食堂で焼き魚定食を!
翌日の昼。
公儀隠密の食堂で食事をとる。
せっかくだから試しに食べてみようということになったのだ。
今日のメニューは焼き魚定食。
味は悪くない。というか美味い。
この食堂では、公儀隠密のスタッフは誰でも自由に食べられる。
もちろん無料だ。
おかわりもできる。
トウコが口いっぱいに頬張りながら言う。
「おいしーっスね! でもリン姉のごはんのほうがいいっス!」
「まあ、そうだが……あんまり大声で言うな。作ってくれた人に失礼だろ」
俺は周囲を見回しながら言う。
俺たち以外にも食事中の人がいる。
公儀隠密といっても、皆が皆、戦闘を得意とするわけではない。
異能者は少ないし、ダンジョン保持者はほとんどいない。
ほとんどが裏方。普通の人々だ。
つまり、社員食堂に近い雰囲気だ。
忍者装束を着ているたり刀を持ち歩いているやつなどいない。
俺だって普通の格好である。
リンが言う。
「そうだよトウコちゃん。これ、塩加減がちょうどよくて、とってもおいしいよ」
「草原ダンジョンには魚はいないからな。家で魚を焼くと臭くなるし……」
などと所帯じみた会話をしていると、ハルコさんとエドガワ君が食堂に入ってきた。
俺たちに気付くとハルコさんが手を振り振り近づいてくる。
「こんにちはぁ。レンさん、トーコさん、ゼンジさん」
そういうとハルコさんはリンの向かいに座る。
エドガワ君はおずおずと、ハルコさんの横、一つ間を開けた席のイスを引きながらぺこりと頭を下げる。
「どうも……」
「もぉー。トオル君! どうして遠くに座るんですかぁ? こっちこっち!」
ハルコさんが隣のイスをバンバンと叩いている。
そしてエドガワ君を引っ張る。
エドガワ君は困った顔で言われるがまま座る。
うーん。
すっかりロックオンされているな。
俺は苦笑しつつ、二人に会釈する。
そして訊ねる。
「二人は今日、任務があるのか?」
「いいえぇ。今日は訓練だけですぅ。朝から走らされてますぅー」
はぁ、とため息をつくハルコさん。
嫌そうだね。
「サタケさんの姿が見えないけど、どうしたんだ?」
「なにか用事があるそうですぅ。そのおかげで少し休めるんですけどぉ」
エドガワ君が言う。
「そのあいだ、ボクはスナバさんに射撃を見てもらおうかと……」
「へえ? じゃあ、トウコも一緒に見てもらったらどうだ?」
トウコがドヤ顔で言う。
「あたしはもう、教わることは何もないっス!」
お前に教えることは何もない、とスナバさんに言われたんだったな。
これは言葉のあや。
実力を認めつつ、不真面目なトウコには教える気がないという意味。
でも、しっかり頼めば教えてくれると思う。
それがトウコのためになるはずだ。
「まあ、そう言わず教えてもらおうぜ。俺も一緒に行くよ」
失礼のないように、見張りに行くって意味だ。
お目付け役である。
「そーっスか? じゃあ行くっス!」
へへっと笑うトウコ。
無邪気なものだ。
「じゃあ私も……」
と言いかけたリンにハルコさんが言う。
「そうだレンさん! ツイスタは始めましたかぁ?」
「ええと、個人用のはまだですー。よくわからなくて……」
ツイスタとは、動画やコメントを投稿できるSNSのことだ。
ハルコさんはヘビーユーザーである。
結構人気があるらしい。
リンはそういうことには疎い。
仕事用のアカウントはモデル事務所が作ってくれたそうだ。
もう何本か動画も上げている。
ハルコさんがぐいぐいいく。
「じゃあ、今やっちゃいましょう! 友達登録しましょうねぇー!」
「は、はあ……」
リンが困った顔で俺を見る。
「せっかくだから教えてもらうといい」
「うーん」
あまり気のりしないらしい。
「俺もそういうのは詳しくないから、あとで教えてくれ」
「はいっ! わかりましたー」
俺はSNSをほとんどやらない。
やる意味がないし、暇もなかった。
昔は仕事漬けだったからな。
もっとも、今だってダンジョン漬けの生活だ。
暇なんてない。
リンはネットに疎い。
SNSなど無理にやる必要はないのだが、あえて俺はハルコさんの話に乗るよう勧めた。
リンには友達がいない。
俺は友達というより恋人だ。
だからリンの友達はトウコだけ。
それでは世界が狭くなってしまう。
俺とトウコ、三人だけの狭い世界。
それも悪いことではない。
俺だって悪い気はしない。
だけどリンは過度に俺に依存しているように思う。
危ういほどに。
そういう意味で、俺たち以外の友達がいたほうがいい。
ハルコさんならちょうどいいだろう。
トウコにも友達はいない。
だが状況が少し違う。性格が違う。
トウコなら相手次第ですぐに打ち解けられる。
物怖じせず、深く考えないからだ。
ハルコさんやオカダなどとはうまくいきそうだ。
でも、この性格は場所を選ぶ。
学校や職場では受け入れられなかった。
相手も選ぶ。
サタケさんやスナバさんのような、厳しく真面目な相手には好かれない。
失礼な奴だと思われてしまう。
放っておいたら嫌われてしまうだろう。
というわけで、俺はトウコのフォローに回るつもりだ。
リンのフォローもしてやりたい。
だが、今回は難しいだろう。
だって、俺が女子会に混じっても、ねえ?
ジャマだよね?
SNSにも詳しくないし、俺にできることはない。
リンは不安そうにしているが、頑張ってもらいたい!
というわけで、俺たちは射撃場へ向かった。
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