ゴム水蜘蛛の術!
第四エリアから第五エリアへ。
双眼鏡で敵をチェック。
ボスもザコワニも見当たらない。
少しウサギの姿は見えるが、これなら脅威はないだろう。
「問題なさそうだな! じゃ、これで川を渡るぞ!」
俺は分身に担がせていた品物を川辺に降ろす。
ビニール素材で、黄色系の目立つ配色。
今は空気が入っていないが――
「これは……ゴムボートですね?」
「そうだ。このボートで川を渡る!」
トウコが拍子抜けしたような顔で言う。
「うぇ? ふつーのボートっスか? もっと忍者なヤツかと思ってたっス!」
「この川は流れもゆったりしているし、普通にボートで充分だろ。どうしてもっていうなら忍具の水蜘蛛を作るが、期待したものとは違うと思うぞ」
「足に履いてスイスイするやつがいいっス!」
「漫画だとそういう表現だけど、実際は浮き輪みたいなものらしいぞ」
持参した足踏み式の空気入れでゴムボートを膨らませていく。
こういう単純作業は分身の得意分野である。
「浮き輪、ですか?」
「下半身は水面下にあって、水かきで進むらしい。子供用の足を入れる浮き輪みたいな感じだと思う」
「あんまりカッコよくないっス!」
「まあ忍者は地味だからな。水面に立ってたら目立ってしょうがないし、武器や火薬をぬらさずに水上を移動できればそれでいいんだ」
「現実はショボいっスねー」
「沼地なら雪の上を歩くカンジキみたいなものでもよさそうだけどな」
「ただ歩いてるだけっスよね、それ!?」
「沼に足を取られるよりはマシだろ。まあ、漫画だったら沼だろうが海だろうが水面を駆け抜けるんだろうけど」
リンが期待に満ちた目で俺を見る。
「ゼンジさんはそういうのもできますよね!」
「できるけど、二人を抱えて走るなんてのはムリだぞ」
そもそも平地でもムリだ。
俺はパワー系じゃない。
「そうですか……」
「お、空気が入ったぞ! 乗り込もうぜ!」
濁った川に浮かべたゴムボートは四人乗りで広さにも余裕がある。
一応、ライフジャケットも用意してあるので、それを二人に手渡す。
「おーっ! ちゃんとしてるっス! ラフティングっスね!」
トウコがボートに飛び乗る。
ボートは揺れたものの、安定して水に浮いている。
急流ではないが、川下りには違いない。
「遊びじゃないからな。はしゃいで落ちるなよ!?」
「危ないよトウコちゃん!」
トウコは船のへりから顔を突き出している。
バランス崩れるわ!
「あれ? オールがありませんね?」
「忘れたんスか、店長?」
「忘れるわけないだろ! 要らないから持ってこなかったんだよ!」
「あ、そういうことですねー!」
リンがポンと手を叩く。
トウコはぽかんと口を開ける。
「うぇ? どういうことっスか?」
「こういうことだよ!」
【水忍法】――【操水】!
船が岸を離れて動き出す。
操るのは水の流れ!
漕ぐためのオールなどいらない。
ボートは音もなく、すいすいと川を渡っていく。
「おおーっ! これならオールもエンジンもいらないっス!」
「すごいですねー! もっと怖いかと思ってたんですけど、安心です!」
「だろ? なるべく揺れないように操作しているからな」
水しぶきを上げたり、スピードが出たりはしない。
安定感重視で操作している。
トウコが船の舳先に片足を乗せて手を突き出す。
「もっと速く! 全速前進っス!」
「んじゃ、ちょっとだけな! スピードアップ!」
操る水の量を増やし、力をかける。
船はぐんぐんとスピードを上げていく。
その気になればもうちょいいけるが、安全運転の範囲で行く!
「おー! 気持ちいいっス!」
「はやいですねー!」
川の流れに逆らわず、斜めに突っ切るようにして進んでいく。
「少し下流に流されるけど気にするな。自然な流れに乗って進むからな」
最小限のコストで進むためである。
川はもっと下流まで続いている。
草原ダンジョンは広いから、多少流されてもエリアは変らない。
「このまま川をくだっていくとどうなるんでしょう?」
「前に調べた限り、しばらく川が続くけど……」
「海に出るのかもしれないっス! いざゆかん! 海の彼方へ!」
「行かねーよ! 今日は第六エリアに行くんだ!」
「そのうち、下流にも行ってみたいですね!」
「そのうちな、そのうち!」
草原ダンジョンは広い。
探検するのもいいが、今日はワニ狩りである!
誤字報告ありがとうございます!




