【意識共有】の弊害。分身の存在価値……!?
前回のダンジョン攻略の最後――
俺は六階層を覗いてきた。
せっかくだから、偵察しておいたのだ。
でも、ほんのちょっとの偵察にとどめた。
理由は二つ。
ボス戦の疲労と自律分身だ。
薬で表面上の疲れは癒える。
だけど、張りつめていた気持ちの切れ目ってのはあるんだな。
というワケで集中できる限界が近かったので、無理はしない方針とした。
接敵した後はすぐに退却したんだ。
安全第一! それでいい。
ちゃんと生きて帰ってこれたんだから、正解だ!
偵察結果とその対策は、あとで改めて考えよう……。
集中できなかった理由は疲労よりも、自律分身のほうが大きい。
自律分身は、消えるときに記憶を本体へ還元する。
分身だった間の体験や、思ったこと。感じたこと。
それが俺に流れ込んでくるんだ。
おかげで、俺は分身が検証した結果を知ることができた。
分身はステータスを持つが、スキルは使えない。
それを体験として理解できる。
言葉でやり取りするのとは違って、実感を持ってわかるのだ。
これは【意識共有】の効果だ。
だが、便利な反面、俺に混乱を生む。
入ってきた情報を処理するのが難しい。
ちょっと前の自分を思い出すとき、別の自分の記憶を――自分のものとして思い出す。
これがどうにも……混乱する。
「でも、このスキルをオフにするっていう選択肢は……ない」
【意識共有】が、失われるはずだった分身の意識を俺に書き戻している。
この意識のフィードバックが無ければ、分身はただ消えるだけの存在になってしまう……。
スキルは基本的に、オンオフできる。
このスキルもきろうと思えばきれる。
でもな――あの記憶を体験した今じゃあ、無理だ。
あの時、分身は言っていた。
――俺、消えたらお前に統合されるんだよな? な?
――今の俺は残るんだよな? ……ちょっと怖――
そう言って、俺は消えたんだ。
俺が生きているって言えるのは、俺がこうして考えているからだ。
思っているからだ。心があるんだ。
俺の意識、俺の記憶。俺の経験。
これが俺を定義しているんだ。
もし俺が、記憶喪失になったとしたら同じ存在と言えるだろうか?
――それは、もう違う俺だろう。
体は同じでも、違う存在になってしまう。
その自分がこれから消えるという感覚……。
体の端から塵にかわっていく感覚……。
あのとき、俺は――元の自分、本体に戻れることを渇望した。
自分の存在がなくならないことを望んだんだ。
わずか一時間ほど存在しただけの俺。
分身として生きた俺。
その時の気持ちが、俺の経験としてこの胸に残っている。
だから、次に自律分身を使う時、自分自身を使い捨てにするようなことはできない。
そのとき、塵になって消えるのは俺なんだ。
俺は消えたくない。
俺は存在していたい。
今俺は、ダンジョンの入り口を前にして――入れずにいる。
外にいる俺は、間違いなく俺だ。本体だ。
外には分身は現れない。
だから……俺は……。
「いや、何をビビってんだ! 俺は俺! 分身も俺! 俺は分身のことを見捨てないって決めたんだ! 自分を怖がってどうする!」
自分に喝を入れる。
グダグダしたってはじまらない!
そうして、俺はクローゼットへと向かう。
黒い水面のような、ダンジョンの門。
うねうねと、黒い物質は揺らめいている。
「改めて見ると――これもちょっと怖いんだよな。入るとき、視界が途切れんだよね……。まあ、いつものことだと割りきるか! いざ!」
門へと手を差し入れる――
――いつものふわりとした感覚。
視界が暗転する。
意識が途絶えて――
――俺はダンジョンにいる。
拠点は無人で、安全だ。
敵は侵入していない。
「ダンジョンを出入りするとき――俺ってどうなってんだろうな?」
これもSFな問題だな。
たとえば、門がワープ装置だったりして。
一度分解された俺の体が、門の向こう側で再構成されてるとかね。
意識は前と同じだし、ケガも引き継いでいるから体も同じといえる。
機械類はダンジョンに持ち込めない。
これも、ワープ装置が再構成できないとか、干渉しているとか……。
まあ、科学に詳しくない俺の頭じゃわからないな。
俺はダンジョンをもっと――すごくファンタジーなものだと考えている。
――現実世界とは異なる空間。異空間だ。
異世界に近いかもしれない。
だから、現実世界の物品が一部使用できなくなる。
ダンジョンの外では、ダンジョン内の力が使えなくなる。
互換性のない、異なった空間。
今のところ仮説にすぎない。
ダンジョン関連については、誰も正解は教えてくれないから――
――ん?
いるじゃないか。正解を知っているかもしれない人が!
リアル・ダンジョン攻略記というブログ記事を書いている人がいる。
そこでは、ダンジョンの話題が出ている。
俺のダンジョンに似た情報が載っているんだ。
掲示板で質問すれば、的確な返事もくれる。
「あれ……? なんで俺、リヒトさんに聞くの忘れてたんだ?」
この頃、忙しかったし……ごたごたして、忘れてたんだな。
しかし、やることがありすぎるんだよな。
考えごとが増えてきて、まとまらなくなってくる。
まあ、なんでも人に聞けばいいワケではないが――
聞けるなら聞いちゃえばいいよね!
次こそ六階層の話になります! 本作ではめずらしい、過去の回想という形になるはず。
誤記修正
誤:分身はステータスを持たず、スキルも使えない。
正:分身はステータスを持つが、スキルは使えない。