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リリアンローゼ

リリアンローゼ〜異世界の聖女から悪役令嬢と呼ばれましたが悪役令嬢とはなんですか?〜

作者:

前作を悪役令嬢側からみたお話です。暇潰しに読んでいただけると嬉しいです。


2023/06/23 前作同様に家名を変更しました。ほんの出来心です。ビクビクはしています。


2024/03/20 一部修正しました

 ここは、神が国を護る世界


 この世界のとある大陸には2つの国がある


 女神ルーエの国・ロゼスティリア


 女神ライラの国・リリエント


 双子の女神がそれぞれの国を護り、


 代行者たる王家の血筋を選び、

 

 女神の御心のままに民を導き治める国王をさだめた


 さらに女神は己の加護を民に顕すため


 二つ役割を人に与えた


  聖女 と 依り代


 聖女 とは、類稀なる歌声で病や傷を治すもの


 その美しい歌声には癒やしと浄化の力が宿っている


 依り代 とは、女神をその身に降ろし、


 女神の言葉を伝えるもの


 聖女も依り代もそれぞれの女神に一人ずつ

 

 同じ時代に、一人だけ


◆◆◆


「ロザリーナ様お下がりください!」


 王宮の中庭に女の子が倒れていました。

 護衛騎士は止めますが、構わずわたしは自分の外套を脱ぎ、女の子の身体に被せます。

 こんな短い丈の服を着て脚が太腿まで出てしまっているのに、意識のない状態で男性の目に晒されるなんて、同じ女として見過ごせません。

 息をしていることを確認し、侍女の一人に医師を呼びに行かせます。

 

 柔らかな芝生の上とはいえ地面に寝かせておくのは可哀想ですが、頭を打っていたらいけないので、動かすのは難しいです。

 少し迷ってから、そっと乱れた黒く長い髪を手櫛で梳いてみました。

 こんな黒い髪はこの国では珍しいです。一体どこから来て、なぜこんなところで倒れていたのでしょうか。


『次元の迷い子、じゃの』


 女神の声がしました。


『それは異世界の娘。不幸にも次元の裂け目に落ち、この世界に迷い込んだようじゃ』


 異世界からきた女の子。

 だからこの国では考えられない格好をして、警備が厳しいはずの王宮の中庭に倒れていたのですね。


 やってきた医師の見立てでは特に外傷もなく、気を失っているだけだという。


「先生、これからこの子をどうしたら?」


「一先ずはどこかで休ませるのがよろしいでしょう」


「わたくしの、王宮の部屋へ運んでくださいませ。そうすれば侍女たちの目もありますわ」


 その侍女も、護衛騎士もあまりいい顔はしませんでしたが、渋々の体で運んでくれました。


 簡素な寝台、と言ってもきらびやかな装飾や天蓋がないだけで大人がゆうに3人寝られる広さがあるのだけれど。そこに寝かされた少女の傍らでわたしは彼女をじっくり観察することにしました。


 まっすぐな黒い髪に少し日に焼けた象牙色の肌、まるで桜桃のようなふっくら小さな口唇。可愛らしい女の子。


「わたしとは、まるで違う」


 そっと窓に映る自分を盗み見ます。

 そこには臆病さを隠して気丈に振る舞おうとしている「わたくし」が映っていました。


 癖の強い麦わら色の髪は大嫌い。

 しっかり巻かないとすぐに撥ねてみっともないって言われて、髪結い専門の侍女が毎朝一生懸命巻いて結ってくれます。

 色も綺麗じゃないけど巻けば少し濃くなって多少マシに見えるから。

 口唇も薄くて、しっかり口紅を塗らないと病的に見られてしまいます。

 眼は少し吊りがちで、じっと見つめていると睨んでいると勘違いされてしまうこともあって。

 色は琥珀で好き。けれど、翡翠とか蒼玉だったらもっと良かったのに。


「貴女の瞳は何色かしら? 髪と同じ黒? それととも、紫水晶のような色でも素敵ね」


 眠る少女に話しかけるさまは奇妙に見えるでしょうか。けれど室内には侍女が一人だけですし、小さな声だからこの距離なら聞こえないかもしれません。


 いつ目を覚ますかしら?

