3:ボールルームで。
馬車に揺られながら、今後の予定をつらつらと考えていましたら、王城に到着しました。
入口で招待状を見せて入城し、夜会が行われている広間に向かうと、王太子殿下が侍従に手を振り下がらせながら足早に近付いて来られました。
「アマンダ」
「新年の善き――――」
「堅苦しいのはいい。伯爵、相変わらず来たくなさそうな顔だな」
「やぁ、殿下も相変わらず自信満々で煌々しいねぇ」
「いちいち嫌味の応酬をしないでくださいよ」
殿下も殿下ですが、お父様もお父様です。子どもと謎の張り合いをしないで欲しいです。
一時期、お父様が殿下の教育係を務めていたことがありました。国王陛下の教育方針で、針仕事や調理なども出来るに越したことはないという理由から。
手芸に関してはお父様が担当していたのですが、幼児と呼べる年齢の頃から神童と呼ばれていた殿下は、ひとつ教えられると、いくつものアレンジまでも出来るタイプでした。そしていらぬ一言も言うタイプでした。
子供に合わせたカリキュラムを組んでいたお父様に「ぬるい。この程度しか教えられないのか」などと言い放ってから、犬猿の仲です。
当時六歳の子供と張り合って難題を出しまくっていたので、悪いのはお父様だと十数年経った今でも思っています。
「ところでロランとはどうなっている?」
「どうなっているとは?」
殿下が険しい顔でロラン様のことを聞いてこられたのですが、全く意味がわかりません。
「アイツ、既に会場入りしているが……違う女を連れていたぞ?」
「――――へ? 女性? 辺境伯やご親族とかではなく?」
キョロキョロと辺りを見回しましたがロラン様のお姿は見えません。殿下が蜂蜜色の髪の毛をクシャリとかき混ぜながら「今はボールルームでいちゃこいてる」と仰いました。
「いちゃ……?」
「人違いじゃないのかな?」
お父様も流石にそれはないだろうといった反応だったのですが、殿下が眉間に皺を寄せてフルフルと首を振りました。そして、私の手首を掴むとグイッと引っ張って歩き出されました。
「見てみろ」
会場の隣にあるダンス用の部屋――ボールルームでは、鮮やかなドレスを着た女性たちと、盛装してかっちりとした印象の男性たちが思い思いにワルツを踊っていました。柔らかな音に合せて舞うドレスを綺麗だなぁとぼんやり見ていたい気分なのですが、現実はえげつないもので。
黒くツンツンと立ち上がったような髪と一八〇を超える長身のロラン様を見間違えようがなく、その腕に抱いたストロベリーブロンドの可愛らしいご令嬢とキスをしているのも、見間違えようがなく。
「アマンダ! 目を閉じ――――」
「キス、してますね」
「っ……お、おい…………涙っ」
「え? あ……なんで?」
気付けば目からぼとぼとと透明な雫が落ちていて、手で拭いながらもなんで出ているのか理解ができませんでした。殿下が慌ててハンカチを出し、ゴシゴシと涙を拭ってくださるのですが、ちょっと強すぎます。化粧が落ちますと言うと、何故か怒られてしまいました。
「今は、そういうツッコミはいらんだろうが!」
「でも…………っ、なんで止まらないの……」
「……アイツのことを、愛しているからだろう?」
殿下が苦虫を噛み締めたようなお顔で、ボソリと言われましたが、分からないのです。
幼い頃から近くにいすぎて、異性への愛なのか、家族や友人への愛なのか。
「好きで――――」
好きではあったんです。と言いかけていたときでした。
「もぅ、ロランさまったら、人前でっ」
「ふふっ。可愛らしい唇が誘うのが悪いんだよ」
ストロベリーブロンドのご令嬢に、見たこともない柔らかな笑顔を向けるロラン様。それを見た瞬間、私の心はガラスが砕け散ったような音を出しました。