公儀隠密のお仕事!
今日は公儀隠密のお仕事だ。
リンとトウコは学校のため不在である。
ノックをして会議室に入る。
御庭が笑顔で片手をあげる。
あいかわらずの高そうなスーツ。そしてサングラス。
「やあ、来たねクロウ君!」
「よう、御庭」
すぐそばに立っているナギさんが小さくうなずく。
俺も小さくうなずき返す。
御庭が言う。
「ひとまず、空いてる席に座ってくれるかな」
会議室を見回す――
席についているのはサタケさんとエドガワ君。
反対側にオカダとコガさん。
俺はその中間あたりに座ろうかな?
などと考えていると、オカダが隣のイスを引いて、バンバンと叩く。
そして人懐こい笑顔を浮かべて言う。
「よーう! 久しぶりだなゼンゾウ! ここ座れよ!」
「おう! オカダは元気そうだな」
そんなに親しかったっけ? という感じがする。
陽キャ特有の謎の距離感である!
オカダが言う。
「はは。元気なら有り余ってるぜ。今日は久しぶりの外だ! 楽しもうぜー! なあコガちゃん!」
「は、はあ……。楽しみですね」
コガさんは引きつった笑みを浮かべる。
あまり楽しみには見えないな。
彼女は前回の吸血鬼事件の被害者だ。
吸血鬼に変えられ、カミヤに捨て石にされたところを保護した形だ。
保護とはいえ、変異してしまった彼女は監視の対象でもある。
そうしてオカダと共に公儀隠密に入ったのだ。
御庭からは、彼女がちょっとした問題を起こしたと聞いている。
俺は席に着く。
「……で、もうみんな揃っているのか? 待たせたなら申し訳ない」
時間より前だけど、みんな席についているようだし。
サタケさんは腕を組んで、いらいらした様子である。
あれ? なにを怒ってるんだ?
「いや、クロウさんは時間通りだ。まだアオシマが来ていないが、先に始めよう」
「ハルコさんは遅刻です……すみません……」
エドガワ君が俺に手を合わせて謝る。
ああ……それでサタケさんが怖い顔しているのか。
ハルコさん……後で怒られるぞ!
御庭が手を叩き、皆の注目を集める。
「さて、悪性ダンジョンが見つかったから、その対処に行って欲しい! 今日はオカダ君とコガ君の初任務だよ!」
オカダが好戦的な笑みを浮かべる。
一方、コガさんは縮こまっている。
「腕がなるぜ!」
「はい……」
御庭がサタケさんに言う。
「じゃあ、サタケ君! 説明を頼むよ!」
サタケさんが前に出る。
スクリーンに情報が投影され、ブリーフィングが始まった。
「ごほん……現場は一軒家の個人宅。住人は数日前から行方不明となっている。監視カメラや移動履歴から、家を出ていないと予想される。生存の可能性は低いとみていいだろう」
住人の顔写真や個人情報がスクリーンに映し出される。
独身男性で、近くに住む親族もいない。
家族が巻き込まれる二次被害は起きていないようだ。
サタケさんが続ける。
「調査チームで、一度現場へ行ってきた。その結果、悪性ダンジョン領域の発生を確認済だ。規模は小さい。寝室の一部屋だけが呑まれている」
「ふむ……」
俺は情報を頭に入れながらうなずく。
周囲に被害が及びそうな状況ではない。
急ぎの案件ではなさそうだ。
サタケさんが言う。
「ダンジョン領域内で人型の化け物を確認した。頭が犬で、体が人間。体格は中肉中背といったところだ」
オカダが軽い調子で言う。
「おっ? 人型か! ナイスナイス! やりやすいぜー!」
オカダは拳で戦うから、人型が得意なのかな?
俺もゴブリンで慣れているから、人型なら戦いやすい。
「サタケさんは、犬頭のバケモノと戦ったんですか?」
俺の質問にサタケさんが答える。
「ああ。銃があれば勝てる相手だ。会話も試みたが、話は通じない」
「ダンジョンの中には入りましたか?」
「いや。入っていない。これは手順通りだ」
「そうでしたね」
ダンジョンに入ると銃が使えなくなるし、エドガワくんたち異能者は力が弱まる。
だからダンジョンは外から叩くのがセオリーだ。
ダンジョン領域なら銃も使える。
ダンジョン領域でモンスターを狩り続けると、ボスモンスターが外に出てくる。
それを倒して、ダンジョンを消すのが通常の対応。
しかし、今回はそうしないわけだ。
「今回はここにいるメンバーで突入するんですか?」
「いや。クロウさんと俺。げほっ……。それとオカダ、コガの四名だけだ」
サタケさんの咳はまだ治らないようだ。
エドガワ君が言う。
「ボクとハルコさんは領域外で待機させてもらいます」
御庭とナギさんも参加しない。
まあ、組織のトップが毎回現場に出なくてもいいだろう。
御庭が言う。
「サタケ君は前回の負傷が残っているから、クロウ君に治療してもらったら退出する。クロウ君とオカダ君たちで、ダンジョンに対処してもらう。もちろん、ダンジョンの内部が危険そうだったらムリはしないこと。すぐに撤退して欲しい」
「ああ。わかった」
サタケさんが頭を下げる。
「毎度、手間をかける」
「いえいえ。体を張って戦っているんだから、治療くらいさせてください」
サタケさんは前回の任務で負傷している。
異能もスキルもない一般人なのに、生身で戦っているのだ。
公儀隠密の全員が異能持ちではない。
むしろ、そうでないメンバーのほうが多い。
ポーションで治せるなら、どんどん使えばいいのだ。
御庭が言う。
「今回はオカダ君たちの気分転換のウェイトが大きい。クロウ君には手間をかけるけど、付き合ってあげて欲しい」
「ああ。もちろんだ」
「頼むぜゼンゾウ! 俺たちは閉じ込められて飽き飽きしてんだ!」
「お、お願いします」
吸血鬼である二人は公儀隠密の拠点から出られない。
そのうっぷんをダンジョンで晴らそうというわけだ。




