11:概念的にそんな気分。
私の困惑を感じ取ったのか、ノルベルト様が頭をゆるゆると撫でて来られました。
「髪を纏めてしまったか。乱したくなるな」
「はひっ!?」
良く分からない衝動性を曝け出され、声が裏返りました。
「アマンダなら、影を動かす意味は理解できているはずだ」
「意味…………」
意味は、考えたくありません。
だって私は、まだロラン様の婚約者です。正式な書類を交わさず口頭のみで当人が言おうとも、承諾書に両家のサインがなければ婚約解消には至りません。
だから、ここでそれを認めれば、私もロラン様と一緒になってしまいます。
「伯爵が昨晩の内に書類を作り、陛下が承認のサインをした」
「なっ……んで?」
陛下がサインをしたということは、絶対的権力において、婚約を解消させた、ということ。
既に婚約は破棄されていた、ということ。
ノルベルト様の新緑の瞳が、刺すような視線になっています。
言葉の意味。視線の意味。それを理解しろと、無言で訴えて来ています。
「アマンダ」
「っ……」
ノルベルト様が低く囁きます。
昨日からそんなふうに名前を呼ばれると、背筋がゾクリとしてしまい、落ち着きません。それは嫌な感覚ではないのですが、名状し難い感情も含んでいるのです。
「私が真剣に伝えれば、それは命令に等しくなる。私がそう望まぬとも、地位がそういわせる」
「はい」
「昨日は…………暴走してすまなかった」
暴走とは、昨日のキスのことなのでしょうか? ノルベルト様は後悔している? もしそうなら…………。
鼻の奥をギュッと押さえ付けられたような、痛みと苦しさと熱。感情が高ぶって来ているのが自分でも分かります。無意識にドレスのスカートをきつく握り締めていました。
深呼吸をしながら、皺になってしまった所を手で伸ばしていると、ノルベルト様がそこに手を重ねて来られました。
「卑怯ですまない」
その言葉の意味は――――。
「だが、私はアマンダを手に入れたかった。ずっと、幼い頃から。ずっと、愛していた」
「っ!」
「アマンダ、嫌なら逃げろ。逃げていい。地の果てまでも追うが」
あまりにも強気な発言に、少しだけ笑ってしまいました。
「地の果てまでもですか」
「当たり前だ」
「ふふっ。当たり前、なのですね」
「あぁ」
徐々に近付いてくるノルベルト様のお顔。
重なる唇。
また、キスをしてしまいました。
「…………あー、クソ」
ノルベルト様が急に汚い言葉を吐いたかと思うと、私をひょいと抱え上げ、彼の膝上に横向きに座らせました。そして、腰をギュッと抱きしめるようにし、肩には顔を埋めて来られました。
身体がじんわりと温かくなっていきます。他人の体温がこんなにも心地よいものだとは知りませんでした。
ノルベルト様のさらりとした金色の髪が首筋を擽ってくるのですが、それさえも心地よいものに感じてしまいます。
「渡りに船とばかりに、囲い込んで、手籠めにして…………格好悪い」
「てごっ!? まだ、というか、え?」
「いや、性的な意味じゃない。概念的な気持ちがだ。いや、まぁ、行けりゃ行きたいが」
――――はいぃぃぃ? どこに!?
「気にするな」
そんな無茶なと言いたかったのですが、口を塞がれてしまいました。ノルベルト様の唇で。




