己を知り、己を知れば、己のことが分かるんですよ! その2
「ちなみに、耐久度を計るのは今度な?」と分身。
「ああ、意味もなくケガしたくないもんな」
当然だ。治癒薬や薬草を試せなかったのと同じ理由だ。
わざとケガして治療するとか、そういう検証はなし。
六階層の攻略をするとき、分身は存分に戦うことになる。
その時いやでもわかることだ。
耐久力を調べて限界がわかったときは、分身が消えてしまう。
そうすると、いまできる検証も止まるし。
「――でな、最低限の強度があることはもうわかってる」と分身。
「ほう、どれくらい?」
「ジャンプして着地したり、ちょっとぶつけたくらいなら消えない」
「なんだそれ、転んだのか? 戦ってもいないのに?」
「いや、アクロバットの練習してたらちょっとヒネったんだ。でも大丈夫だった。それくらいじゃ消えない!」
「痛みとかの感覚は同じなのか?」
「ああ、同じだ。だから加減も分かる。大丈夫だ、問題ない」
「じゃ、とりあえず戦闘はできるな。ちょっとゴブリンでも狩ってみる?」
「いいね。経験値がどうなるかも気になるし。狩ろうぜ!」
「よし、狩ろう!」
ということになった。
一階層でゴブリンを探す。
すぐに見つかった。一匹で、無警戒だ。
【隠密】のない分身にすら気づいていない。
うん。ゴブリンはこうでなくっちゃな!
分身は俺と同じ装備を身に着けて現れる。
だが、装備はハリボテだ。普通の分身の術と同じ。
強度は脆くて、武器として使うことはできない。
腰袋も増えるが、中身は使えない。
たとえばポーションや丸薬はカタチだけのハリボテだ。
――アイテム増殖バグはない。
だから、実質は武器を持っていないことになる。
素手で戦っても参考にならない。
――俺は、背負っていた金属バットを分身に渡し、戦いを見守る。
「――うりゃあ!」
分身が渾身の力で振るったバットが、ゴブリンの頭部を強打する。
スキルの乗らない力任せの攻撃だ。
だが――何度も繰り返したバットでの攻撃は充分、様になっている。
打撃の衝撃で横向きに倒れたゴブリンは、壁に頭をぶつけて絶命する。
もちろん、これを狙って攻撃したんだ。
なかなかできる奴だな分身!
自画自賛!
「いいね、一撃!」
「……ダンジョンに初めて入ったときも、ステータスなしでゴブリンは倒せてたからな。余裕よ!」
と言う分身。
その表情は言うほど余裕ではなく……ほっとした様子だ。
スキルなしで戦うってのはプレッシャーがあるかもしれない。
「……俺もスキルに頼ってるからな。スキルを使わない戦いも練習しといたほうがいいか?」
スキルなしで俺ができることは、分身もできる。
単純に強くなる。
でもこれはスキルなしで強くなるって意味だ。
ファンタジー要素なしで強くなるってのは、一朝一夕にはいかない。
「ま、それもやりつつ――本命は六階層だ。スキルを控えてなんて、舐めプレイは危ないぞ」
「その時は本気で挑むさ!」
もちろん。やるからには全力で臨む。
安全第一。全身全霊だ。
とりあえず、分身はスキルなしでも戦える。
あとは分身用の武器を作ろう。
俺の装備を使わせてもいいが、かさ張らないものなら予備武器を持っておけばいい。
幸い、俺は自分で武器を作れるからな。
えーと、何作ろうかな?
バットは忍具として【忍具作成】君がかたくなに認めないからな。
分銅がいいか? クナイか?