 自然に目を覚ましてくれるといいのだけど、あぁ、無理かもしれない。


 喧騒が近づいてくるのがわかりましたから。


「ロザリーナ! お前、何か王宮へ持ち込んだそうだな!?」


 叩扉もなく、悲鳴のような音を立てて乱暴に開かれた扉から足音も高く入室されたのは、


「王太子殿下」


 このロゼスティリア国の王太子、アーサー・ホーマック・セーラニーズ殿下でした。


「すでに王太子妃気取りか? まったく勝手なことをしおって!」

「侍従長と侍女長より許可は下りてございます。それにここはわたくしが陛下と王妃殿下より賜りました居室。室内であればわたくしの責任で」

「ふん! いったい何を連れ込んだ!? もしや行き倒れの男でも拾ったか?」


 まったくなんという難癖でしょう。ああ、それにあんな大声を出されては、せっかく静かに眠っているのに、殿下の声で起きてしまう。

 ふるり、と髪と同じ色の睫毛が揺れて固く閉じていたまぶたがゆるゆると開かれました。


「ぅう〜ん、なぁに、だぁれ?」


 眠たそうに目をこすりながら少女は上体を起こしてきょろきょろと室内を見渡し、その顔がだんだんと強張っていきました。


「こ、ここは…どこ?」


 ここは、とわたしが話しかけようとしたのですが。


「ここはロゼスティリア国の王宮だ」


 わたしを押し退け、殿下は少女の前に。


「俺の名はアーサー、そなたの名は?」

「せ、セイラ! セイラ・イソハラです!!」

「セイラ、か。そなたに似合いの可憐な名だな。ゆるりと休むがいい」


 にこり、と好青年のような微笑み。わたしには絶対に見せないものです。


 ああ。なにかとても嫌な予感がします。


◆◆◆


 その夜、セイラはわたしの部屋から賓客室へ移されました。王太子殿下のご指示だそうです。

 翌日、わたしはこの出来事を王妃様へ相談にお伺いしました。


「そう、異世界からきた娘、なのね。妙だとは思ったのだけれど」


 わたしの話を聞いて、なにかに納得されている王妃様。


「妙、とおっしゃいますと?」

「いえね。セイラといったかしら? 貴族にしてはマナーがまったくなっていないし、常識もない。けれど平民にしては小綺麗で労働をしらないようで。かといって知識レベルもさほど高くはないし。ちぐはぐで奇妙な娘だと報告があったのよ」


 この数時間でそこまで調査済みとは。王妃様お流石です。王宮の侍女すべてこの方の配下だという噂はおそらく真実ですね。


「我が息子ながらアレにはまったく困ったものだわ。あなたのような素晴らしい娘が婚約者だというのに」

「申し訳ございません。わたくしが至らぬばかりに」


 王太子殿下は、もう、わたしがどう諌めてもまったくお聞きくださらない。本当にわたしが至らぬと思い知らされるばかりです。


「あなたを責めてはおりませんよ。ええ、これっぽっちも。むしろ謝るのは、」


 室外から叩扉の音が小さく1度、普通に3度。計4度。緊急性の高い報告の合図。

 この時は許可がなくとも入室が可能になっています。


 入室した侍女は素早くわたし達に近付くと思いもよらぬことを告げ、わたしは王妃様とお互いの顔を見合わせ、その眼が同じ気持ちであることを雄弁に語っています。


「申し上げます。件の少女、聖女の可能性がございます」


 そんなことは絶対ありえません!


◆◆◆


 ありえないはずのことが起こった。それがロゼスティリア首脳陣の出した答えでした。

 異世界からの少女は確かに聖女でした。


 なんでも、セイラがうっかり落として割ってしまったカップで侍女が指を切ってしまったらしいのですが、それを見たセイラがなぜか歌い出し、するとたちまち侍女の傷が治ったというのです。


