VTuberとイラストレーター
1話完結型の短編集となります。
VTuberやイラストレーターの仕事について調べたりもしましたがガバガバでツッコミどころが多いかと思いますが大目に見て頂ければと思います。
「これで……完成っと!」
タブレット用のペンを机に置き、僕は天井を見上げて伸びをする。
座り続けた体がポキポキと音を鳴らす。視線を時計に移しほっと僕は息を吐いた。
「ギリギリ締め切りに間に合った……
テスト前に依頼受けるのはやめよう。マジでキツかった」
ぼやきつつ僕は出来上がったばかりの作品のチェックをしてからデータを保存してクライアントに送信する。
僕は黒瀬名世羽。高三の17歳。学生とイラストレーターの俗に言う二足のわらじをはいていると言うやつだ。ありがたいことにイラストレーターの仕事も順調に入り忙しい日々を送っている。
これは人気VTuber事務所とコネができたおかげだ。
僕はクライアントへ、締め切りギリギリになってしまった事を詫びつつ納品の連絡を入れる。
「はい。それではまた」
言って通話を切る。
「……ふう」
息を吐く。ひと仕事を終え僕は時間を確認する。
11時30分。
3秒程目を閉じてから立ち上がる。
「このまま寝たい……けど」
ポツリと呟き僕はキッチンへと向かう。
「テスト勉強全くしてないからな……コーヒー。いや、エナジードリンクにしとくか……」
冷蔵庫からエナジードリンクを取り、僕は部屋へと向かう。
ちなみにイラストを描く仕事部屋とは別である。
机にエナジードリンクを置き、ベッドに放置していた鞄から教科書を取り出しページをペラペラと流し読む。
「範囲ひろっ!」
この時間からはじめたらマジで完徹コースだ……が……
「このタイミングで赤点補習は冗談抜きでこの後の大型案件への影響がヤバイからヤるしかないんだよなぁ……」
進学校だから赤点のラインが厳しい。
そして、当然赤点をとった時のペナルティーも絶望的にきびしいのだ。
「ふわぁ」
翌朝、教室の席に着くなり、無意識に口から息が漏れる。欠伸だ。
予想通りテスト勉強で完徹してしまった。眠気がすごい。
教室の喧騒も僕の眠気を払う事は出来ないようだ。
まあ、話し相手が居れば多少は違ったかも知れないが、人見知りのコミュ障にはそんな人は……
「欠伸凄いね?」
1人だけだ。
今、僕にあきれた顔で声をかけてきた彼女は北見ねね。和服が似合いそうな清楚感のある少女だ。
僕に唯一話しかけてくる北見との関係はライトノベルでありがちな幼馴染みというやつ……ではない。所謂同類……そう彼女も極度の人見知りで人と面と向かって話すのが苦手なのだ。そして、僕を含めてこの手の人にありがちな事はいち度波長が合うと依存しているのではと思う程に懐くのだった。
ぶっちゃけ僕は彼女の事を憎からず思っていたりするのだが、この唯一無二の関係が壊れてしまう可能性を考えると僕は一歩を踏み出せずにいた。
「テスト前日に徹夜で何してたのよ?」
「普通に徹夜で……一夜漬け……ふぁ」
北見に答え、漏れ出る欠伸をかみ殺す。
「勉強しか取り柄の無い貴方が一夜漬け……珍しいわね。どうしちゃったのよ?」
「いろいろあって勉強出来なかったんだわ……
今回のテストは赤点取りそうで怖い」
「そう言っておいてまた学年5位以内に入り込むのでしょ?」
「いやいや。今回はマジ無理だって……」
そして、時は進んで行き、初日のテストが終わった。
初日の出来は可もなく不可もなし。一夜漬けの山勘が当たりある程度納得のいく出来であった。初日の教科で赤点は無さそうである。
ホームルームを終え、僕と北見は並んで駅へと向かう。
彼女とは家が逆方向の為、駅で別れる事になる。
趣味の話で盛り上がる僕達。テスト期間中の数少ない息抜きの時間である。
「……(ん?)」
僕は通りの先をこちらに向かって進む1人の女性の姿に気付く。スタイル抜群のショートカットな髪型の美人。年は25歳で……そう知り合いだった。
「(げっ)」
息を飲む僕。
噂をすれば影とはよく言ったものでちょうど彼女に関係する事を僕等は話していたのだ!
