16:調査報告書。
調査報告書がまさか翌日に届くとは思ってもおらず、ノルベルト様の仕事量を見て、それを言い訳に手伝わせようとしていたのでは? などと、ちょっと疑いもしていました。
「酷いな」
「普段の行いでは?」
「ふん。で、なんと書いてある」
「ええ――――」
現在、モゼッティ男爵は脳の病で床に臥せっており、この一年はほぼ意識不明とのこと。
エリーザは使用人との間に出来た子どもの更に子どもで、男爵の孫にあたる。
二年前にエリーザの母が亡くなり、男爵が内密に引き取り、屋敷に住まわせていた。
「ん? つまり、内縁であり、戸籍は登録変更していない、ということだな?」
「ええ」
結局は、エリーザ嬢はただの平民とのことでした。
そして彼女はこの一年の間、何かしらの夜会に参加したことはなく、招待されたこともない。
「…………つまりは、狂言?」
まさか、こんなことってあるのでしょうか?
「あそこまでの騒動を起こしたのですから、何か確固たる証拠くらい準備しているものだとばかり……」
「色んな意味で衝撃だな」
半年前、精神の病を理由に都会から離れ辺境伯領で静養をすると言い、男爵家を出ていった。
そして先日、辺境伯嫡男のロランとともに戻ってきた。
「ここまでが、モゼッティ家の使用人たちから得られた情報のようです」
「ふむ。他には?」
「そうですね――――」
モゼッティ家の財産は底を尽きかけていること、男爵の命は長くないだろうこと、エリーザ嬢は男爵のことは気にもかけていないことくらいでしょうか。
「一代限りの男爵位とはいえ、モゼッティの資産がそうそう尽きることはないはずだが?」
彼の絵は驚くほどの高値がつけられます。それに加え、王城で絵師をしていたこともあり、その報酬もずいぶんと高額だったはず。
その資産を使い込んだのは間違いなくエリーザ嬢でしょう。
「そこら辺にロランは気付かないにしても、辺境伯が調査を怠るものだろうか?」
ノルベルト様の中で、そういった調査や裏取りに関しては、ロラン様よりも辺境伯への信頼の方が大きいようなのですが、それは昔から感じていました。
お二人は親友だと思っていたのですが、そこら辺の判断は厳しいというか、正直というか。
「…………友だからこそ、正直に話していた。そうじゃなければ美辞麗句と称賛で終わらせるだろ」
確かに、それもそうです。
各々に得意分野がありますから。
辺境伯は、物静かでいて総てを見通すような瞳の黒豹といった雰囲気の方。
対してロラン様は若い猟犬とでもいいますか、視野が狭いくせに、様々なことに気を取られるタイプの人です。
「アマンダも充分酷いぞ?」
「そんなとこが可愛らしいとは思っていたんですよ」
「………………お前たち、一時間ほど休憩してこい」
ノルベルト様が低い声でそう命令してしまったので、文官様たちが大慌てで執務室から出て行ってしまいました。
「え? あの?」
「なぁ……」
「はい?」
「…………私のことはどう思っていた?」
顔を背けたノルベルト様に、そう聞かれました。声は相変わらず低いものの、妙にソワッとした雰囲気が漏れ出ています。
――――はぃぃ?