 歌で傷を癒やすことができるのは女神の守護を受けた聖女のみ。それがこの世界の常識です。


 すなわち、セイラ・イソハラは聖女である、と。


「アーサーが張り切って聖女の後ろ盾になるのだと息巻いておる。ロザリーナ、そなたの耳にも入っておると思うが」


「はい、陛下。聞き及んでおります」


「どう思う?」

「どう、とは」


「セイラという娘は真実聖女であるのか?」


「陛下、その問いの答えをわたくしは持ち得ませぬ。ただ、この世界の守護女神は女神ルーエと女神ライラ、この二柱のみにございます」


「では女神ライラの聖女であると?」


『あれが姉様の? 冗談は顔だけにせよ』


「…それは、女神ルーエがきっぱりと否定なさいましたわ。今」


「……ならばまだ良かったと思ったのだがな。あの娘は、おのれを女神ルーエの聖女と称したのだ」


「ありえません」


『全否定じゃ!』


「当代の、女神ルーエの聖女は、わたくしです」


「解っておる。わかっておるが、どうすればあのアホ息子にそなたのこと含め解らせることができるか、余にはわからぬのだ」


◆◆◆



 聖女セイラ。彼女についてあまりいい話を聞きません。


 王宮の中庭で倒れているところを王太子殿下に助けられ(見つけたのはわたしのはずですが、なぜかそのような話になっています)早1ヶ月、聖女として怪我や病を治していますが、そのたびに金品を要求しているとか。その方法が王太子殿下へおねだりするという、聞いたときには美人局のごとく謀られたかと思いましたが、王妃様から背後関係なしと告げられました。


 また気に入らないことがあると侍女や護衛騎士に当たり散らす、食事のマナーは幼児並み、知識レベルも初等教育程度。それでいて年齢は成人している。異世界って、どんなところなの?


 そんな聖女と王宮の中庭、まさに彼女を見つけた場所でばったり会ってしまいました。


「ごきげんよう、聖女セイラ」


 聖女は貴族と同等。

 右足を左足の後ろへ引き、ドレスのスカートを少し摘んで膝を曲げ、腰を落として立礼をしました。


「あなただれ?」


 その言葉に侍女が息を呑んだのがわかりました。わたしを知らないこと、さらに挨拶を端折って誰何した無礼ともいえる態度に彼女は驚いたのでしょう。


 異世界の常識はこの世界の非常識、そう思いましょう。


「わたくしはロザリーナ・クラレーと申します。お初に、」


「あ、ロザリーナって悪役令嬢の!?」


あ、くやく…?


「聖女様とはいえ、なんと無礼な! ロザリーナ様は王太子殿下の婚約者ですよ!?」


「やっぱそうじゃん! アーサー王子の婚約者でロザリーナ! ここは『リリアンローゼ』の世界に間違いないんだー!」


 ひとりはしゃぐ聖女セイラにわたしも侍女も二の句が継げずにいます。


 まずは、わたしの名を2度も呼び捨てにしたことを咎めるべきなのかしら? でも聖女ですし。ああ、でも気になって仕方がないことがあります。


「ひとつお尋ねしますわ、聖女セイラ。『あくやくれいじょう』とは、なんですの?」


 あら? 空気がおかしいですわね。わたし、なにかおかしなことを言ってしまったかしら? まぁこの際です、これに乗じて言うべきことは言ってしまいましょう。


「聖女セイラ。ここ王宮に逗まられるのであれば覚えておいてくださいませ。王太子殿下の御名を軽々しく呼ばわってはいけません。貴族の子女も同様です。必ず家名とともに呼ばわることです」


 彼女の世界では身分差がまったくないか、さほど重要視されていないのかもしれない。わたしの話は果たして理解してもらえるかどうか…


「なっ!? 貴族ってだけで偉そうに!」


 少し、ほんの少しだけ胸が傷んだ。

 けれど、貴族としての矜持だけを考えてしっかりと前を、立ちはだかる聖女セイラを見据える。


「貴族には、貴族の果たすべき役割がございます。それをきちんと果たしている、その自負があるからこそ、わたくしはこうして胸を張って聖女様にお話ができるのです」


 領民のため、国民のため、王族を支える貴族の一員として恥じない教育と良識と品位を持ち磨き続けること。まして「わたくし」は王太子妃となるべく育てられた。


 王太子妃となり、王妃となることは決められた軌道ではあるけれど、それがこの国のすべての民のためになるならば。

 貴族を統べる国王を支えて、女神ルーエが愛するこの国に生きるすべてのものを不幸にしないために。


「聖女様の世界にもまもるべき規則がございましたでしょう? こちらとて同様ですわ」


 そうして優しく微笑んだつもりだったのだけど。


 聖女セイラは青褪めて泣きそうな顔で叫びながら走り去ってしまいました。


「悪役令嬢のくせに〜!!」


 あんな風に走るのは淑女として減点ですわね。次に見かけたらお伝えしないと。


 ですから、悪役令嬢っていったいなんなのでしょうか?


