精神に働きかける能力を客観的に把握しよう!
自律分身の記憶が流れ込んでくる。
混乱して茹だった頭に冷水が差し込まれるかのようだ。
自律分身が見た光景。
その記憶を読み取るのだ。
少し前にさかのぼる――
――本体がVIPルームに突入し、小柄な女性と位置を入れ替えたときの記憶だ。
本体が戦闘を始める。
ドア越しにリンとトウコが室内へ狙いを定めている。
あちらは問題ないだろう。
問題はこっちだ――
「ひィ……あぁ!」
――本体が【入れ替えの術】で救出した小柄な女性だ。
状況が理解できずに床にへたり込んでいる。
サタケさんが後ろ手に手錠をかけ、彼女を安全な位置に移す。
女性は抵抗せず、恐怖に震えているばかり。
俺たちはまだ、彼女が無害だと信じてはいない。
とりあえずの保護である。
VIPルームの正面はリンとトウコ――遠距離攻撃組が陣取っている。
俺たちは少し脇で警戒している。
VIPルームから本体の声。
「いまだ――撃てっ!」
間髪入れずにトウコが射撃。
「ピアスショットっ!」
リンは狙いをつけようとしていたが少し遅れる。
瞬発力やエイム力はトウコが勝るのだ。
リンは少し残念そうに次の敵を狙う。
俺の位置から敵はよく見えない。
リンとトウコも敵を撃ちにくい位置取りのようだ。
御庭が叫ぶ。
「クロウ君! 次が来るよ!」
新たに出てきた敵を尻目に、本体が走ってくる。
スライディングでワイヤーをくぐり抜け、無事生還。
【反発の術】で滑る練習はしていたが……姿勢の制御が難しいのだ。
実戦で決めるとは、やるな!
さすが俺!
「おおーっ! 店長、かっけーっス!」
「ゼンジさんすごいです――」
トウコに続いてリンもバリケードから身を乗り出す。
バリケードを跳び越えた本体が言う。
「二人とも、隠れろ!」
その背後には追いすがる吸血鬼たち。
奴らの目にワイヤーは見えていない。
ワイヤーに触れて次々とバラバラになる吸血鬼たち。
バリケードを越えた肉片が俺たちのそばにも降り注ぐ。
血の滴るそれが小柄な女性の目の前に落ちる。
「うゥ……はァ……はァァ!」
「おい……大丈夫か?」
俺の言葉に彼女はほとんど反応を見せない。
息を荒げ、嗚咽を漏らすばかりだ。
尋常な様子ではない。
大丈夫か……?
彼女の顔からは、様々な感情が揺れ動いているのが見て取れる。
恐怖と渇望……そして嫌悪感だろうか?
落ちた血と肉は、しばらくして塵に変わる。
「うう……」
すると彼女はほっとしたような、それでいて残念そうな吐息を吐く。
本体と御庭の会話によれば、彼女は吸血鬼のなりかけだ。
部屋に満ちていた血の匂いが薄れてきたからか、彼女は少し落ち着いたようだ。
今は弱弱しくうめきながら、こちらを見上げている。
そのとき――視界の端で転送門が揺れる。
ここからでは、転送門の端がギリギリ見えるくらいだ。
俺は叫ぶ。
「転送門が動いた! 来るぞ!」
俺の言葉に皆がVIPルームに視線を送る。
本体は真剣な様子で転送門に目を向けている。
そして現れた何者かを見つけたように、目を見開く。
その動きが不自然に鈍る。
御庭もそうだ。
冷静な面持ちが緩み、口がだらりと開く。
なんだ?
どうしたっていうんだ?
「あらぁ? 出来損ないどもはどこに行ったのかしら?」
ぞっとするほどに美しい声。
声を聴いただけで美しい姿を想像できるほどだ。
「ひっ!」
喉を引きつらせるような短い叫び声を発したのは保護した女性だ。
その場から逃れようと身じろぎするが、立ち上がれない。
何をそんなに怖がっているんだ……?
疑念を抱きながら視線を戻す。
本体はぼんやりとした表情で動いていない。
トウコが構えた銃をだらりと下ろす。
御庭が指で目頭のあたりを押さえて、頭を振っている。
何かおかしい……!
この違和感はどこから来る……?
「血の匂いがするわね。まさか残らずやられたというの? 死ぬならせめてダンジョンの糧になればいいのに。どこまでも役立たずだわ!」
本体たちは声のするほうへ顔を向けている。
まるでスキだらけの様子で、じっと見入っている。
ああ……俺もこの美声の主の姿を一目見たい――
「ゼンジさん! ゼンジさん! だ、大丈夫ですか!?」
リンが呆けた本体を揺さぶっている。
その切迫した声に、俺ははっと我に返る。
頭がぼんやりとして……声に引き寄せられそうになっていた。
これは……声のせいか!?
リンの呼びかけに本体が応える。
「う……あ……? どうした?」
その受け答えはまるで寝ぼけているかのようだ。
自分自身の間抜けな姿を客観的に見ると……どうも妙な気分だ。
いくら俺でも、戦闘中にあんな状態になることは考えにくい。
――つまり、普通の状態ではない!
なんらかのスキルか異能をかけられているのか!?
そうだ……攻撃されているんだ!
俺たち全員!
部屋丸ごとが影響を受けている!
そう考えてみると、俺も意識がはっきりしない。
トウコも、御庭も……サタケさんもか!?
リンはなんともないようだ。
ナギさんは御庭になにか語りかけている。
二人は正常のように見える。
ハルコさんが言う。
「ど、どうしちゃったんですかぁ……?」
エドガワ君はふらふらと前に出ようとしている。
ハルコさんが手を伸ばすが、掴めない。
エドガワ君もダメか……!?
幸い、ハルコさんは無事らしい。
リンがあせったように言う。
「しっかりしてください! どうしたんですか……トウコちゃんも!」
トウコはバリケードから身を乗り出すようにしている。
「うへへ……」
その表情はへらへらと緩みきっている。
トウコも術にはまっている!
御庭が鋭く言う。
「皆! あの女を見てはいけない! これは……精神に働きかける能力だ!」
精神に働きかける能力!
おそらくは魅了!
見るだけで効果が出てしまう。
これはまずい……!
本体や御庭は正面から見ている。
とりわけ本体はいつも通りじっくりと観察してしまった!
御庭もそうだ。
状況を把握しようと、目を凝らせば凝らすほど術にはまる!
俺は敵の姿を直接見ていないから効果が弱い!
御庭は脂汗を浮かべ、顔をゆがめている。
それもそのはず、御庭の足には自分で突き立てたナイフが突き立っている。
痛みで意識を保っているのだ!
俺は手にしていた槍を振り上げる。
そして自分の足――小指のあたりに石突きを振り下ろす!
自分が分身だという認識のおかげで、ケガを覚悟でぶちかませる!
「……ッッツ!」
痛てぇ!
タンスの角に容赦なく小指をぶつけたような激痛が俺を襲う。
だが、おかげで頭がはっきりしてきた!
俺は言う。
「目だけじゃない! 声もダメだ……! 魅入られるぞ!」
本体は反応しない。
俺の言葉は届いていないようだ。
くそ……俺がなんとかしなくては!




