12:流されてはいけない。
ノルベルト様と唇を重ねている最中に、心の中で黒い感情がどんどんと膨らみ始めていました。
『婚約解消した昨日の今日でお盛んね』
頭の中に響いたその言葉は、自身の声。
ノルベルト様の胸をグイッと押し返し、密着していた体を離して顔を逸らしました。
「アマンダ?」
淋しそうな声に心が揺らぎます。でも、このまま流されていいわけがない。そもそも、自身の気持ちさえまだ不明瞭でいて、立場も危ういものなのです。
人々は、あることないこと噂します。それが醜聞ならなおのこと。
昨晩の会場の状況から考えると、ノルベルト様が私を王太子妃用の部屋に入れ、王太子妃にするつもりだとバレてしまえば、「王太子が愛欲に溺れている」、「王太子が悪女に落ちた」など当たり前のように噂されます。
そして、それが国中に広まってしまえば、ノルベルト様の立場が物凄く危ういものへと変わっていきます。
このまま流れに任せて、王太子妃などになるべきではない。
「好きだと仰ってくださったこと、嬉しく思います」
「ん」
ゆっくりと膝から下り、ノルベルト様の正面に立ちました。ノルベルト様のお顔をしっかりと見つめて、カーテシー。
感謝と敬意を添えて。
「ありがとうございます」
「ん。『でも』が続くんだな?」
聡明な方なので、直ぐにどういう流れになるのか、察してしまわれたようです。
平静を装った表情をされていますが、貼り付けたような微笑みは、少しだけ淋しそうな空気が漏れ出ています。
「はい」
尊敬の念はあれど、人として好ましく思っていても、それはまだ愛ではありませんでした。昨日までは。
急激に物事が進み過ぎて、気持ちが追いつきません。
それに、ロラン様とのこともあります。そちらをしっかりと解決させずに進む気にはなれません。
誰に何を言われようと、この選択に後ろめたさなど一欠片もないのだと、胸を張って言いたいから。
ノルベルト様の隣に居続けるためにも。
「ん? つまり――――あっ。待て、ちょっと待て。こっちを見るな」
ノルベルト様が右手の甲で口元を隠すような仕草をしました。「なんだこれ」とか「くそ」とか「狡い」とかボソボソと聞こえてきます。
見るなと言われたのですが、理由が分からなさすぎて、ついついノルベルト様のお顔を凝視してしまいました。
「っ! おい! 見るなと言っただろ!」
耳まで真っ赤にしてそう叫ばれても、威厳があまりないというか…………。
「照れてます?」
「言うな。見るな」
「照れてますよね?」
「っ! だから何だっ」
あ、開き直りました。
ノルベルト様は、幼い頃からしっかりとされていました。判断が早いというか、決断が早いというか、切り捨てるのが早いというか、諦めが早いというか……とにかくスパッと何でも決めます。何かしらの最速記録でも樹立したいのかと思うほどに。
人前では飄々としていて、ノリの良い王子様を演じられていますが、本質のところはかなり寡黙で冷淡です。
なので、こんな風に素の感情を露わにしているのがとても珍しく、ついつい深追いしてしまいました。
昨晩からですが、ノルベルト様もかなり様子が可怪しいというか、普段にはない行動ばかりされているように感じます。
そうお伝えすると、ノルベルト様が少しいじけたようなお顔になられました。
「十五年だ…………。十五年前から好きだった女が手に入るチャンスを得たんだ。形振りなど構っていられるか」
――――十五年!?