◆◆◆


「ロザリーナ様!」


 王宮内にて、可愛らしいお声に呼び止められ、内心とても癒やされてしまいました。


 振り向くとそこにいらしたのはウィンティック公爵令嬢ディアナ様。以前に二度ほど王妃様のお茶会でお会いしてから時節のお手紙をやりとりさせていただいています。


 さきほど、「貴族の子女も必ず家名とともに呼ばわること」と聖女セイラには申し上げましたが、きちんと面識があってお名前で呼ぶことをお互いに了承していれば問題はないのです。


「ディアナ様。こちらでお会いできるとは思っておりませんでしたわ」


 そう、ここは王宮。

 まだ成人されていないディアナ様はよほどでなければおいでになられないはずですが、なにやら公爵様の御用向きでいらしたそう。


「ロザリーナ様、実は10日後に我が家でガーデンパーティーを行いますの。よろしければお越しいただけませんか?」


 公爵家のガーデンパーティーに、わたしが?


「よろしいのですか?」


「はい! 是非いらしてくださいませ!」


 招待状はちょうど今日出してくださったとのことで、帰ったら執事からきっと話があるでしょう。


 10日後。

 思ったよりすぐです。衣装はどうしようかしら? ガーデンパーティーでも同伴者は必要ですけど。


 同伴者……


「ロザリーナ様? どうされましたの?」


「どなたと、お伺いしようかしらと思いまして」


 当然、婚約者である殿下と、って思われているでしょう。ですが…


「わたくし個人がロザリーナ様をお招きしたので、お一人でもかまいませんわ。けれどそれではロザリーナ様の面目が立ちませんわね。そうだわ、父様に頼んで殿下の仕事を公式に増やしていただこうかしら? そうすれば……あぁ、でもそれだと…」


 ディアナ様、お考えがすべて言葉になって溢れておられますわ。


 けれど、そんな様子も可愛らしい。


「ようやく笑っていただけましたわ!」

『ようやく笑えたの、ローズ』


 重なって聞こえた二つの声。


 ディアナ様と、女神ルーエ。


 ようやく、笑った? わたし、笑っていた?


「お見かけしたとき沈んでいらしたので、不躾にも話しかけてしまって。ふわっと微笑まれたと思えばまたすぐ戻ってしまわれるので、わたくしのお話はご迷惑だったかしらって」


『なぜそなたがあんな不実な男のことで悩まねばならんのだ! とっちめてやるから吾を喚べといつでもいうておろうに!』


 ああ、気を遣わせてしまっていたのですね。


「ディアナ様、ありがとうございます。迷惑だなんてとんでもございませんわ。ガーデンパーティー、楽しみですわ」


 女神ルーエも、ありがとうございます。こんなわたしのことをいつも思ってくださっている。


『当たり前じゃ。そなたは常に堂々としておるがいい。なにしろ、吾が選んだ聖女であり、しかも吾が降りるに相応しい依代なのじゃからの!』


「ロザリーナ様、どうか堂々とお越しくださいませね。たとえどなたとお越しになっても、わたくしはロザリーナ様の選択が正しいものと信じておりますわ」


 ああ、もう、本当になんて可愛らしいの!

 このまま我が邸へ一緒に帰ることができたら…!! こんな妹が欲しかった!


『ほんにそなたは愛らしい見目のものが好きだの』


 女神ルーエの呆れたような声が聞こえたような気がしましたが、気のせいだと思うことにいたしました。


◆◆◆


 公爵家のガーデンパーティーへ、結局わたしは一人で向かった。けれど、本当にひとりではありません。


『ロザリーナ、ウィンティック公爵家のパーティーへ招かれたそうだな。当然わたしと行くだろう? 公務があるから時間がない。公爵家で待っていろ』


 同伴の主張はなさる。

 けれど迎えには来てくださらないようです。

 きっとエスコートもなさらないでしょうね。


 もう、そんな扱いにも慣れてしまいました。


 それにしても、どこでガーデンパーティーの話を耳にされたのでしょうか? しかもわたしがお招きいただいたことを知っているなんて。


 あの場で、ディアナ様との会話を聞いていた者がいたのかしら? それを殿下のお耳に入れた?


 せっかくのパーティーですのに、ここまできて足が重いです。


「ロザリーナ様! ようこそお越しくださいました!」


 重たくなっていた足がすっかり癒やされましたわ!