彼女は大手事務所所属の人気VTuberで砂羽マロンと言って、彼女との出会いが僕の学生とイラストレーターとしての日常を大きく変えるきっかけとなった。そして、北見と話すきっかけともなった人物でもある。
そう。それは……
砂羽マロンからイラストの作成依頼が入り、イラストのイメージ固めに彼女のアーカイブを昼休みに教室で見ていたところ……
「あっ……マロン姐」
「ん?」
不意に背後から聞こえた声に振り返るとそこにはクラスメートの北見の姿。目が合うこと数秒。彼女は小さく「あっ」と息を漏らして慌てて視線を反らした。
「あっ……えっと……っうぅー」
視線を左右にさ迷わせた後、北見は僕に視線を戻すと、
「マロン姐……好きなの?」
たずねた。
僕は一度スマホの画面に視線を移して、
「面白いよね彼女のチャンネル」
僕は北見の問いに答えた。
このやり取りが、これまで接点の無かった北見と話すきっかけとなった。彼女はマロンのガチ恋勢であった。
砂羽マロンは声に特徴のあるVTuberで、配信とリアルの声がほとんど変わらないという配信者である。
ちなみに本人的には声を変えているつもりであったりする……
これはまずい。
マロンと知り合いの僕。僕の隣にはマロンガチ恋勢の北見。
マロンと北見が出会ってしまうと確実にマロンの身バレが起こってしまう。下手したら僕の正体も……
などと僕が焦っていると、
「ん?
なんだ……あん?」
マロンがこちらに気付き、声をあげる。
「あーっ。あーあぅ」
声にならない声を上げながら北見は一気にマロンとの距離を詰める。
北見は目の前の女性の正体に気付き限界化をむかえたのだろう。
「なんだっ!」
北見の迫力にマロンはのけ反ると、視線を僕と北見の間を何度か往復させ、目を白黒させる。
僕は戸惑うマロンに人差し指を口元に当てて必死に正体がバレるとジェスチャーを送る。
……見るからに手遅れな気もするが……
マロンと面識があることがバレたら絶対にめんどくさい事になる。そんな未来が容易に想像出来た僕は必死にジェスチャーでマロンとは初対面だとメッセージを送る。
マロンは僕を数秒程見つめてからハッとした表情を浮かべると次にニヤリと小さく笑みを浮かべた。
僕は彼女の笑みにドキリとする。マロンの美貌に見惚れた訳ではない。この笑みは彼女がろくでもない事を思い付いた時に浮かべる笑みなのだ。
僕は怖々とマロンの次のアクションを待つ。ジェスチャーは伝わっていると思うから……大丈夫……だよな?
そうこうする内に、マロンがゆっくりと口を開いた。
マロン様。信じてるから……
「君達……私。駅に行きたいのだけどどう行けばいいのかな?」
願いは通じたようだ。マロンは道をたずねてきた。
「っ!
わ、私達も駅にむきゃ……向かっているのであんにゃいしま……します」
興奮をおさえきれず、普段の北見からは想像できない積極性をみせる。間違いなくマロンの正体に気付いているだろうな。そう判断した僕は二人から数歩分の距離をあけて駅へと向かった。
その夜。
テスト勉強をしているとスマホが着信を伝える。
相手はマロンだった。
「もし……」
「やっほい」
マロンは僕の言葉を遮り、配信の独特のノリで話しかけてきた。
5分程前迄彼女は晩酌配信を行っていたのだ。
……やな予感がするのは気のせいか?
「今日の彼女とはどんな関係?
