絡まれ上手と正義マン ~スキルで現代最強……とはなりません!?~
ここから二章開始です!
スーパーからの帰り道、オトナシさんを見つけた。
俺の少し前を歩いている。
もう、後ろ姿だけでもオトナシさんのことは見分けられる。
きれいな髪が、日の光を浴びて輝いている。
艶のある黒髪に光が反射して、天使の輪が現れている。
まるでシャンプーのコマーシャルみたいだな。
いったいどんなヘアケアをすればああなるんだ。
歩く姿も美しい。
ランウェイを歩くモデルさながらの美しいフォーム。
そして体のラインは芸術とも言えるような曲線を描いている。
普通に歩いているだけなのに、妙に惹きつけられてしまう。
ううむ……。
いくら眺めていても飽きない。
知り合いだからと、ひいき目に見ているわけではない。
実際、驚くほどの美人さんなのだ。
彼女がアパートの隣の部屋に引っ越してきたのはほんの数か月前のこと。
引っ越してきたばかりの頃は、もっと素朴な感じだった気がする。
性格も、もっと引っ込み思案で――シャイな感じだった。
まともに目を見て話せないくらいのコミュ障だった。
そのせいで、俺は嫌われているのかと思っていたくらいだ。
でも、最近はそんな感じはしない。
何というか……明るくて――積極的になった感じだ。
俺なんかとも気軽にしゃべってくれている。
打ち解けてくれたってことだろうか。
引っ越してきてすぐなら、隣に住んでる男なんて警戒してあたりまえだからな。
いつまでも後姿を眺めていても仕方がない。
後をつけているみたいで、ストーカーみたいだし。
足を速めて追いつこう。
――と、思ったら、車がオトナシさんに近寄っていくのが見えた。
知り合いか?
派手なオープンカーが、オトナシさんに並走している。
パーティ大好きみたいなチャラい男が、車上から声をかける。
オトナシさんは首を振って、歩き去ろうとしている。
これは、ナンパなのかな?
――こういう場合、俺はどうしたらいいんだ?
割って入るべきなんだろうか?
でも、差し出がましいんじゃないか。
大学の友達だったりするかもしれない。
付き合ってもいないのに、彼氏ヅラするみたいで気が引ける。
だが、いい気分はしない。
――なんだろう、このもやもやした感じは。
少し遠い会話が漏れ聞こえてくる。
どうやら、知り合いではなかったらしい。
ナンパだった。
そして、嫌がっているようだ。
そして、ナンパはすぐにもめ事へと発展した。
どんだけ治安悪いんだよ、この街!?
いや、どんだけ絡まれやすいんだよオトナシさん!
「――ですから、お断りします!」
「まあ、そんな怖い顔しないでさー。ちょっと付き合ってよー」
男は二人組だ。
助手席の男がおりてきて、オトナシさんの前に立ちふさがる。
「そうそう。ちょっと一緒に美味い飯でも食いましょうってだけよ。なっ、決まりな!」
そう言うと男は、嫌がるオトナシさんの腕をとる。
そのまま、車に押し込もうとしている。
「ちょっと、やめてください!」
オトナシさんが抵抗して、声をあげる。
――って、出会って数秒で誘拐されそうになってる!?
展開早いわ!
どんだけ絡まれ上手だよ!
「――やめっ! やめないと、痛い目にあいますよ!?」
むう、という感じでオトナシさんが怒っている。
怒っていても、なんとなく緊迫感はない。
物腰の柔らかさがそれを打ち消してしまうのか。
「えー? 痛い目? 殴っちゃうの? 怖いわァ~」
「そしたら俺ら正当防衛だし! ちょっとヤリ過ぎちゃってもしょうがないし!」
チャラ男は小ばかにしたような目でオトナシさんを嗤っている。
運転席の男も便乗してはやし立てる。
――傍観している場合ではない。
これはもはやナンパではない。誘拐だ。
すぐに止めなくては!
だが、割って入るには少しの距離がある。
もどかしい。
ステータスがあれば、すぐに駆け付けられるのに!
――外では、ステータスもスキルも発揮されない。
オトナシさんは精いっぱいの厳しい表情を浮かべている。
それに対して男は、ふざけながら手をあげて降参のポーズをとる。
「しかたないですね……」
オトナシさんが手のひらを男に向けて突き出す。
――少し迷って、構えた手を足元に向けた。
「手加減して……ファイアボール!」
突き出したオトナシさんの手からファイアボールが――
――放たれなかった。
「は?」
「え?」
男たちが顔を見合わせて固まる。
止めに入ろうと踏み出していた俺も、同じ表情で固まっている。
沈黙。その場にいた全員が凍り付いた。
ファイアボールはファンタジーでは有名な火の魔法だ。
魔法などもちろん、発動しない。
この現実世界に魔法なんてない。
みんな知っていることだ。
硬直が解けた男たちは、腹を抱えて大笑いする。
「ぎゃはは! 何かと思えば、魔法? 怖いわァ~!」
「魔法少女だし! そういうプレイでも俺、イケちゃうよ!?」
オトナシさんは現実とゲームをはき違えたイタイ子にしか見えない。
ある意味、笑って当然の場面だろう。
だが、俺は笑えない。
この現実世界に魔法なんてない。
スキルもステータスもない。
俺は――よく知っている。
検証して、スキルは外で発動しないことを確認したのだ。
そういう不思議な力は外――ダンジョンの外にはない!
オトナシさんは不思議そうに――あるいは呆然と自分の手を見ている。
まるで、できて当たり前のことが、できなかったみたいに。
「あ……あれ!? おかしいな……?」
男たちは、オトナシさんのつぶやきを耳にして、さらに笑い転げる。
「ぎゃはは! 笑い死にさせる気かァ。まじうけるわ!!」
「は、ハラいてえー! 痛い目見せるって、こういうことぉ? センスあるし!」
男たちは大笑いしているが、これは冗談じゃない。
彼女は真面目に魔法を使おうとした。
ケガをさせないように足元を狙っていた。
そんな動作は……冗談でするには不自然だ。
ダンジョンの外では魔法は使えないことを知らないで。
とっさに魔法を使おうとしたんだ。
――つまり彼女は、スキルを持っている。
魔法を習得している。
ダンジョンに入ったことがあるということだ!
おそらく彼女は魔法を使う職業持ちだ。
そして多分、攻撃魔法を使うスキル構成なんだ。
攻撃魔法なんて、ダンジョンの外で使う機会はない。
普通はない。
だから、初めて試すのかもしれない。
俺はダンジョンの外でステータスが機能しないことには早い段階で気づいていた。
体の動きの変化ですぐに気がついたんだ。
スキルも――無害なスキルで試した。
外では使えないというのが、その結論だ。
使えないことを知っているから、俺は外でスキルを使おうとしない。
でも、彼女はそうじゃなかった。
だから――
――いや、考えるのは後だ。
まずは彼女を助けよう!
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