 庭園の入り口で出迎えてくださったディアナ様の笑顔だけで来た甲斐がありました。もうこれで帰ってしまってもいいかもしれません。


「ディアナ様、お招きくださりありがとうございます」


「ロザリーナ様に喜んでいただくためにお菓子もたくさん用意しましたの! 今日は羽をのばしていただけたらうれしいです」


 後半は小さな声でこっそりと告げてくださいましたけど、きっと、今のわたしを見て一人で来たと思われたからでしょう。


 羽を伸ばせたらいいのですけど、ね。


 そんなわたしの心情を読み取ってしまわれたのでしょうね。ディアナ様のお顔が少しくもってしまわれました。


「殿下は、のちほど…?」

「ええ、のちほど、いらっしゃるかと」


 ディアナ様の瞳の光がすっと消えたように見えましたが、すぐに微笑みかけてくださいました。


「では、それまでわたくしがロザリーナ様のエスコートをいたしますわ!」


「あら! それはうれしいですわ!」


 御世辞ではないです! 心の底から本心ですわ!


◆◆◆


 そんな楽しい時間も、この方の登場で闇の中です。


「ロザリーナ、待っていろと言ったはずだが」


 王太子殿下の御成り、という知らせを聞いた時わたしは隣国リリエントの貴族とお話させていただいている折でした。

 その方は各国を巡って各地の特産物を入手しては他所の土地で売るという商売をなさっているそうです。ウィンティック公爵家とも御縁が深く、今回は現公爵様の依頼の品を探す旅からの戻りだとか。『放浪癖のひどい従兄を有効活用しているのですわ』とはディアナ様のお言葉です。


 そんなお話を伺っているところに、殿下がお越しあそばされた、と受付の衛士から連絡があったと伝えられたのです。

 来ないかともの思いましたのに、いまさら来られるなんて。


「王太子たる私を待たず、先に一人で行くとは。非常識極まりない行為ではないか?」


 常識とはなんでしょう、と心の中で自問してしまいました。

 婚約者へ現地集合を言い渡しておきながら。

 それとも、ご自分が来るまで馬車待合で待っていろとでもおっしゃりたいのかしら?


「おかげで入るのに苦労した」


 確実に馬車で待っているようにって意味ですわね。ええ、待ちましたわよ。開始時間のギリギリまで。


「時間になってもいらっしゃらないので、もうお越しになられないのかと」


「ふん、生憎そういうわけにもいかなくてな」


 そういうわけにもいかない? どういう意味でしょうか?

 事ここに到ってはじめてわたしは殿下の後ろの方で動き回っている空色の衣装に気が付きました。


「聖女、セイラ…?」


「ああ、セイラが公爵家のガーデンパーティーに行ってみたいというから連れてきたのだ」


 それこそなんという非常識!

 受付の衛士が困り果てるのも当然ですわ。

 招待者ではない、同伴者の同伴者だなんて、マナー違反が過ぎています!


「王太子と聖女の来訪だぞ。喜んで出迎えるのが筋だろうに、公爵家といっても大したものではないな」

「なんということをおっしゃいますの? ウィンティック公爵家といえば名門中の名門、だからこそ殿下のご来訪に困惑されたのですわ。王太子殿下ともあろう方がこのような非常識をなさるなんて」

「やめてよ! 私が王子にお願いしたんだから! なんだっってこんなことくらいでうるさくいわれないといけないの!?」


 こんなことくらい、ですって?

 招かれざる客、という言葉が何を示すのかご存知ではないと?


「ああ、たかが一人二人増えたくらい大したことではなかろうに」


 心の奥で何かがぷっつりと切れる音が聞こえた気がしました。


「お二方ともいいかげんになさいませ。こちらにはいま我が国の貴族のみでなく隣国からのお客様も多くお越しになられています。このような場で幼子の我が儘のような、王太子ともあろう方の行いとは思えませんわ。それに聖女セイラ、貴女もです。以前から申し上げておりますが貴女の振る舞いは、」


「ええい、うるさい! さすがに我慢の限界だ! ロザリーナ! 貴様との婚約を破棄する!」


 ああ、とうとうその言葉を言ってしまわれたのですね。


『よし、ローズ!召喚歌を発せ!! 吾を降ろすのじゃ!』


 女神ルーエ、流石にこの状況ではできませんよ!