やっぱり……コレ?」
いきなりブッ込んで来たマロン。
「コレってなんだよ」
そう返しつつ、電話の向こうでは小指を立ててニヤニヤしているマロンの姿が脳裏に浮かぶ。
ちなみにマロンの配信スタイルは、気付けば下ネタをところどころでブッ込んでくるお姉さん。センシティブラインギリギリを攻める彼女であるが、本人は意外な事にピュアだったりする。所謂オタク美女である。
「付き合ってるの……ねぇ。付き合ってるの?」
程よく酔いがまわっているのだろう、うざ絡みしてくるマロン。
この感じのマロンは素面でもしつこい。今回はそこに酔いが加わっているのだそのしつこさはあまり考えたく無い。
僕は電話に出てしまった事を若干後悔しつつも、寝不足から思わず、
「付き合ってないから。確かに最近……ってぇ!」
本音が漏れそうになり慌てて口を閉じようとしたものの手遅れだった。
「ふ~~ん。好きなんだぁ。ふーん。告白はしたの?」
僕はマロンの口調から「誤魔化しは通用しませんよ」と言う意思の強さの様なモノを感じ取り、しばらくこのネタでからかわれるな……と一度天井を見上げてからやけくそ気味に答えた。
「そんな怖いことできるかよ!」
「こわい?」
「自慢じゃないが彼女は学校で唯一の話をする友達なんだぜ。告白なんかしてこの関係が壊れた日には……また、ボッチに逆戻りだ」
ボッチで過ごしていた僕が、休み時間に北見と話をする事が当たり前になった今、告白なんかしてこの関係が壊れてしまうかも……とそんな事を思い浮かべてしまえば誰だって二の足を踏むだろう。
「情けないやつ」
「うっせぇ」
「そんなんじゃ誰かに横からかっ拐われちゃうぞ!」
不意にマロンがマジトーンで、
「気付いた時には、その人の隣には別の誰かが居る。
日々、変わっていく大切な人をみるのは本当に辛いわよ」
言った。
「マロンさん……」
「なんてね。私モテモテだからよく失恋した時の気持ちを恋愛小説を読んで妄想しているのよね。
あっ。でも、この場合だすぐにいい人と出会うのか」
何時もの雰囲気に戻るマロン。ヘラヘラと数秒笑ってから、彼女の声音が真面目なモノに変わる。
「どころでシンク先生」
僕は姿勢を正す。世間話は終わり、これから本題に入るようだ。
おそらくは昨日、納品したサムネイルの件だろう。そう予想しながら僕は彼女の次の言葉を待つ……
「ママに興味ない?」
…………………
………………………??
「……はい?」
マロンの口から飛び出した予想外の言葉に、変な声が口から漏れ出てしまう僕。
「そうか。そうか。興味有るのか。よかったよかった。
実は今年度の新人1人の絵師が両親が入院したらしくって急遽キャンセルになっちまってな。運営のロウちゃんが困ってたんだよね。
ちなみに納期がヤバくて……デビュー時期延期も考えていたけどよかったわぁ。シンク先生頑張って!」
「いや。いやいや。さっきの「はい」は違う「はい」だから!」
慌てて否定する僕。聞く限りでは危険な匂いしかしない仕事内容だ。それに、今の僕はあくまでも学生が本業なのである。
恩が有るとはいえど断るつもりであったのだが、話術が商売道具の一つである人生経験豊富なVTuber砂羽マロンの圧力に負けた僕は……
土曜日。午前11時。
「こっちこっち!」
砂羽マロンが所属するVTuber事務所〖ライフライブ〗の最寄り駅の改札をくぐるなり、聞こえる声。
僕は声の聞こえてきた方に顔を向ける。そこには、二人の女性。1人はお馴染みのマロン。もう1人は、運営スタッフのロウさん。手を振る二人の元へと向かう僕。
僕達は軽く挨拶を交わすとロウさんが呼んだタクシーに乗り込み、ライフライブの事務所へと向かう。
近年のVTuber人気により、ライフライブの収益は右肩上がりで、運営の効率化と所属タレントの活動サポートを目的として今年の二月に自社ビル兼収録スタジオを建てていた。新しい大きなビルである。
