現代最強武器決定戦! 金属バット、ナタ……あと一つは?
翌朝。
アラームで目が覚める。
今日は――いや、明日も明後日も休みだ。
ずっとね!
「ふわあ、ねむ。あー、もっと寝ててもよかったか。――いや、今日はゴミの日だ」
身づくろいをして、鏡をチェックする。
うむ。イケメンではないが、まあ見られないこともない。
目の下のクマは消えていないがしかたがない。
ゴミをまとめてアパートのドアを開ける。
すると、はかったようなタイミングで隣室のドアが勢いよく開けられる。
そこから、ぴょこりと言った感じでお隣さんが顔を出す。
こちらと目が合うと、彼女は笑顔で挨拶してくれる。
「お、おはようございます! クロウさん!」
「おはよう、オトナシさん。今日は早いですね」
なんだか息を切らしているみたいだが、急いでどこかへ行くのだろうか。
オトナシさんは隣の部屋に住んでいる女子大生だ。
アパートの管理人さんではないし、未亡人でもない。
マスクで口元は隠されているが、なかなかの美人さんである。
長い黒髪はつややか。
女性にしては背が高く、スタイルもいい。
それを鼻にかけたところはなくて、むしろ自信なさげな態度が目立つ。
彼女とはこの頃、朝のゴミ出しで少し話す。
といっても、一言二言。
彼女は最近引っ越してきた。
最初のころはコミュ障なのかシャイなのか、あまり話すことはなかった。
最近は警戒も解けてきたのか、少し話してくれるようになった。
俺は今日、いつもより早くゴミを出しに来た。
いつもは出勤のタイミングでゴミを出すので、その分ちょっと早いのだ。
ということは、彼女も早起きしたんだろうか。
オトナシさんはバツの悪そうな表情を浮かべて、目をそらす。
「あ、えっと。ぐうぜん早起きしまして。……ところでクロウさんも、いつもより早いですね!」
今度は俺が、歯切れの悪い感じになってしまう。
どこへ出かけるわけでもない。この後は二度寝を決め込む予定なのだ。
「あー。今日は仕事はないというか……」
「お休みなんですか? いつも朝早くから夜遅くまでお仕事大変だなーって……尊敬してるんですよ!」
うぐぐ。キラキラした眼差しが痛い。
仕事をクビになったとは言いづらい空気。
彼女は心配そうな表情で、話題を変えた。
「そういえば、昨日はドタバタしてましたね? 大丈夫でした?」
おっと。
昨日はダンジョンのことでバタついてたからな。
うるさかったかもしれない。
このアパートはあんまり遮音性がよくない。
ダンジョンのことは知られたくないので、ごまかしておく。
「あー。ドタバタ……したかな。ちょっとGが出てね。うるさかったならごめん」
虫じゃないGだけどね。
うん、嘘はついてない。
「うわあ。それはたいへんですね。このアパートもボロいですから!」
よし、ごまかせた!
「ま、おかげで家賃も安いし、部屋もそれなりに広いしね」
「ですよね! 駅から遠いことに目をつぶれば優良物件です!」
駅から徒歩十分以上かかってしまうのはイマイチ。
しかし家賃は安いし、部屋も広い。
ワンルームではなくて、寝室用にもう一部屋ある。
住めば居心地は悪くない。
さらにダンジョン徒歩ゼロ分の穴場物件だ。
俺の部屋だけだろうけど。
ゴミ出しを終えて、二人で階段を上る。
アパートは二階建てで、俺も彼女も部屋は二階だ。
普段なら、俺はゴミを出し終えたらそのまま出勤していた。
こうして一緒に二階に戻ってくるのはめずらしい。
彼女は部屋のドアの前で、くるりとこちらを振り返る。
少し言いよどんだ後、意を決したように口を開く。
「あ、あの。クロウさん。……今日は話せてよかったです!」
「ああ、そうだね。俺も楽しかった。いつもはこんなに話せないからね」
いつもは時間に追われて、すぐにお別れしていた。
余裕のない生活を送っていたものだ。
こうしてゆっくり話す機会も少なかったんだ。
なんて、もったいない!
