処世術は距離感で!?
コガさんの戦い方はかなり力任せだ。
自ら突っ込んで、血の刃で相手を仕留める。
折れた腕も、もう治っている。
【吸血】によって傷も癒えるらしい。
「あはっ! なんでこんなの相手に怖がってたんでしょう!? こんなにもろいのにっ!」
コガさんは指先から爪のように伸ばした血の刃でコボルドの胸をえぐる。
血の滴る指先を口元へ運び、恍惚とした表情で舐め取る。
その背後――コボルドが棍棒を振り上げている。
コガさんは血に夢中で気づいていない!
「よそ見するな! うしろっ!」
コボルドが棍棒を振り下ろす。
コガさんが遅れて振り向くが、もはや避けるすべはない。
「……うっ!?」
「ウガゥ!」
コガさんが腕でガードする。
その腕は固めた血で覆われている。
血の籠手だ!
しかし、棍棒の一撃は籠手をガラスのように砕いてしまう。
防ぎきれない!?
「いっ……たあぁい!」
打撃のダメージが腕を傷つけ、血があふれ出る。
コガさんの目が赤く輝く。
「死んでっ!」
その血が槍のように伸び、コボルドを貫く。
ふむ。これは俺の【水刃】に似ている。
違うのは水量……血液量は少ない。
腕にまとわせた血液はずっと残っている。
持続時間……というか維持するコストが安いのかな?
コガさんは弱ったコボルドを押し倒し、首筋に噛みついている。
よく見ていると、傷ついた腕の傷が治っていく。
なんだ吸血鬼。チートか!?
しかもまだレベル十だ。
伸びしろもある!
オカダも楽しそうだ。
コボルドを叩きのめし、拳についた血を舐めとる。
「ははーっ! しかし食い放題ってのはいいねェ!」
「やっぱり、公儀隠密での暮らしは窮屈か?」
ある程度の自由はあるが、拠点の地下に軟禁されているようなものだ。
「ん? いや、そーでもないぞ。カミヤんとこのパーティーじゃ、エサが足りてなかったからな。ダンジョンのモンスターも人間もすぐに狩り尽されちまう。こうやって殴り合うことも、血を飲む機会もぜんぜんねーんだ」
「敵の奪い合いが起きてたんだな」
オンラインゲームの狩場問題みたいなものか。
アイテム集めや経験値稼ぎが思うようにできない、というトラブルだ。
モンスターは有限。
これに対してプレイヤー数が多いと奪い合いが起きる。
いま俺たちは三人。自律分身を入れても四人。
俺と自律はほとんど戦わないので、二人だけで全ての敵を総取りできる。
「だから窮屈なんてこたーないぜ! むしろ天国だねェッ!」
「それならよかった」
話しながらもオカダはコボルドを蹴散らしていく。
蹴りは使っていないから殴り散らしてるというのが正しいか。
コガさんと違ってオカダは被弾しない。
華麗なフットワークでコボルドの攻撃をかいくぐり、的確に打撃を打ち込む。
変身もせず、生身のままだ。
ファンタジーな技や魔法は見せない。
ただのボクシング技術による戦闘。
ステータスと【身体強化】を乗せたそれは、なかなかに強力だ。
「オカダは必殺技みたいなのはないのか?」
「俺には拳があれば充分! というかまあ、そう言うのを取る余裕がなかったんだけどな!」
「ああ。魅了耐性に全振りしてたからか」
「それにエサ不足だ。俺は人間狩りより接客が多かったんでな」
ふーむ。
経験値……レベル不足か。
オカダは他の吸血鬼がダンジョンに入っている間、外で接客していた。
あの日だけじゃなく普段からそうだったのか。
「役割分担でもあるのか?」
「押しつけられただけだな。楽しく酒を飲んでるのも悪くないけど、戦えないのはつまらねーと思ってたぜ」
押し付けられる?
オカダはキャラ的にもいじめられるような感じではない。
下っ端というわけでもないだろう。
「うーん。変な話だけど、オカダはカミヤの集団ではどんな立ち位置だったんだ?」
「俺の能力は再生だけだと思わせていたから、ナメられてたんだよ。弱いヤツも調子に乗って俺に接客を押しつけてくるんだから笑えるぜ!」
あまり気にしていないのか、オカダは軽い調子で笑う。
攻撃的な能力がないから不遇だったって話だな。
オカダのスキルはカミヤ対策の耐性スキルに重点を置いている。
それでも、俺が戦った感触だと他の吸血鬼に劣らない実力を持っている。
それはスキルによらない、本人の戦闘技術によるものだ。
「でもムカつかないか、それ?」
「そりゃムカつくぜ。だけど吸血鬼は牙を隠すってな」
「能ある鷹は爪を隠すってやつか?」
「そうそう。ゼンゾウはわかってるねー! それに俺はなるべく店にいたかったしなー」
オカダは戦うことが好きで吸血鬼になった。
それなのに店にいたい?
「ふむ。ダンジョンで戦いたいんじゃないのか? ……あ、そういうことか」
オカダが戦いを求めていてもダンジョンに入らない理由ははっきりしている。
ダンジョンに入るってことは――
「ダンジョンにはカミヤが真っ先に入るだろ? 俺は一秒でも長く離れていたかったんだよ」
「なるほどな」
「それに、カミヤにひっついてた連中はたいていダンジョンから帰ってこなかったしよ」
うーん。勝手に自滅して滅びていったわけだ。
味方を捨て石にするような上司についていったらそうなるか。
「なあオカダ。ダンジョンに入らないのは人間を食わないためってのもあるのか?」
ダンジョン内では吸血鬼のパーティーが行われていた。
それは人間をエサとして貪るということだ。
オカダはチャラけた笑いをやめ、首を振る。
「あると言いたいが、違う。俺だって人間の血は欲しい。最初のころは喜んで人間も食ったさ。やったことはやったことだ」
「でも俺たちのときは、領域が広がる前に帰らせようとしてたよな?」
オカダはエサが減るにもかかわらず、俺たちを帰そうとしていた。
人間を助けようとしたんじゃないか?
オカダが頭をかく。
「そりゃ、おもしろい連中だからまた飲みたいと思ったんだよ。あの状況で血を飲んでもゼンゾウたちは選ばれなかっただろーしな」
選択肢があるようで、実はなかったのだ。
差し出された血を飲み干していたら、俺たちは吸血鬼のなり損ないに変わっていた。
「そうか。妙な話を聞いて悪かったな。俺は昔どうだったかなんて追及する気はない。この先、うまくやっていければ文句はない」
オカダは吸血鬼だ。
すべてが許されるわけじゃないが、過去は過去!
俺はこれからのことを考えたい!
オカダがゆっくりと俺に拳を突き出す。
俺はそれに軽く拳を合わせる。
「そう言ってくれてうれしいぜ! 楽しくやってこーや!」
「おう!」
少し先を行くコガさんには自律分身がついている。
「あっ! 洞窟があります!」
「おーい! 敵がぞろぞろ出てきたぞ!」と自律分身。
コボルドの集団だ!
数が多い! 俺も参戦するかな!




