魅了 VS 停止!
俺は新たな分身を放つ。
条件は――敵に近づいて攻撃すること!
判断分身は意識を持たない。
自分でモノを考えない。
ただ条件に従って行動するだけ。
つまり【魅了】にはかからない!
分身に槍を拾わせる。
斬られて短くなっているが、まだ使える。
分身は槍を構え、剣士へ突撃をしかける!
剣士はその攻撃を避けらない。
まだ立ち上がってもいないのだ。
「くうっ……!」
剣士は腕で槍を受ける。
苦し紛れの防御だろう。
穂先が腕に突き刺さる。
分身は体重をかけ、さらに槍を押し込んでいく。
「調子に……乗るな!」
剣士の腕から血液がほとばしる。
鋭い刃物に変じた血液が分身の胸を貫く。
そのダメージで分身が消える。
俺は言う。
「まだまだ! 行け、分身!」
二体目、三体目の分身が突っ込んでいく。
もう俺は近づかない。
剣士はもう、さっきまでのような洗練された動きはできない。
だからこそ危険なのだ。
行動が読めない。
近づけばなりふり構わず反撃してくるだろう。
奥の手を隠しているかもしれない。
ここは慎重にいく!
このまま続ければ、あと少しで削り勝つ!
俺は分身を差し向けながら周囲を確認する。
ナギさんがカミヤに攻撃をしかける。
手を振っただけに見えるが、空を裂いてなにかが伸びていく。
先端に重りのついたワイヤーだ。
しかしカミヤは避けようともしない。
「ムダだってば。しつこい女は嫌われるわよ?」
ワイヤーはダメージを与えていない。
素通りしたのだ。
どういうことだ?
また透過能力……?
吸血鬼はすり抜ける能力が得意なのか?
いや……柄シャツの透過移動や赤い剣とはまた違う。
御庭が言う。
「ナギ君! 霧だ! 体を霧に変化させている!」
「……はい」
霧?
言われてみればカミヤの姿は霞んで見える。
豊満なボディラインが揺らめき、輪郭がぼんやりとにじんでいるのだ。
……おっと!
また見惚れそうになっていた。
くそ……油断するとすぐに意識を持っていかれる!
カミヤが御庭に言う。
「ねえ、我慢なんてやめて、私と来なさいよ」
「……くっ!」
御庭は苦しげな声を上げる。
足に突き立てたナイフをえぐり、魅了に耐えている。
「我慢は体に毒なのよ? ほらほら、はやく」
カミヤの目が赤く輝く。
「や、やめてくれないかな。僕は強引なのはちょっと……」
御庭は軽い口調で言うが、余裕はなさそうだ。
直接向けられたわけではない俺ですら、耐えるのは難しい。
う……!
ダメだ……目をそらせ!
俺は意志を振り絞って目を閉じる。
額に刀の峰を叩きつけ、なんとか意識を保つ。
くそ……! 抗うだけで精いっぱいだ!
分身の操作もおぼつかない。
判断分身は半自動で剣士への攻撃を続けているが……攻めきれない。
剣士はダメージから立ち直りつつある。
なおもカミヤは続ける。
「さあ、そんな女は殺してしまいなさい! 私と永遠に続く夜を楽しむのよ!」
「うう……!」
御庭は目を閉じて傷口をえぐっている。
激しい出血からして、かなり深い傷だ。
御庭の手が止まる。
ぼんやりした表情で顔を上げると、震える腕で銃を持ち上げる。
銃口はナギさんへ向けられている。
マズい……操られている!
ナギさんは御庭に背を向け、カミヤと向かい合っている。
御庭の異変には気づいているだろう。
だがナギさんは振り返りもせず言う。
「御庭さんを操っても意味はありませんよ」
「ううっ……ナギ君……!」
御庭が引き金を引く。
軽快な発砲音――
弾倉が空になるまでそれは続いた。
弾丸がナギさんの背中へと襲いかかる。
カミヤが勝ち誇ったような笑い声をあげる。
「あははっ! ねえ、どんな気持ち? 自分の男に撃たれた気分は!」
ナギさんは表情も変えずに言う。
「別にどうとも」
弾丸が床に転がる軽やかな音。
ナギさんの背中には傷一つない。
弾丸はナギさんを傷つけず、空中で停止していたのだ。
すっと、ナギさんがカミヤへ手を伸ばす。
「な、なによっ!?」
カミヤはひるんだ様子で後ろに下がる。
だが遅い。
ナギさんの腕がカミヤの胸を突き抜け――すり抜ける。
「……触れませんね」
ナギさんは眉をひそめている。




