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4:赤い悪魔。

 



「っ――――ロランッ!」


 殿下が堪らずといったように叫びながら駆け出し、ロラン様に殴りかかろうとしていました。

 近くにいた近衛騎士たちが、流石にそれはおやめくださいと必死に止めたりしています。ボールルームどころか夜会の会場も妙に騒がしくなっているようなのですが、全ての音が遠くに聞こえます。

 ロラン様は殿下に胸ぐらを掴まれて、とても不愉快そうな顔で私を睨みます。隣にいるストロベリーブロンドのご令嬢も、歪に微笑んでこちらを見ています。

 なぜ、二人ともこちらを見つめているのですか。


「なるほど、殿下までも誑すつもりか…………ノルベルト殿下、お目覚めください。あの女は悪魔です」

「ロラン? お前は何を言っているんだ?」


 殿下が訳が分からないといった風に、ロラン様から数歩距離を取りつつ話し掛けていたのですが、ロラン様の瞳はずっとこちらを向いたままでした。まるで、悪魔から目を離してはいけないかのように。

 そして、隣にいるストロベリーブロンドのご令嬢は、ロラン様の胸にしな垂れ掛かりながら、こちらをニタリと見つめて来ます。

 その目が途轍もなく気持ちが悪く、この場から立ち去りたい、逃げ出したい、そんな気持ちになりました。

 私には後ろめたいことはない。それなのに、なぜか。


「アマンダ……いや、赤い悪魔! お前との婚約を破棄する!」


 ロラン様はそう言うと、近くにいた給仕の盆にあった赤ワインのグラスを私に投げつけて来ました。

 彼とは少し距離があったのですが、まるで吸い寄せられるかようにグラスが私に向かって飛んできます。

 新品の淡い水色のドレスを赤ワインでまだらに染められ、台無しにされてしまいました。


「…………なにを、やっているんだ?」

「殿下、説明は後からいたします。衛兵! あの女を捕らえよ!」


 ロラン様がそう叫びながら私を指差しました。

 なぜ、捕らえられなければならないのか。

 なぜ、こうも憎悪の対象として見られるのか。

 なぜ、なぜ、なぜ。

 理解しがたいことばかりが起きています。


「早く捕えるんだ!」


 騎士たちは困惑した様子で、殿下や私の方を見るばかりでした。それもそうでしょう。ロラン様に命じられても、罪状がわからない人物を捕らえるわけにはいかない。そもそも、ロラン様に命じる権限などは存在しておらず、この場での決定権は――――。


「ノルベルト」


 私の後ろから、とても落ち着いた壮年の男性の声がしました。それと同時に、柔らかな感触。後ろから温かく大きな手で、頭を撫でられていました。


「陛下」

「お前の好きにしなさい」

「ハッ」


 たったそれだけの会話で、困惑した表情だった殿下が覚悟を決めたようなお顔になりました。そして、新緑の眼を据わらせ、ゆっくりとこちらに近付いて来ます。


「とりあえず、気安く触らないでください」

 

 殿下が陛下の手を掴んで投げ捨てるように払うと、私の後にいた陛下がくすくすと笑い出しました。

 このタイミングでのそれは煽り以外のなんでもないような。『狡猾』なのに『天然』と呼ばれる陛下らしい反応ではあるのでしょうが。


「では、私は見物人に徹しようかね」


 陛下がニコリと笑い、緩くクセの付いた金髪を掻き上げました。そんな仕草は、なんともいえない大人の色気と余裕で満ち溢れていました。

 殿下に視線を戻すと、「大丈夫だ」と小声で言うと同時にロラン様たちから守るように私の前に立たれました。


「ロラン――――」




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