沼人間? 二重存在? 俺は俺で、お前は俺だ!? その2
前話でクロウが把握した自律分身のルール
・生み出された瞬間の本体と同等の記憶を持つ
・本体と同じように思考する
・本体を害する気持ちはない
分身との自分会議が続く。
まるで自問自答しているみたいだ。
「そういえば、お前って消えないの? 普通の分身は一分くらいで消えるけど……もう結構経つよな」
「あ、たしかにな。俺は普通の分身とは違うんじゃないか。自律分身の術っていう別スキルで作り出されてるんだし」
ふむ……。
これまでの【分身の術】が強化されたり進化したわけじゃない説か。
「ああ、そうかもしれないな。ステータスで確認してみるか」
「そうだな。ステータス――あれ、出ないぞ!」
と分身が慌てている。
……分身はステータスウィンドウを出せないようだ。
俺にはステータスが表示されている。
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名前 : クロウ ゼンジ
レベル: 9(8より増加)
職業 : 忍者
スキル:
(省略 今まで通りのスキルが表示されている)
【エラー】
【自律分身の術】
【意識共有】
(残ポイント:5)
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「ん? なにこのエラーって!?」
「ちょ……なにそれ!? 俺には見えないんだから説明してくれよ!」
あ、そうだな。
分身も俺――ほぼ俺なんだから気になるか。
「ええとな、スキルの一番下にエラーってスキルが追加されてる。そこにぶら下がるように自律分身の術がある。その下に意識共有がある」
「なるほど。基礎スキルである忍術の下に壁走りの術があるような感じか」
たとえばこんな感じだ。
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【忍術】1
【壁走りの術】2
【分身の術】3
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だから、今の状態は【エラー】が基礎スキルってことになる。
エラーが基礎になってるスキルとか……。
大丈夫ですかね。
「そういうことになるんだろうな。――説明を表示してみるから、ちょっと待ってろ」
俺は分身に頷き返す。
「おう。――俺はちょっと試したいことがあるからやっとくわ」
分身は少し離れていく。
ステータスウィンドウからスキルの説明を表示してみよう。
【自律分身の術】をタップする。
ウィンドウが切り替わり、説明が表示された。
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【自律分身の術】
レベル1:自身の複製である分身を生み出す。分身は自分同様に自律的に思考する。
レベル2への必要ポイント:ー
【意識共有】
レベル1:自律分身の解除時、本体に記憶を統合する。
レベル2への必要ポイント:ー
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レベル2への必要ポイントが、妙だな。
いつもなら2とか数字になるんだが。ハイフンか。
なんだこれ。
レベル2に上げられないってことか?
でも表示されてるんだから……レベル2はあるってことだよな。
バグってんのか。
なにもかもがイレギュラー。
毛色の違うスキルだ。
いつものスキルと違って、ボスの初討伐の報酬だしな。
ゲームで言う――実績システムとか称号システムみたいなアレ。
俺のダンジョンにはないと思っていたけど、あるんだ。
こういう場合、漫画的にはチートなスキルを貰えるわけだが……。
この自律分身は――どうだろう?
俺自身は現実的には充分強いけど、ファンタジーの基準で考えると、無双の強さはない。
その俺が増えても……チートな強さとは言えないんだよな。
「……微妙」
でも、使い方は色々ありそうだ。
もう一人の俺は少し離れたところで壁を蹴ったり、バク宙や側転をくり返している。
なにやってんのアイツ……。
「で、説明からなにかわかったのか?」
そういいながら分身が俺のそばへ戻ってくる。
しゃべる自分が近寄ってくるのは、なんか怖い感じするな。
俺のコピーだとは納得したが、まだ違和感は残っている。
鏡の中の自分が動いたりしゃべりかけてきたら怖いじゃん?