分身はゴブリン狩りにいそしんでいる。
俺が手伝わなくても危なげない。
――まあ、俺だし。
スキルがない以外は、いつもやってることだからな。
できて当然、任せて安心。
装備をどうするか考えていた俺に、戻ってきた分身が声をかける。
「そろそろ時間切れが近い。拠点に戻ろうぜ」
「おう。そうだな」
拠点に戻った。1時間用砂時計の砂は落ちきっている。
「塵化が始まったな。やはり1時間前後だ。ちょっと試したいことがあるんだが、いいか?」
「ああ、いいぞ」
分身は声を落として神妙な表情になる。
「俺が消えるとき、お前が外に出ていたらどうなるかを調べたい」
「――ダンジョンの外か? そりゃお前……」
「ちなみに俺は出口を通れないことは確認した。いっぺんに済ませておこう」
「俺が外にいる間に消えたら、お前の意識が――俺に戻れないかもしれないぞ?」
「そうかもしれない。後から戻るかもしれない。わからないけど、試すのは拠点に居る今だ!」
「……次回でいいだろ? 今回のお前の意識は確実に受け取っておきたい!」
今回のことで、俺は――俺たちは自律分身を使う心の踏ん切りがついた。
分身の側でも色々考えただろう。
それが消えてしまったら――同じ感覚はもう得られないかもしれない。
この時、この心理状態で生み出した分身が考えたことをぜひ知りたい。
「でも、クールダウンは長いし……次は六階層攻略のためにダンジョンの奥で使うだろ? そうなったら、かなり先になっちまうぞ」
「――やっぱりお前、フラットな精神状態じゃなかったんだな。別にいいだろ、遅くなっても。趣味でやってることじゃないか。急ぐことはないんだぜ?」
分身は……ほっとしたような表情を浮かべる。
「そう、か。そうだよな。――仕事じゃないんだ。どうも、ブラック労働の癖が抜けないんだよな。ギリギリまでやろうとしちま――」
――分身が消えた。タイムリミットだ。
「……おおっ!」
そして、意識がフィードバックされる。
その意識は、俺が考えていたものと近い。
それでも、やっぱりこれは俺に必要だった。
分身の視点は俺とは少し違う。
その違いで、考察がはかどるんだ。
流れ込んできた分身の意識を整理しながら、考えていく。
――スキルなしで戦うのはさほど苦労しなかった。
――バットを渡してくるとは意外だ。
俺の相棒であるバット。
人に使わせるのはなんとなく気が進まない。
だけど、俺が俺に使わせるのに不満はない。
――ゴブリンを数体狩ってもレベルは上がらない
――分身にはレベルアップ……成長はない?
――では、経験値はどこへ?
経験値はたぶん、意識と共に俺の中へ来たんだろう。
ちなみに普通の分身の術で敵を倒したときは、その場で俺に経験値が入っている。
自律分身のときは、最後にまとめて入る。
意識の一部が失われるように、経験値も一部失われている気がする。
経験値は数字で見えるわけじゃないから、体感だけど。
――門からダンジョンの外へは出れない。
――体全体が弾かれているようだ。
――魔石などダンジョン産の品を持っているときと同じだ。
――門に弾かれても、痛みはない。
やはり、分身は外へ出られない。
これは想像通りだ。
ファンタジーのカタマリみたいな奴だからな。
――消えるときに本体が離れていたら俺はどうなる?
――ダンジョン内なら距離は関係ないのか?
射程距離の問題か。
これは俺は考えなかったことだ。
分身じゃないと、思いつきにくい問題だな。
――もし、本体がダンジョン内に居なかったら?
――意識だけがダンジョンに残るのか? 消えるのか?
――それとも?
ふむ……。
これはさらにその考えの先だ!
この思考には、不安感がまとわりついている。
やっぱり、納得していると言っても分身には不安がある。
でも、最初の記憶よりはましだ。
経験済だから、すこしはやわらいでいる。
分身はダンジョンから出られない。
では、分身の意識はどうだ?
精神や記憶も外に出られないのか?
浮遊霊とか精神体みたいに、意識だけが外へ出たりすることもあり得るのか?
意識だけが外にいる俺に還元されるのか――ってことだ。
でも、それはちょっとなさそうに思える。
帰巣本能じゃあるまいし……。
そもそも霊とかスピリチュアルな存在じゃないし。
たぶん、意識だけでダンジョンから出ることはできない。
――意識だけが残るとしたら……
――【意識共有】のスキルはどうなる?
【意識共有】のスキルはオンにしている。
だから、効果が発揮されなければおかしい。
術者に分身の意識が還元される、という効果だ。
でも俺が外にいるから、意識は外へ出られない。還元できない。
効果が発揮できないことになる。
であれば、この効果は保留されるのではないか?
【意識共有】は【自律分身の術】のオプションのようなスキルだ。
【意識共有】にもコストはかかっている。
発動時に魔力を支払っているんだ。
それで、効果を発揮しないなんてことはおかしい。
だから、術者がダンジョンの外にいたとしても効果は発揮されるべきだ。
ダンジョンの外へ適用できないなら、保留してほしい。
ダンジョンに次に来た時に効果を発揮するとかね。
そうじゃなきゃおかしいんだ。
そういうスキルであるべきなんだ!
と、スキルは認識次第という説もあるので、一応念じておく。
届け、この思い!
新作投稿しました。なぜか【漫才ネタ】です。
以前書いたコウモリ対策を漫才にしたもの。
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