尚、貸しスタジオでのレッスン風景をスタジオ関係者に盗撮されてしまった事により人気タレントの1人が精神を病み、引退にまで追い込まれてしまった事件の対策の一つとして自社ビルを建てる事になったのだ。
ビルにはタレント専用の撮影スタジオやレッスン用のダンスホール等の最新の設備完備されていた。
ライフライブでは情報漏洩に対策として外部の者がビルに立ち入る会議や商談を行う為の会議室は一階に設けられている。僕も一階の以外は立ち入った事はない。
真新しいビルを見上げてから僕は今回で三回目となるライフライブビルへと足を踏入れた。
「あっ。今日は二階の会議室で行いますので……」
足を止め僕は声の主であるロウさんに顔を向ける。
彼女はエントランスに入ってすぐ右にあるエレベーターを示して言った。
「こっちです」
「二階にも会議室が有るんですか?」
「ええ。こちらにでは機密性の高い話をする時に使う場所となりますね」
ロウさんはそう捕捉するとエレベーターの中へ。彼女に続く僕とマロン。
エレベーターに乗り込むとロウさんは社員証をエレベーターの端末に通し、ロックを解除してから二階と書かれたボタンを押す。
小さな揺れをおこしながらエレベーターは二階に到達する。
「ここです」
三つある会議室の一つの前で立ち止まり、ロウさんはドアをノックする。
「シンク先生が到着しました。ねねさん入るわよ」
「は、はい……はぁはぁ……」
「っ?」
中から聞こえてくる死にそうな少女の声。
その声に驚き固まる僕。隣では楽しそうな雰囲気のマロン。
なぜ楽しそうなのか……それはおそらく……
僕は会議室のドアを呆然と見つめる。
会議室の中から聞こえた少女の声に聞き覚えがあったのだ。僕の脳裏に浮かぶ1人の少女。
「まさか、そんな……え。え?」
「っはぁ……ふぷぅ」
戸惑う僕の様子にマロンは背を向けるとその肩を震わせる。
僕とマロンの様子にロウさんは一瞬首を傾げるもスルーしてゆっくりと会議室のドアを開けた。
そこには、予想通りの人物の姿。彼女は慌てて椅子から立ち上がり……
「は、はじめ……え。ええっ!」
驚きの声を上げる少女……いや。北見ねね。
数秒前の僕の様に目を丸くして固まる北見の様子に気付き、何事かとロウさんは北見と僕を交互に見つめて首を傾げる。
「どうしたのねねさん?」
「ぷっ。ククッ。アハハハ」
驚く僕と北見の姿。そして戸惑うロウさんの様子にとうとうマロンは限界をむかえ腹を抱えて爆笑をはじめる。
「マ……マロン?」
状況に全くついていけないロウさんはこの混沌とした状況に泣きそうな表情を浮かべ、おろおろする。
マロンは笑い過ぎて目元に浮かんだ涙を拭うと、
「はぁはぁ。くるしい。
……ふぅ。実はな……2人は同校で、しかもクラスメートなんだよ」
「えっ……あっ。本当だ!」
ロウさんは契約書が保管されているのだろうファイルのページを開き、驚くと同時に首を傾げる。
「あれ?
でも……ねねさんとシンク先生はお互いに知らなかったのよね?
マロンは……なぜその事を知っているの?」
「実は何日か前に2人と会っているんだよ……な」
マロンの言葉に三日前の下校時での出来事を思い出し、頷く僕と北見。
「でさぁ。2人とも私に気付いたら正体がバレないようにって慌てふためいて……ククク」
その時を思い出したのだろうマロンは再び肩を震わせる。
その様子にロウさんはため息と同時に肩を落として。
「あなたねぇ……もう」
「でだ。サプライズで2人を仕事で引き合わせてその様子を愛でたいなと思っていたところに今回の件だ。もう、これだって思っちゃったわけ」
ロウさんはマロンの言葉に額をおさえて天を見上げてため息一つ。
「だからねねねさんとの契約もシンク先生との契約も結んでいないのに、2人の顔合わせなんて、普通有り得ないわよ。まあ、私も許可しているから何も言えないけどさぁ。
貴女の性格を甘くみていたわよ」
「まあね。
オーディションの時に条件はある程度詰めているんだからライフライブの契約でこじれるわけないだろ。
仮に何か有るとすればシンク先生との契約関連だけだろ?」
と言って笑うマロン。