「王太子殿下、殿下のお気持ちはわかりましたわ。ですが、その理由をお聞きしても?」


「決まっている、貴様がこの聖女セイラに非道な行いをしたからだ!」


『非道なのはどちらだ、この阿呆が!』


「非道な行い、とはどのような?」


「しらばっくれるつもりか!? 『品位がない』『知性がない』『感性が疑われる』とことあるごとにセイラを罵倒したそうではないか!」


 品位? 知性? 感性? ええと、いつのことかしら…?


「『王宮内ではお静かになさってください、品位がないと思われますわよ』『そのような話し方では知性がないと思われてしまいますわ』『お化粧や身に付けるものは御自身にあったものをお選びになって。感性が疑われますわ』とは申し上げましたわ」


 それでも何度申し上げてもまったく変わる気配がございませんでしたけど。


「同じことではないか!」


『どこが同じじゃ! この節穴が! その目玉は飾りか? くり抜いて魚の餌にしてやろうか!』


「そぉなんですぅ〜、ロザリーナさまはああやっていつも私に冷たくあたるんですよぉ〜!」


「おお、セイラ! たった一人でこの世界に墜ちてきたそなたになんという心ない言葉をかけるのか。あのような女がやがて王太子妃となり、王妃となるなどやはり我慢ならん!」


『ローズ! もう我慢ならんぞ! 早う吾を喚ぶのじゃ!!』


「殿下、これ以上は場所を移してお話いたしましょう」


「フン、貴様の性悪さを大勢の前で曝されたことを恥ずかしく思ったか?」


 いえ、どちらかというとあなたの愚かさ加減を他国の方々に曝してしまったことを恥じております。


「この際だ、王太子の名の下に貴様を国外追放にしてやる!」






……国外、追放?


 国外追放になったら、わたしはどこにいけばいいのでしょうか?

 隣国のリリエント? 先程お話させて頂いた方がリリエントの貴族って。そしてディアナ様が従兄だとおしゃってましたかしら? もう少しお話させていただいて御縁を結んでおくべきでしたわ。


『ローズ! 吾の聖女たるそなたが国外追放になぞなったら吾が黙っておらぬから安心せい!』


 はっ! そうでした。わたしとしたことが思わず。しかも王太子という身分において、その処分を勝手に下すことができるなんて聞いたことがありません。まして国王陛下ですら軽々しく口にすることではないのに。

 


「殿下、あまり身勝手な振る舞いをされますと、そろそろ女神ルーエのお怒りが」


「なにが女神か! セイラをこの地に招きながら何の沙汰もなく、貴様からの非道な行いからも守らずに放置しつづけておるではないか! そもそも女神ルーエなどおらんのではないか?!」






「は?」




 いま、なんて?

 女神ルーエは、いない?


 なにをおっしゃったかご自身でおわかりですか?

 この国が、誰に護られているかご存知ないと?


 王族であるあなたが。


 もっとも女神のことを理解すべきあなたが。



『ローズ!』



 女神ルーエ、このような暴言を止められずお詫びのしようがございません。


 もっと前からこうすればよかった!!



「     」



 胸の奥から歌が溢れた。それは歌とも呼べないような短い旋律。遥か古より引き継がれる女神を喚ぶための『召喚歌』。


〝我が元へ来たれ〟


 わたしは、女神ルーエの聖女であり依り代。


 唯一この身に女神ルーエを喚び降ろすことができる存在。 


『よく頑張ったの、ローズ。あとは吾に任せよ』


 これまでと違うところから響く女神の声を聞いたわたしの意識はなにか温かなものに包まれた心地がしました。


 これが女神をこの身に降ろすということなのですね。


「愚かな王子よ。遥か昔に吾がこの地を治めるよう任じた血筋の裔よ。吾への暴言はしかと耳にしたぞ」


 怒りを滲ませながら、女神ルーエはわたしの声で実に楽しそうにおっしゃいました。



◆◆◆



「さて、申し開きがあれば聞こう」


 ここは王宮にある女神の間。

 こちらには今かなり多くの人が集っております。

 女神により不可視の鎖を掛けられた王太子殿下と聖女セイラ。そしてわたし(に降臨された女神ルーエ)とディアナ様(に降臨された女神ライラ)、なぜかディアナ様のお従兄様とそのお連れ様である貴族令息と思しき方。なぜでしょう、お顔の色が酷く悪いようですけれど。そしてつい今しがた駆け付けておいでになられた国王陛下と王妃様、第二王子トーマス殿下とウィンティック公爵閣下。護衛騎士と侍女もいるためそれなりの広さがあるはずなのに手狭に感じられます。