「そうですね! ……こんなご時世で、学校も行けないし、実家にも帰れないので久しぶりに楽しく話せました。できたら、その。またお話し、してもらえますか……?」
もじもじと、上目遣いでこちらをうかがう彼女。
恥じらいと不安からか、少し潤んだ瞳が揺れている。
……おお、反則的に可愛い!
俺としても、ずっと話していたい。
何ならこのあと、どこかへ誘って……。
いやいや勘違いするな俺!
彼女は自然と可愛いだけだ。
俺に特別な何かがあるわけじゃない!
暇だからちょっとおしゃべりしたいってだけのことだ。
パンデミックで自粛を求められて、ヒマを持て余しているんだ。
気があるように見えて、これは普通のことなんだ。
うっかり浮かれた返答を返さないように気を引き締める。
「ああ、うん。俺なんかでよければ話し相手になりますよ。じゃあ、また」
「やった! じゃあまた!」
ぐっ、と胸の前で小さなガッツポーズを作る彼女。
スタイルのいい彼女がそういう動きをすると、いろいろ揺れてしまって目のやり場に困る。
マスクに隠れて見えないけど、彼女ははにかむように笑っているようである。
くっ、マスク邪魔だぞ!
俺もなんだかニヤついてしまう。
俺に気があるんじゃないかなんて、勘違いしてしまいそうだ。
いやいや、気をつけろよ俺。
名残惜しいがドアを閉める。
俺は、彼女と話すようになったきっかけを思い出す。
少し前のことだ。
彼女は、駅前で男に絡まれていた。
俺はもめごとに関わっていくタイプではないけど、顔見知りであれば助けないわけにはいかない。
彼女いわく、よく人に絡まれるらしい。
ナンパであったり、酔っ払いであったり、痴漢であったり。
絡まれやすい体質とでも言うのだろうか。
かなりの美人で、スタイルも人目を惹く。
それでいて物腰が強くない。
だから悪い虫がつきやすいのかもしれない。
うっかりすると俺も危ない。
気を付けないと、悪い虫の仲間入りをしてしまう。
今日はゆっくり寝ようと思っていたんだが、目が覚めてしまったぜ。
彼女と話すと、どうもテンションが上がってしまう。
「目が冴えてしまったな」
二度寝はやめだ。
この後は、買い物にでも出るとするか!
俺は身支度を整えて家を出る。
アパートの外は、いつもと同じ景色だ。
だけど今日は違って見える。
仕事のない自由な時間を過ごす。
時間に縛られず、好きなことをやる!
そう思うと、心も体も軽くなってくる。
そうだ! これから俺はスローライフする!
ゆっくりと時間をかけて好きなことをするのがスローライフだ。
俺は、ダンジョンでそれをやる!
これまで俺は、ずっと仕事に追われてきた。
朝から晩まで仕事漬け。
ゆとりある生活とは言えなかった。
時間も心も、ゆとりが大切だ。
オトナシさんとの朝の会話がそれを教えてくれた。
あんな楽しい時間は、忙しく家を飛び出していては味わえない。
ダンジョンでは俺一人だ。他人はいない。
だから、人から称賛されたりモテたりすることもない。
でも、それでいい! それでかまわない!
俺は趣味としてダンジョンに潜るんだ!
スキルやステータスで敵を蹴散らすのは楽しい。
スキルを検証して、使い道を見つけるのは胸が躍る。
漫画で見るような忍術も思いのままだ。
いずれはもっと大掛かりで派手な術も使えるはず。楽しみだ!
ただ、楽しいからやる。
ダンジョン攻略を急ぐこともない。
ゆっくり時間をかけて、気になったことを調べていく。
これが俺にとってのスローライフだ!