マロンと長い付き合いのロウさんと短いながら彼女の素を理解しつつある僕はやれやれという表情を浮かべ、対して事前知識も無い北見はまだ衝撃から立ち直れずに呆然とその場に立ち尽くしていた。
今更ではあるが、マロンはイタズラとサプライズ好きな性格で配信でもよくドッキリ企画を企てては阿鼻叫喚の神回を量産している。
マロンは他のメンバーからオフでも変わらない、裏表の無い女と言われているが……まさかこのタイミングで仕掛けてくるとは誰も思わないわな。
僕はそんな事を考えながら北見を見つめるのだった。
僕と北見。そしてライフライブの三者で事前に条件や懸念点等を提示していた為、特に揉める事も無くあっさりと契約は締結した。
ひと通りの事を済ませて僕と北見はライフライブビルを後にして駅へと向かう。
ライフライブが呼んでくれたタクシーに乗り込む僕。すぐとなりには北見。彼女から感じる女の子独特の匂いが鼻をつき、僕はドキドキする。
因みにマロンは、タクシーに乗り込み僕等をニヤニヤと見つめながら口を開きかけた正にその瞬間、ロウさんがマロンの耳を掴み何処かに連行していった。そんな2人とすれ違うライフライブ社員達は平然としていたのでよくある光景なのだろうか……。
唖然と2人の後ろ姿を見送るのだった。
駅に着き、次の電車が来るまで約20分。
僕達は喫茶店で時間をつぶす事にした。
「今日は驚いたわ……」
北見はそう言うとオレンジジュースに口をつける。
椅子の背もたれに体を預けると僕は北見の言葉に続く。
「僕も驚いたよ。
しかし、今回はマロンのイタズラにお互いに綺麗に嵌まったよなぁ……」
「マロン先輩……フフフ」
マロンの話をしていると不意に笑い出す北見。
僕は突然笑いはじめた〖病み堕ち?〗北見にビビる。
「どっ、どうした?」
「マロン先輩に2人で会ったあの日。私達は必死に身バレを気にして焦っていたのに……私達関係者だったんだって……今にして思うと面白いわよね」
北見は僕の手を取り言う。
「世羽君。いつかマロン先輩にサプライズ返ししましょう!」
その提案に、僕は戸惑うのだった。
北見の性格変わってないか?
グッと顔を近付け北見は再度、
「協力してくれるよね?」
「……う、うん」
至近距離からの圧に僕は思わず頷いてしまう。
すると彼女は。
「……言ち……………」
「ん。何て?」
何やらゴニョゴニョと呟いていたが聞き取れず僕は聞き返すも、
「なんでもないよ」
ニコニコとこれ迄に見た事無い笑顔で北見は笑っていた。
時は流れて。
北見がライフライブから月山レイネとしてデビューしてから三ヶ月が経つ頃にはその配信スタイルやその言動からマロンの弟子や清楚なマロンの娘と言われる程の人気と知名度を持つ程に迄成長していた。
北見……いや、レイネのイメージが固まりはじめたある日の雑談配信にて彼女は語った。
ライフライブのオーディションを受けた理由を……
陰キャな自分を変える為にであったと……
その言葉にリスナーは一斉に突っ込みを入れた。
『絶対にレイネは陽キャだろっ!』
ライフライブ加入前の北見しか知らなければ僕も頷いたであろうが……
「北見はどうみても陽キャだよなぁ……」
グッズの打合せの帰り道。いつぞやの喫茶店でのこと。今回は次の電車迄四十分かなりの時間があいてしまっていた。
飛ぶ鳥落とす勢いのライフライブであるが、何故か事務所は都心から離れた場所にあるのだ。地味に交通が不便であった。
僕はサンドイッチを手にして頬張る。北見はオレンジジュースの入ったコップからストローを抜くと、ストローの先端を僕に向け、
「世羽君までそんな事を言うのっ!」
「いや、だってさ。最近の北見と配信の内容……」
「学校での私を知っているマ……っ。君に言われるのはショックだよ。よよよ。
世羽君なら私の事理解してくれていると思っていたのに……しくしく」
北見はストローをコップに戻すと『しくしく』と泣き真似をはじめる。
そんな北見を見つめ、泣き真似が陽キャだと思うんだよな。陰キャは絶対に泣き真似なんてしないってか出来ない。