 本来、女神ルーエが降臨する際はここで召喚歌を唱えて女神を喚び降ろすものなのです。今はもちろん事情が事情でしたので、ここではない場所でしかも女神ルーエだけでないのですから。


「このように吾らが揃うことなど滅多にない。言いたいこと聞きたいことは遠慮なく述べるが良い」


「滅多にではなく、異常事態です。妾がこちらに居る事自体」


 そう、この場に女神ライラまで現界されて御座しますこと、それはあってはならないと言えます。


 けれど女神ライラがおっしゃるように、たしかに今は異常事態です。


「このロゼスティリアの王太子ともあろう者が王家につながる聖女であり依り代の婚約者との婚約を破棄し、挙げ句に吾の加護を疑う発言とはの」

「し、知らなかったのです! ロ、ロザリーナが聖女でしかも」

「うつけもの! 知る知らぬの話ではないわ! 知っておったらそなた、ローズを厭わなんだか? 否であろう」


 王太子殿下より否定の言葉はございませんでした。


 殿下は、わたしを嫌っていらっしゃった。

 改めて突きつけられた真実に胸が痛みます。


「しかもその理由が己より周囲からの評価が高いから、では救いようがないわ。男の嫉妬は醜いのぅ」

「なっ…なっ…!?」

「そこまでになさい、ルーエ。王よ、この始末どうつける?」

「女神ライラ、我らは守護女神ルーエの御意志に従うのみにございます」

「そうではない。親として子の不始末をどうつける? と尋ねておる」


 国王陛下は少し考えられた後にお話になられました。


「ロザリーナ、いやクラレー伯爵令嬢。余の言葉は聞こえておるだろう。アーサーはそなたとの婚約破棄を宣言したそうだが、そなたも望むのであれば婚約は破棄しよう。アーサー有責で」

「父上、なぜ!?」

「なぜか? それすらも理解できぬお前に王太子の役目すら重かろう。まずは第一王子アーサーより王太子位を剥奪、王族籍からも抜く」


 王太子殿下が平民となる? 前代未聞ではないですか!?


「すでに成年のため、婚約破棄となった場合の慰謝料はアーサーの個人資産より支払い、不足は現王家であるセーラニーズ家の資産より立て替えて支払う。但し立替のため当人の労働によりいずれ返済するものである」

 

 アーサー様、ついに奇声を発して倒れられてしまいました。立て続けに陛下より告げられる内容に心身ともに追いついてついていないものと思われます。

 そして、と陛下はさらに言葉を加えられました。


「女神ルーエに対して敬意を持たぬこのような息子を王太子位に就け、気付かぬままいた事に対し王家として、親として深く謝罪を。そのうえで我らは女神ルーエの御意志に従います」


 両陛下並びにトーマス殿下が膝を付き頭を垂れると居並ぶすべての人々がそれに倣います。


「吾が死ねと言うたら?」

「覚悟は、ございます」


 ざわりと場が揺れました。さすがに動揺が隠せないようどす。

 女神ルーエ、本当に王家を替えるおつもりなのですか!?


『それだがなローズ、第二王子とはどんな人物じゃ? 婚約者はおるのか?』


 え? トーマス殿下、ですか? まだ成人されていないのでなんとも。ですが、王宮でお会いするときちんとご挨拶くださいますし、侍女たちからはむしろ良い話しか聞きません。

 婚約者は、そういえばそのようなお話は聞いたことがないような。


『ふむ。ディアを次代の女王か王妃に据えるも面白かろうと思うたが』

『ルーエ』

『姉様が否というので、できぬからの』

『ディーは妾の依り代。それに、もしかすると…』

『であれば、ローズを次代の女王にするか、それとも』


「セーラニーズ家の次子よ、そなたの名は?」


「はい、トーマス・クラウドと申します。女神ルーエ」


「国王の役割とは?」


「国王は女神ルーエよりこの国と民を導くよう任じられた代行者です。女神の御意志に従い、他の貴族を束ねること、これが国王及び王家の役割です」


「そなた、己にもそれを任じることができや?」


「…王家の一端として、であれはもちろんとお答えします。ですが、国王として、とおっしゃるのであれば今の私ではその問いへお答えする資格すらございません」


「ほぉ、よう言うたわ。小童が」


 トーマス殿下の顔が強張ってしまいました。

 女神ルーエ、さすがにやりすぎではございませんか!?


