精神に働きかける能力は自覚できない!?
美女に急き立てられた男が、おそるおそる手を動かす。
「は、はいカミヤさん。すぐに!」
言われるがままに、戸口を探っていく。
「――ウワぁ!? い、痛てえ!」
また指が飛び、激しく血が飛び散る。
「あらぁ? そこになにかあるみたいよ」
「いてぇー! 痛えよカミヤさん! な、なにがあるんですか!?」
ああ……この人はカミヤさんというのか。
いい名前だ。
美女が深くため息を吐く。
「自分で考えられないの? ドアはダメなのよ。通れないなら、ほかにやりようがあるでしょう?」
カミヤが汚いものを見るように、壁を指差す。
「ああ……壁。そうですね」
大柄な男は間抜けな表情で壁に触れている。
戸口のへり、ドアの外枠にあたる壁だ。
「ブチ破れば通れるんですね! ウォォ!」
男の体が変異し、大きく膨れあがっていく。
もうドアを通れないほどの巨体になっている。
そのせいで室内の様子が見えなくなってしまった。
トウコが戸口へ銃を向ける。
「そこをどけっス! うらあっ!」
銃声。トウコの手中でソードオフショットガンが跳ねる。
ドアをふさぐように立っていた巨体に弾丸が突き刺さる。
「ッ――!」
男の腹には弾丸が開けた穴がいくつも開いている。
血が流れているが、貫通してはいない。
「あらあらぁ? 誰かいるみたいよ? ほら、はやくなんとかしてよ」
「ああ、すぐになんとかするよ。カミヤさん――」
男が構えを取る。
腰を落とし、拳を固める。
「パワー……スマッシュ!」
突き出された拳がドア枠……壁にぶち当たる。
激しい衝突音。
みしみしと建物のゆがむ音。
スキルの力を得た拳が壁を打ち砕き、吹き飛んだ破片が室内に降り注ぐ!
そして――その前にはトウコが立っている。
「うあっ――!」
破片に巻き込まれ、トウコが倒れる。
粉々に砕けた壁材がもうもうと埃が舞わせている。
トウコの姿が見えなくなる――
「あらあら。ばかねえ。死んじゃった?」
死んだ?
誰が……?
がれきの下からトウコの足が見える。
そして大量の血がじわりと床に広がっていく――
え?
どうにも頭が回らない。状況が頭に入ってこない。
「トウコちゃん! な、なんてことを――」
リンが頭を抱える。
そして両手を突き出して、叫ぶ。
「――ああっ! もうやめてぇー!」
手の先で炎が膨れ上がる。
デカい。まるで制限のない巨大な炎。
火球が放たれる。
顔が熱い。
炎の余波で室温がぐんぐんと上がっていく。
ほとばしった炎は戸口全体……いや、巨漢が打ち壊した壁の穴すら覆うほど!
荒れ狂う炎がVIPルームの中を丸ごと焼き払っていく。
「ギャアァー!」
「あァァァ!」
何人かの絶叫。ガラスか何かが割れる音。
どさどさとなにかが落ちる。
もう、目を開けていられない。
呼吸すらおぼつかない。
空気が……喉が焼けるように熱い……!
頬になにか熱いものが触れる。
誰かの手か?
がさがさと荒れた感触……なんだ?
「ゼンジさん。そのまま目を閉じていてください。耳も……」
頭にそっと腕が回され、引き寄せられる。
はっきりしない思考の中、俺はされるがままだ。
顔にやわらかい感触を感じる。
火照った肌にひんやりと心地いい。
今も周囲ではなにかが起きている。
だが何も見えないし聞こえない。
このまま目を閉じていたい。
焦げ臭いにおいに混じって、なにかが俺の鼻孔をくすぐる。
リンの匂いだ。
思考がまとまらない。
それでもだんだんと痺れた頭がほぐれていく。
そのとき――俺の頭に衝撃が突き抜ける。
痛み。驚き。様々な感情が入り混じったそれは――
――それは死の感覚。
俺は体をびくりと震わせる。
走馬灯のように記憶が流れる。
俺は死んだ。
違う……死んだのは自律分身だ!
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