになにぃ!?」

「そうと決まったら焼きに行こう!」

「なにを!?」

「何をって」

 

 男がパチンと指を鳴らす。

 その瞬間に、足元からヴンッという重い音がした。

 下を見ると3メートルほどの黒い円が広がっており、その中に光を灯した夜空が見える。

 円をくぐるように滑らかに下降すると、一気に外の風が体を撫でた。

 夜空だと思ったのは遥か上空から見える城下町だったらしく、上には夜空、下には街の光が広がっている。

 ──空間転移だ。

 

「って、にゃぁぁああ!?」

「暴れないで。離れても落ちないけど怖いでしょ」

 

 震えながらウンウンと頷いてひしっと抱きつくと、またプオンと湯気が出て消えていった。

 足元は怖くてあまりまじまじ見られないが、そんな状況でもロランの様子は気になる。

 メガネを外し、長いクセのある前髪を優しくかき分けて顔色をみてやると、アメジストのようなタレ目が潤んでこちらを見ていた。

 

「えっと……なんか、大丈夫そ?」

「うん」

 

 ぎゅっと抱き締め直された。こちらもプオンと湯気が出そうになる。

 

「じゃ、焼こうか」

「いやだからそれは駄目だから!?!?!?てか何を焼こうとしてるの!?!?!?!?」

「森」

「いや森じゃなくて……え?森?」

 

 ウン。と素直に頷いたロランが、王城の後ろに広がる鎮護の森を指さした。

 

「最近、妖精たちから頼まれてて」

「え、千年続いてる鎮護の森を焼くのを?」

「うん。あそこ、妖精が宿ってる木々が古くなりすぎて、その影響で朽ちて腐った妖精ばっかりになってるんだって。だから焼いて転生させてあげる必要があるらしくて」

「初耳なんだけど。。。」

「うん。妖精翻訳機をこの前初めて使って聞いたから、人類で初めて僕が聞いたかもね」 

「なにその革命みたいな道具。。。なんかもう聞くの怖いんだけど。。。」

 

 妖精の声を直接聞けるのは、伝説級の魔術師のみと言われている。

 それが、道具ひとつで声を聞けるようになっちゃったら?

 ……うん、今のは聞かなかったことにしよう。

 

「人間って古い木がみっしり生えてるのを放置するのが妖精にとって良い事だと勘違いしてるけど、木と共に生きる妖精にとっては、時に木と共に生まれ変わることも大切なんだってさ」

「へー……で、焼畑?」

「うん。一度魔力を込めた炎で焼いて、それから肥料を与えて、大切に育て直して欲しいんだって」

「それはわかったけど……なんで今なの?」

「動物や虫たちの退避が、丁度昨日終わったらしいのが理由のひとつ」

「……もうひとつは?」

「うん」

 

 ロランが片手を空中にかざした。

 片手で抱きしめられたまま、呆然としながらロランの顔を見上げる。

 夜風によって星の光の下に晒されたロランの瞳は、魔力を帯びて美しく煌めいていた。

 見とれていると、ロランが伸ばした片手に何かを喚び出した。

 見れば、それは金銀で美しく細工された火打機(ジッポ)

 その歯車を、親指で、カチッと起動させる。

 すると音もなく森をすっぽり覆えるほど巨大な円が現れた。

 静かに赤く光り輝くそれに、王城のテラスにいた人たちがなんだなんだとワラワラ見に出てきたのが見えた。

 

「あ、あの、ロラン? でもやっぱ待っ──」

「もうひとつの理由は、結婚のご報告(報復)だよ」

 

 そう言って嬉しそうに微笑んだロランは、それはそれは、一生忘れないくらいには美しかった。

 

 やばたにえん、だった。(死語)

 

 ◇

 

 ──結果として森は一秒で全焼した。

 僅かな不燃焼も許さない徹底した焼き方で、腐った木々にしがみついていた古い妖精たちの断末魔が夜空に木霊した。

 王城は一瞬で大パニック。国の隅々まで轟いたという妖精たちの生まれ変わりの絶叫は大人も子供もトラウマになるほど凄まじく、その後の歴史書に「天の裁き」あるいは「妖精たちが悪徳に耐えきれず上げた悲鳴」と書かれるほどだった。

 

 なお、悪徳とは何か、何に対する裁きかというのは明確だ。

 王城にて長年王子を支えてきた女性を公衆の面前で慰みものにし、浮気相手を王妃にしようとした悪の王子に対するものであるとするのが後世では一般的な説だ。

 

 ロランの同僚Aは語る。

 

「あいつは自分を爪弾き者とか理解されない弱者とかいじめられっ子とかなんか有り得ねー勘違いしてるけど、違うから。あいつが歩くとそこに居た全員が弾き飛ばされてついていけないだけだから」

 

 また、ロランの同僚Bは語る。

 

「妖精のためとか言ってっけど普通に九割私怨(笑)」

 

 そして、歴史書は語る。

 

 コミュ障だが強大な力を持った大魔道士ロランは、血筋に関係なく選ばれた王妃によく仕え、時に抑えられ、時に先見の明を示し、そして、彼女を公私共によき伴侶として支え続けた、と。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お父様がギャル語に馴染んでいるところ。 回りの人たちが目をますますかっ開いたんじゃないでしょうか。 [気になる点] 最後の一文、もしかして王妃じゃなくて女王ですか?
[一言] 一陰キャとしてはギャルはリアルも二次元も苦手なのですが、このヒロインは可愛いと思えました。
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