……でも、ちょっと思っていたのと違う部分もあるんだよな。
ダンジョンと言ったら普通、もっと派手なんじゃないか?
超人的な力! 他人の持たない特別な力!
つまりチートである!
金! 権力! 財宝の山!
マネーこそがパワーである!
そしてそれを称賛してくれる誰か!
仲間! お助けキャラ! 困っている人!
つまりモテである!
チートがないからマネーがない。
それがないからモテない。
ていうか、ダンジョンにはモンスターしかいないぞ!
「……せっかくなら、働かないでダンジョンで暮らせればいいんだけどなー」
ダンジョンはお金を生まない。
これは、ダンジョンから出るときにわかっている。
魔石を外に持ち出すことはできなかった。
仮に宝石や純金などを見つけても、外に持ち出せない。
つまり、ダンジョンの品物を売って金儲けをすることはできないだろう。
もしかすると……他の方法で金儲けできるかもしれない。
ダンジョンを利用した方法を考えてみるのもいいかな?
だけど……いまは興味がない。
今はこの新しい趣味に没頭したい!
なんせ、ダンジョン攻略という趣味に金はかからないからな!
そうそう、もう一つ思ってたのと違うこと。
ダンジョンの外では、ステータスもスキルも使えない……。
漫画みたいに、ダンジョンの力を手に入れたぞー! とはならない。
外で不思議な力が使えるようにはならないみたいだ。
ダンジョンの中と外ではルールが違っているんだろう。
試してみたが、外ではステータスは発揮されない。
体力も敏捷も機能しなかった。
普通に疲れるし、素早く動けもしない。
いつも通りの普通の俺のままだった。
自分のステータスを見ることもできない。
意識しても口に出しても、ステータスウィンドウは現れなかった。
【分身の術】で試したけど、スキルは発動しなかった。
「ステータスオープン」とか「分身の術」とかぶつぶつ言ってる俺。
……かなりヤバいヤツだな。
【壁走りの術】は……試そうと思ったが踏みとどまった。
蹴ってもいい壁なんて、なかなか見つからない。
人の家の壁を走ろうとしたら、怒られてしまうだろう。
室内なら人の目はないが……。
壁も床も薄いこのアパートじゃあな。危ないね。
アパートの部屋の壁を蹴り破って、弁償する羽目になるのもいやだ。
壁走りごっこは小学生くらいまでしか許されない。
大人が壁を走ってたら、変な目でしか見られないからな。
つまらない世の中だよ。
できないこと、やってはいけないことばかりだ。
結果、スキルもステータスも外では使えない。
でも問題ない!
ダンジョンの外で戦ったりしないからな!
現代日本だ。暴力で解決できることなんてほとんどない。
ダンジョンの中なら好きに動ける!
なにをしてもいい! 自由だ!
というわけで!
俺は今後、趣味として、スローライフとしてダンジョンへ潜っていく!
新しい生活をはじめる!
まずは、そのために必要な物資を揃えよう!
用意するのはもちろん、ダンジョン探索に必要なあれこれだ。
バット一本でダンジョンへ挑むのは無謀というもの。
ちゃんと装備は整えたいよね!
さて、必要なものはなんだろう?
武器や防具、カバンなどだろうか。
武器屋なんて、現代日本にはない。
武器の調達といえば、あの場所へ行くしかない!
なんでも手に入る……はずだ!
目的地はホームセンターだ!
農業的なスローライフをするために苗や土を買うわけではない。
そういうのもやってみたくはあるけれど。
まずはダンジョンを攻略したい。
そのための物資を買うのだ。
ゾンビ映画では、とりあえずホームセンターへ行けば武器も食料もそろう。
……そして、ゾンビに囲まれて大変なことになる。
お約束の展開だね。
だけど、この日本は平和だ。
ゾンビもゴブリンもうろついていない。
当然ながらダンジョンなんてこの日本にはない。
……俺のダンジョンは例外だ。
テレビやニュース、ネットで調べてもダンジョンがこの日本に現れたという情報はなかった。
安全ってことだ。
ホームセンターに行くのは死亡フラグではないのだ!
