絡まれ上手と正義マン ~火の魔法。あるいは凍結魔法!?~
オトナシさんの不思議発言――ファイヤーボール発言のおかげで、場は弛緩している。
だが、男たちが力ずくで彼女をさらおうとしていたことに変わりはない。
険悪な状況に戻る前に、これを打開する。
もちろん、暴力は極力使わずに!
殴り合ってもしかたがない。
戦わずに勝つのが最上なんだ!
信頼と実績の、偽通報作戦でいこう。
「おまわりさーん! こっちです! ひとさらいです!」
俺は叫びながら飛び出す。
「なんだコイツ! どっから湧いた!?」
――驚いた男と彼女の間に割って入る。
「あっ!? く、クロウさん?」
オトナシさんも硬直が解けて、俺に気づく。
俺は演技を続ける。
「おまわりさんコイツです。コイツが犯人ですー!」
棒読みのようになってしまうが、とにかく騒いでみる。
俺には演技力が足りない。
まあ、それはしょうがない。
それでも、効果はありそうだ。
男たちは状況の変化についていけず、驚いている。
「くそっ! 黙れ、こいつ!」
「――ちっ! ほっとけ! 行くぞ!」
男たちは乱入してきた俺に驚き、とりあえずこの場を去ることにしたようだ。
車に乗りこみながら、運転手が言う。
「もういい! 女なんて誰だっていい! 他の女さらいに行こうぜ!」
ただの強引なナンパじゃなくて、誘拐と理解してやっているのか。悪質な。
「そ、そうだな。――お前みたいなおかしな女、いらねーよ!」
男が捨て台詞と共に、くわえていたタバコを投げ捨てる。
狙ったのかはわからないが――オトナシさんの顔をめがけてタバコが飛ぶ。
「――ッ!」
彼女は身をすくめて、動けない。
俺はとっさに彼女をかばうように抱きよせる。
――そして、飛んできたタバコを空中で受け止める。
これは、いつもダンジョンでやっている動作――空中の魔石をキャッチ――に近い。
慣れた動作だ。
手の中で、タバコの火花が散る。
オトナシさんには降りかからずに済んだ。
こいつ……危ないマネしやがって!
ちょっと、懲らしめなくちゃならないな!
俺は男が捨てたタバコを小さな動作で投げ返す。
キャッチする動作から一連の動作で――手を上げて下したようにしか見えないだろう。
――狙い通り。オープンカーの中に火のついたタバコが入り込む。
ゴミはお持ち帰りしなくちゃあな!
男たちは気づいていない。
そのまま、車は走り去っていく。
しばらくして、車の運転が乱れるのが見えた。
電信柱にぶつかって、車がとまる。
――がしゃんと、クラッシュする大きな音が響いた。
タバコの火に気を取られて事故ったんだろう。
元気なわめき声が聞こえてくる。
大したケガはなさそうだ。
だが、今日はこれ以上の悪さはできないだろう。
「タバコファイヤー作戦成功! ざまあ!」
「あ、あの……クロウさん……?」
俺の腕の中で、オトナシさんがもじもじと身をよじる。
――俺の腕の中で……?
げっ! なにを肩を抱いてんだ!
タバコからとっさに守ろうとして引き寄せたままだった!
「って、うわあ! ごめん」
とびすざって離れる俺。
距離とれ距離! 密着ダメ!
「あっ……いえ。そ、そんなに離れなくても……」
なんとなく残念そうな表情を浮かべるオトナシさん。
いや、気のせいだ。
つい癖で連続バックステップした俺にひいているだけだな。
「ありがとうございました。助かりました。――その、どこから聞いてました?」
今度は、バツが悪そうな表情を浮かべる彼女。
どこから聞いていたとは、当然ファイアボール発言のことだ。
ごまかせ。聞いてなかったことにしろ!
「えーと、ナンパされて魔法少女プレイ……じゃなくて……!」
ああっ! ぜんぜん誤魔化せてなかった!
密着の動揺がさめきっていない!
「……ほとんど聞かれちゃってますね……あはは……はぁ……」
がっくりとうなだれる彼女。
笑いに力がない。
「……はい。結構最初っから……」
「あう……」
うつむいて赤くなるオトナシさん。耳まで真っ赤だ。
そりゃ、恥ずかしいわ。
街中でファイヤーボールしちゃあな。
聞こえなかったフリをしてあげたかったが、ちょっと無理がある。
今からでも、なんとかフォローせねば!
「その、最近ハマってるゲームかなんかがとっさに出ちゃった感じとか?」
「え? ゲーム? ――あっ。そうそう。ゲームなんです!」
オトナシさんが手を叩いて、うんうんとうなずいている。
よし、ナイス俺!
だいぶ無理があるけど誤魔化せた。
というか、俺が誘導しないでも自分で誤魔化してほしいぞオトナシさん。
「俺もゲームばっかりしてますよ! このご時世じゃ遊びに出られないし!」
「そそ、そうですよね! ゲームさいこうです!」
ま、俺の場合はゲームじゃなくてダンジョンなんだけどね。
「俺もたまに叫んじゃいますよ。分身の術! とかね」
「え、なんで分身……?」
墓穴を掘ったッ!
妙に動揺して口がすべった!
あほか。何言ってんだ俺!?
冷静になれ! 忍べ!
「ああ、忍者のゲーム好きなんですよ。ははは」
「さっきのタバコ投げたの……すごかったです! こう……シュババッて! 本物の忍者みたいでビックリしました!」
まずい。バレたか!?
俺が忍者なのが……投擲スキル持ちだとバレたか!?
落ち着け!
いま、スキルは使っていない。というか使えない。
ダンジョン内でつかんだコツで投げただけだ。
スキルの補正ではない。
それに投擲は忍者だけのものじゃないから、結び付けて考えることなんてないはずだ。
「あー。偶然ですよ! ほら、ゲームで。ダーツゲームでね!」
「ダーツも面白そうですね! でも私、ダーツやったことないのでよく知らないんです……。私もやってみたいなー」
「――じゃあパンデミックが収まったらダーツバーでも行きましょうか?」
「わあ。ぜひ教えてください!」
ダーツか……。
得意ってわけじゃないから練習しておかないと――
――って、自然と遊びに行く約束をしてしまっているー!?
デートか? デートの約束なのか?
「……とりあえず帰りましょう。送っていきますよ」
「はい。心強いです。この頃、絡まれてばっかりですみません……!」
「いえいえ、悪いのは絡むやつですよ。オトナシさんは悪くないです」
ぶんぶんと、手を振って否定する。
悪くはないけど、頻度はすごいと思う。
「やっぱり――クロウさんは正義のヒーローみたいですね! ――助けてほしいとき、いつも助けてくれます……。本当にありがとうございます!」
顔を赤らめて、微笑む彼女。
――こんな笑顔が見られるなら、俺は何度だって助けたいと思う。
「ヒーローは大げさですが……助けますよ、いつだって!」
「頼りにしていますね!」
なんだかいい感じで、家路についたのだった。
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最近多く頂けたのは「ボス戦その5」「一章最後」でした!