こいつは自由に動くしな。
「ああ、説明文によるとな――」
俺は読んだ通りの内容を説明する。
それを聞き終えた分身がこたえる。
「つまり俺は――自律分身は――解除されたら、記憶がお前に統合されるのか」
解除とは、分身が消えるときだ。
効果時間が切れるか、撃破されたとき。
あるいは俺が解除したとき。
スキルはオンオフできるから、分身も消すことができる。
普段は、消す意味もないし出したら出しっぱなしが多い。
「お前は、いずれ消えるんだろうけど……統合ってどんなだろうな」
「――消えるっていうのは……どういう感じになるんだ? ちょっと、怖い感じするわ」
分身は、深刻な顔で考え込んでいる。
そりゃそうだな。どうなるかわからないが、消えるって……自分が消えてしまうんだからな。
怖いだろう。
自分の意識が消えるってことは、死ぬようなものだし。
「でも、死ぬのとはちがう、はずだよな? 意識が統合されるってことは、お前の意識が俺のところに……それはそれでなんか怖いんですけど!?」
「いや、俺が戻ってくるの嫌がるのやめて!?」
「いや、嫌なんじゃなくて……」
「まあ、わかるが……俺だって初めてのことだ。俺は自律分身だけど――俺は俺が何者かわからないんだ。って、哲学的だな」
「ああ、お前は俺の延長線上のお前だもんな。スキルの効果がわかるわけじゃないか」
「さすが俺。以心伝心! ――というか、考えることは同じだな」
分身はさっきまで俺だった。
くわえて、自分が【自律分身の術】で生み出された分身だと理解している。
だが、それ以上の情報はない。
【自律分身の術】や【意識共有】のスキル効果を知っているわけではない。
あくまで俺の意識のコピーを持った分身だ。
【自律分身の術】そのものではない。
スキルが擬人化したとか、人格を持っているのとは違う。
「じゃ、消えないうちに俺が調べたことを伝えとくわ」と分身。
「ああ、さっきとんだり跳ねたりしてたやつか。なにしてたんだ?」
はた目には、ちょっと変なヤツに見えていた。
「体の動きを確認していた。――ステータスはある。敏捷と体力だな。おかげで素早く動けるし、疲れにくい。いつもの通りってことだ」
「へえ! ってことは、結構便利――強いんじゃないか? 戦力二倍だぞ!」
俺が二人に増えたってことは、戦う場合の戦力は二倍だ。
これまでのスキルは、そんなに劇的な強化はなかった。
「いや、それがそうでもない。――スキルはないんだ。一つも使えない」
「……マジか。そりゃ残念なお知らせだ。壁走りも隠密もできないんだな……」
「まあ、そう悲観するな。生身でできることはある。スキルが無くてもバク宙くらいはできる」
「なるほどね。それでバク宙の練習してたのか」
「そうだ。スキルがなくても、ある程度は動けることを確認できたぞ。――高度な技は無理だけどね」
俺は【軽業】【跳躍】【歩法】などのスキルのおかげで、華麗で高度なアクロバットができる。
高度な技は、スキルが必要だ。
だが、俺はもう、スキルのおかげで知識や経験を積んでいる。
ある程度の動きはスキルの補佐なしにも可能だ。
分身は俺と同じ経験を持っている。
つまり、コツをつかんでいるんだ。
くわえて、分身にもステータスはある。
敏捷のおかげで素早く、器用に動けるんだ。
常人以上の動きができて当然だ。
「じゃあ、ステータスがなかったらどうだ?」
「そりゃ、簡単な技ならできるだろ。バク転とか?」
「どれくらい動けるかは後で確認だな。ここだとステータスがあるから、わかんないね」
ステータスがなくても、ある程度の忍者的な動きができる……はずだ。
ダンジョンの外でも、動けるってことだ。
ダンジョンの外ではスキルもステータスも使えなくなることは前に確認した。
だけど、何もできなくなるわけじゃない。
ここで経験したことは、俺の力になる。
「というわけだから、あとでお前もスキルを切って試してみろよ」
「いや、お前の経験が統合されるっていうなら、体験済になるんじゃないか?」
すると、分身はすこし考え込み――
「――ああ、そうだ。ややこしいな。俺が経験したことは後でお前に還元されるんだった」
ステータスありの状態での検証は済んだことになるはずだ。
「ってことは、検証効率は二倍になるわけだ。二人で分担して調べたり探索できるな」
「経験値も一本化されたりしてね。そしたら、レベリングがはかどるぞ!」
俺と分身は顔を見合わせて、にんまりと笑う。
これは、強さとは違うメリットだ。
単純に、使える頭が二つになる。手が増える。
一人では手が回らなかったことができるようになる。
背後を警戒したり、瞑想中に見張らせたり。
「おお、いろいろできそうだな!」
「ああ、自律分身使えるな! ――自画自賛だけど!」と分身。
「あれ、お前――ちょっと端のほうが塵化してきてないか?」
「おわっ! マジで!? うわ……ほんとだ! ちょ……ああ、意識が薄れて……」
分身の体が、だんだんと塵化していく。
自分の身体が崩壊していくのを見るのは、いい気分ではない。
まあ、普通の分身で何度も見ているのでもう慣れたんだが……。
意識がある状態で、だんだん消えるというのは、どんな感じだろう。
想像を絶するような恐怖があるんじゃないか。
「……俺、消えたらお前に統合されるんだよな? な? 今の俺は残るんだよな? ……ちょっと怖――」
「ああ、たぶんそう――って、消えたわ……うおっ!?」
分身が消える。俺はそれをどうしてやることもできない。
そして、分身が消えると同時――その意識が俺に流れ込んでくる。
俺との会話。その時に思ったこと。
自分が分身だと自覚したときの妙な感覚。
体を動かした感覚。スキルが発動しなくてがっかりしたこと。
消滅寸前の恐怖。とまどい。統合することがどういうことなのかの不安。
それらの経験、記憶が思い出せる。
と、同時に俺自身が経験したことも同じ時系列として記憶されている。
二つの記憶が混ざるわけではない。別個に思い出せる状態になる。
ただ、分身のほうの記憶は少し淡々としている。
事実や出来事としてそういうことがあった、と思い出せる感じ。
色のない記憶というか。
情報は完全に共有されるわけではないのかもしれない。
「――それでも、ちゃんとお前は俺の中に帰ってきたぜ!」
おかえり、分身!
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