大丈夫。間違いない。
今の俺の武器は金属バットだ。
使い勝手は悪くないのだが、ニンジャ的には似合わない。
やはり、それっぽい武器であれば戦闘スタイルも変わってくるはずだ。
忍者らしい武器……忍者刀か。
現代で刀を買おうとすると、いろいろ大変なんだよね。
お高いし、手続きや許可もいる。
ちょっとハードルが高い。
まずはホームセンターで売っている範囲で武器を探そう!
緊急事態宣言で不要不急の自粛を、とテレビでは連日報道されている。
だがこれは必要な外出だ。今は昼前なので人出も少ない。
仕事もなく自由な俺は、社会の皆様に迷惑をかけないようにひっそりとでかけるのである!
ホームセンターへ着いた俺は刃物コーナーへ向かう。
包丁やナイフ売り場を物色するが……。
うーん。ぴんとこない。
包丁はあたりまえながら、武器ではない。
ナイフは小さいものしかない。
銃刀法で規制されてるんだっけ? 刃渡り十センチくらいだったか。
刃物の前で首をかしげている自分が不審者に思えてきた。
なんとなくこそこそと、売り場を離れる。
電動工具コーナーは男のロマンにあふれている。
ゾンビモノなら鉄板のチェーンソウ。
それよりも取り回しのよさそうな、電動丸ノコ。
くぎ打ち機で遠距離攻撃もいいな。
でも――
「うーん。しっくりこないなあ」
どれもニンジャ的ではない。
音が出るし、重い。
そもそもダンジョン内には電源がない。
スマホの電源も入らなかった。うんともすんとも言わない。
だから、機械類は持ち込めても動作しないんじゃないかな。
これは、家を出る前に試して来ればよかったな。
とりあえず電動工具はパス。
電動工具売り場を後にしようとしたところで、使えそうなものを発見した!
丸ノコの替え刃だ。
まるいディスク状の金属の刃だ。
これは手裏剣感覚というか、フリスビー感覚で投げられそうだ。
三枚ほど買ってみよう!
一枚三千円ほど。なかなかお高い……。
工具コーナー。
多様な道具が並んでいる。ちょっとワクワクするよね。
カナヅチにバールのようなもの。
武器になりそうなものは多いが、鈍器はいらないな。
金属バットを超える気がしない!
こうして売り場をうろつくのはなかなか楽しい。
思えば職場と家の往復ばかりで、買い物なんてしている時間がなかった。
薄給でも使う暇がなかったから当面暮らしていく金はあるのだ。
ほとんど仕事しかしていなかったからな……。
そのおかげで、それなりに蓄えはある。
何年もと言うわけにはいかないが、しばらくは働かなくても大丈夫だ。
しかし、思ったよりも多く買ってしまった!
ホームセンターおそるべし!
さて、買ったものを確認するとしよう。
武器候補として。
ナタ。草刈り鎌。
投擲用に。
太くて長い釘。電動丸ノコギリの替え刃。
防具・装備品として。
ヘルメット。安全靴。工具を差して持ち運べる腰袋。
その他。
寝袋。ろうそく。プラスチック製の収納ボックス。
買った品物は、収納ボックスにしまっておく。
パチッと閉まり、それなりの密閉性があり、中身が見えない。
軽くて丈夫そうなやつを選んだ。
怪しげな物品をビニール袋にぶらさげて歩きたくはない。
帰り道に職質されたくはないからな。
ついでに日用品も買い込んでおく。
トイレットペーパーは品切れ。マスクも売ってない。
食品にも欠品が目立つ。
ああ、はやくパンデミック収まってくれ。
さて、ずいぶん長居してしまった。
このご時世だし、用が済んだらさっさと帰ろう。
編集履歴
2022/11/10 スローライフの決意などを追加