「そんな事無かったんだね……ショックだよぉ」
そう言うと黙り込む。
会話が途切れてどれだけの時間が過ぎただろうか、コップの氷が溶けてカランと音を立てた。2人の視線が小さな波紋を立てるコップに集まる。
沈黙に耐えられなくなったのだろう、
「冗談は置いておいて……
まだ十ヶ月経ってないのよね。私達が話すようになってから……」
「十ヶ月……まだ一年経って無いんだなぁ」
北見の言葉に、これ迄の忙しくも濃い日々がまだ一年経っていない事に驚く僕。特にこの三ヶ月は怒涛であった。
「でね。世羽君。以前の約束なんだけど」
「約束?」
北見の声に僕は我に返る。
「そう。約束よ……って。ひょっとして忘れてる?」
「……えっと」
ジト目に晒されながら僕は記憶の引出しを漁るが、北見とした約束についての事柄が出てこない。そんな様子に北見はため息を吐き出した。
「その様子だと……覚えてないのね。
ほら、世羽君と顔合わせの時に私達。ドッキリ仕掛けられたでしょう。その時にここでドッキリ返しをしようと約束したでしょ」
「……ああっ!」
ポンと手を叩く僕。
そういえばそんな事を言っていたな。
「協力してもらうからね」
こうして僕は北見に巻き込まれる形でXデーに向け、計画を練り……
Xデー当日。今日は北見が月山レイネとしてデビューしてちょうど一年。
一周年記念のライブ配信前の空き時間にマロンへサプライズを仕掛けた。名目は僕がマロンと出会って約二年。そしてこの出会いがレイネの誕生に繋がった事を……そう感謝をマロンに伝えたのだ。
何時もドッキリを仕掛ける側のマロンは鳩が豆鉄砲を食らったような表情をレイネに向ける。珍しい彼女の表情を見つめ、僕はサプライズが無事に成功したことを悟ったのだった。
だが、僕はマロンの驚いた表情の意味を深く考えていなかった。
このある種の油断が僕の人生を更に大きく変える事となった。
北見の仕掛けたサプライズはここまでで五十%だったのだ。
残り五十%は……
ニヤリと笑うとレイネは僕に見えない位置に置いていたタブレットをスッと差し出した。そこには……
「は、配信されている……」
愕然とする僕。ディスプレイには3人の姿。
レイネとマロン。そして、1人の男子の立ち絵……
コメント欄が物凄い勢いで流れていく。
「声は変えているから身バレは大丈夫だよシンクママ」
北見は楽しそうに言う。
ここにきて僕はいくつかの謎が解けた。
何故、配信直前のスタジオでサプライズを慣行したのか。そして、本名は絶対に使わない様にとしつこい程に言われたのかを……
「可愛い声にしておいたよ」
とマロン。
可愛い声?
配信寸前の為、目の前には指向性マイク。
そう3人の前にそれぞれマイクが置かれていたのだ。
僕はマロンの言葉に首を傾げ、配信画面を見て硬直する。
流れるコメント欄に『シンク幼女』のコメントを大量に見付けて……
固まる僕を見つめ、
『ぷっ……クククッ』
2人同時に吹き出したのだった。
息がぴったりだよ。もう。
僕はこの日を境に不名誉な字をいただく事となった。
そして何故か僕のキャラクター(レイネ作)は度々ライフライブの配信にゲストで参加する事となり、何時しか準レギュラーと呼ばれる迄になってしまった。もちろん声は幼女だ……
僕の人生はこれからもずっと北見の隣で、レイネに弄られて振り回されていくのだろう。
きっとそれは楽しい毎日になる筈だ。
昔、電話でマロンに言われた事を思い出す度に北見に告白を考えるも、時間が経つ程に心地よく大切になっていく北見との日々にますます思いを伝える事が怖くなってしまう僕であった。
〖VTuberとイラストレーター〗を最後までお読みいただきありがとうございます。
去年に執筆。連載中の作品は諸事情により連載中止となりました。申し訳ありません。
次の作品は1月14日頃に更新予定です。
タイトル:相談 さやか
を。予定しております。
この話はざまぁ系となる予定です。