「そなたの度胸と思慮深さに免じて、王家はそのままセーラニーズ一族が担え。王よ、第二王子トーマスを王太子に据えよ」


「…承知いたしました、女神ルーエ」


 王家存続、この宣言に広間中が安堵した空気に包まれましたが、陛下の声はなぜか落胆したような雰囲気が。


『これで肩の荷が下りると思ったのだろう。そうは問屋がおろさぬわ』


 子の恥は親が雪げ、と女神ルーエは嗤います。


「そして新たな王太子の伴侶として吾が聖女にして依り代たるロザリーナを」


 え? 


「このようなことに吾が口をだすのはおかしいを超えて無粋の極みだが」


 たしかに、アーサー殿下との婚約確定の際は女神ルーエはなにもおっしゃられませんでした。


「喜んでおるようなので、のぅ」


 女神ルーエの意識はトーマス殿下に向けられておりました。

 トーマス殿下のお顔が真っ赤です。

 え、ええと?


「あの…ロザリーナ様はわたしにとって、ただ、憧れで……兄上の婚約者でゆくゆくこの国の王妃となられる方、それはもちろん理解していましたが」


 段々とお声が小さくなっていかれます。


『ローズ、そなたを伴侶にと吾が申した折は喜色満面であったぞ、その小童』


「ですが私のような子どもでは」

「年齢の問題ではない。王家の自覚と心の在りようじゃ。そなた、兄と同じ轍を踏むつもりかえ?」


「ありえません。ロザリーナ様を蔑ろにするようなことは、この命に懸けてしないと誓います」


「そこなのか!?」


 どなたかわかりませんでしたが、至極もっともです。同意します。

 わたしを慕ってくださっているというトーマス殿下のお心は大変嬉しいのですが、論点がずれていませんか!?


「ロザリーナ様」


 トーマス殿下の呼び声にわたしの意識は殿下に方へ向かいます。

 殿下の目にいまわたしの姿は見えないはずなのですが、はっきりと捉えているように感じられました。


「私はまだ成人すらしていない未熟者です。ですが、女神ルーエ直々に御指名いただいた王太子として、不足なしと判断された折には、」


 真っ直ぐ、あざやかな空色の瞳に射貫かれたような。

 

「私の隣に立っていただけますか? 王太子妃として、なにより私の伴侶として」


 胸が痛いくらいにドクドクと言っているのですが、これはなんでしょうか?


『くく、鼓動が早いのぅ。心の臓を射貫かれたような心地でもしておるだろう』


 これはわたしへの罰ですか? 婚約者でありながらアーサー様の暴挙を止められなかった、あの方を諌められなかったことへの。


『ロザリーナ、頃合いじゃ。しばらく眠るがよいぞ』


 女神ルーエの優しげな声がわたしを眠りへと誘っていきますが、お待ち下さい、まだお話は続いていますよね!?


『後事すべて吾らに任せよ』


 そのままわたしは眠りにつき、目覚めた時には女神ルーエはお還りになられておりました。ほぼ入れ違いのようでした。


「…聖女セイラはどうされましたか?」

「御自分の世界へ戻られました。女神ルーエと女神ライラが神力で送り返されたそうです」


 教えてくださったのはトーマス殿下です。

 聖女セイラにとってはこれが最良でしょう。この国にあの方が心安くいられる場所はきっとありませんから。


「ロザリーナ様」


 トーマス殿下がわたしをひたと見つめ、左手を取ると指先に口付けられました。


「で、殿下!?」

「今一度、申し上げます。私は貴女をお慕いしています。まだ成人前の未熟な身ですが、皆に王太子として認められた暁には、」


 甘やかにわたしをみつめられていたそのお顔が真っ赤になってしまいました。


「私の、妻になっていただけますか?」


 こんな言葉、アーサー様から言っていただいたことはありませんでした。思えば、望んですらいませんでしたが。


 互いに望まずとも交わされるのが政略結婚というものと思っておりましたが、このように想っていただけるなんて。


「トーマス殿下、ありがとうございます。わたくしも殿下と並び立って遜色ないと認められるようこれからも努力いたしますわ」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 異世界の聖女はわたしを悪役令嬢と言いましたが、 いまだになぜかわかりません。けれどこんなに幸せになれるなら、悪役令嬢というものも悪くないですね。


ありがとうございました♪


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