すれ違い
ベッドで横たわる老婆。
傍らには高齢の夫が座り、彼女の手を握る。
彼は知っていた。今日が最初の日だと。
「今までありがとう、幸せだったよ。じゃあね」
夫が震える声をかける。
しかし、日ごとに言葉を失っていった妻にはそれが理解できなかった。
夫はこれまでの数十年の思い出を一つ一つ噛みしめる。
その日の夕方妻は亡くなった。
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とある中学校の入学式。
少年は恋をした。
桜が散る中で見かけた1人の少女に一目で恋に落ちた。
入学式というハレ舞台だというのに彼女はずっと俯いていて元気がなさそうだった。
必死で涙をこらえようとしているその姿に何故か心が強く打たれた。少年は衝動のままその日の放課後に彼女に告白をしてしまった。
少年は平凡だった。
外見が良いというわけでもなく、身長もやや低い。
そんな彼が初対面の少女に告白したところで恋が実ることは無い・・・はずだった。
少女は泣いていた。
泣きながら少年の告白を承諾した。
下校中はなぜか話が弾んだ。
初対面なのにとても話が合う。
というより少女が少年の好みを知り尽くしていた。
楽しい時間も終わり、別れ際少女が少年を下の名前で呼ぶ。
「今までありがとう、幸せだったよ。じゃあね」
少年はその言葉にやや違和感を覚えたがとくに気にしなかった。
翌日、少女は少年にべったりだった。
少年は女性に慣れていないので恥ずかしくて仕方がなかった。
そんな少年のことも気にせず少女はべたべたしていた。
「昨日告白してくれるんだよね?一目惚れだって」
「ん? そうだよ」
昨日から感じていたが彼女の言葉に違和感を覚える。
「ねぇ!昨日わたし最後にどんな顔をしてたか覚えてる?」
「別れ際?笑ってたよ」
「そっか笑えてたんだ、よかった。」
少女は周りの目を気にせず、さらに少年へベタベタした。
「これから楽しい思い出をたくさん作ろう、大切にする」
「そうね、うんその通りだった」
また少女は泣きながら笑っていた。
不思議な少女だった。
3年後の卒業式の日その理由を教えてもらった、とても残酷な運命のすれ違いに僕は泣いた。
「つらいよね、わかるよ。私も君に教えてもらったときとても悲しかったから。」
決心した、決して彼女を1人にしない。
すれ違ったままでも共に過ごそうと決意した。
「知ってるよ。その通りだった、君はずっと一緒にいてくれた」
彼女は数十年の思い出を一つ一つ噛みしめながら答えたのだった。