15:執務の手伝い。
朝食後、ノルベルト様は執務室に向かわれるとのことでした。私はお借りしている王太子妃室に戻ろうとしたのですが、ノルベルト様が執務室に来いと言われました。
「情報を集めさせている。直ぐに精査できるよう側にいた方がいいだろう」
「はい」
ボソリとした声で「ついでに執務も手伝え」とか言ったように聞こえたのですが、気のせいですよね? ね?
確認するもノルベルト様は知らんぷり。
手伝いませんからね? そう言いながらノルベルト様の執務室に入ると、執務机の上には膨大な数の資料とファイル。どう見ても一日で捌ける量ではありません。
中にいた文官様三人にご挨拶すると、今にも倒れそうなほどの青白い顔で、それぞれに歓迎されました。
「これ全部、本日中に処理が必要なものですか?」
「ん、ほとんどだな」
いくつかは後回しにしていいものもあると言われましたが、たった『いくつか』だけ。これを見て、じゃお仕事頑張ってね、なんて言えるはずもなく。
「…………お手伝いします」
そう言った瞬間、文官様たちから歓声が上がりました。
「ん。そこの空き机を使うといい」
文官用らしき机を指さされましたが、そちらも書物で埋まりかかっています。それらはもう不要なもので、棚に戻したり、書庫へ戻したりするだけらしいのですが、現在その作業に割く時間さえも惜しいとのことでした。
理由は、各国で農作物の不作問題で食料支援や難民の受け入れなどの問題が山積しているから。
辺境ではそれに加えて難民たちの居住区や生活支援の問題も発生しているそうです。ここ最近、辺境伯からの連絡がなかったものの、特に気にしていなかったそう。
「はぁ……まさか、別問題まで発生するとはな」
「っ、申し訳ございません」
「アマンダを責めてない。謝るな」
「はい」
ノルベルト様が手元の書類にサインをしながら、 いいから働けと急かしてきました。本当に人手が足りていないようなので、ここは大人しく従っておいたほうが良いでしょう――――。
「づはぁ……もう昼過ぎか。進捗は?」
ノルベルト様のそのお声に、文官様たちがそれぞれ報告をしていました。ちらりとこちらを見られたので、たぶん私も報告しなければならないのでしょう。
「ヨツラル村からの嘆願書の件ですが、冬の内に井戸を再掘削するよう指示と職人の手配を行いました」
この数年で冬になると井戸が枯れるようになったので調査を依頼したいこと、新たな井戸を掘って欲しいとのことでした。井戸の深度と海抜を調べたところ、井戸が浅すぎることがわかりました。
新たに井戸を掘削するよりも、現在の井戸を深くする方が先決でしょう。
「ん」
「次に――――」
いくつかの案件を端的にではありますが報告しました。全てに「ん」だけ答えられてしまったのですが、たぶん了承の意味なのでしょう。
ノルベルト様は報告を聞きながらも、ペンを忙しなく動かして書類を捌き続けていました。
ある程度キリのいい所まで来たようで、昼食を取ることになりました。
使用人たちが、執務室内にある応接机に食事を並べていきます。文官様が私も同席して食べることに驚きを隠せない様子でしたが、ノルベルト様は私の横に座り、なんだか楽しそうに鼻歌を歌われていました。
「お、よかったな。アマンダの好きなサーモンムニエルだぞ」
「わぁ、美味しそうですね」
「ん」
他愛もないお喋りをしつつ、食事も終わりに近付いた頃でした。ノルベルト様専属の執事が執務室に来られ、数枚の書類を私に差し出して来られました。
「え?」
「ご精査ください」
理由もわからず受け取ると、そこには『エリーゼ・モゼッティ調査報告書』と書いてありました――――。




