心のケアは万全に!
リンが気遣うようにこちらを見ている。
なにか言いたいようだが、待ってくれている。
俺は言う。
「じゃあ、リンは店内に状況を伝えてくれ。ダンジョン内にはまだ入らないようにな」
「はい。その……行ってきますね!」
リンは心配そうに振り返りながら店内へ戻っていった。
俺はエドガワ君に向き直る。
「さて、とりあえず銃をしまってくれ」
「あ……はい」
エドガワ君がごそごそと銃をしまう。
慣れているはずの動作だが、ずいぶんとぎこちない。
「あ、あれ? おかしいな……引っかかって……」
「落ち着け。ゆっくりでいい。深呼吸だ」
俺はエドガワ君に手を伸ばす。
だが手が異能に弾かれ、届かない。
「は……はい。すー……はー」
エドガワ君がたどたどしい手つきで銃をホルスターに収める。
注意しなければ服の上からはわからない。
「落ち着いたか?」
「はい。あの……すみませんでした」
「いや、いいんだ。銃を撃ったこと。いや――吸血鬼を倒したことを気に病んでいるんだろ?」
吸血鬼は単純なモンスターとは違う。
人間に似すぎている。
それを倒す――殺すには覚悟が必要だ。
普通の感覚では耐えられない。
ましてやエドガワ君は繊細でやさしい。
俺の問いかけに、エドガワ君の肩がびくりと震える。
そして、堰を切ったように話しだす。
「そ、そうです! だって、さっきまで普通に話していたんですよ! どうして……どうしてクロウさんたちは平気なんですか……?」
エドガワ君が肩を震わせる。
涙が頬を流れる。
やっぱり、そうか……。
そうだよな。
エドガワ君は暴力とは無縁の生活を送ってきた。
公儀隠密に属しているとはいえ、仕事は調査がほとんどだ。
戦闘経験は少ない。
前回、トレントの家で特異殲滅課と争ったときも躊躇していた。
銃を扱う訓練を積んでも、人を撃つ気構えは身につかない。
あのとき、弾丸は命中しなかった。
当然、相手を殺してもいない。
毎日ダンジョンで戦い続けている俺たちとは違う。
俺は言う。
「実は、俺も平気じゃないんだ」
「えっ!? でも……クロウさんは戦ってたじゃないですか! た、楽しそうに見えました!」
俺は頭をかく。
「あー、まあな。俺は戦うのが好きなんだ。でもな……殺すのは好きじゃない」
俺には少し戦闘狂な部分がある。だけど快楽殺人者ではない。
会話の通じないモンスターが相手なら躊躇はない。
だが吸血鬼は――
「ボクは……困っている人を助けたいと思って……戦おうと思いました。でも……」
エドガワ君が声を詰まらせる。
「もし戦うのがつらいなら無理にとは言わない。俺だって、やりたくないことは引き受けないしな」
「はい……」
「ハルコさんはどう思う?」
「私はせっかく特別な力を手に入れたんだから、役に立ちたいと思いますぅ」
「ボクも役には立ちたいけど……」
「トオル君もゼンゾウさんもマジメすぎるんですよぉ! 私はちょっとでもあいつらに仕返ししたいんですぅ!」
「し、しかえし?」
「前は隠れて逃げるしかできなかったけど、今はあいつらに一泡吹かせてやれる! ざまぁみろですよぉ!」
「ハルコさんの言う通りだな。吸血鬼にしろダンジョンにしろ、好きなようにはさせない。俺たちが一泡吹かせてやろうぜ!」
エドガワ君がふっと笑う。
「ふふ、あはは。そうですよね……迷ってちゃ、ダメですよね……?」
「いや、迷っていいんだ。俺だって迷う。できる範囲で、やれるだけやればいい!」
俺はエドガワ君に手を伸ばし――肩に手を置くことに成功する。
やれやれ。やっと能力を解除してくれたな!
「はい……ありがとうございます。クロウさん。ハルコさんも……」
ハルコさんがエドガワ君に笑いかけ、手を伸ばす――
「ぜんぜんいいですよぉ! って、あれぇ?」
ハルコさんの手が空中で止まる。
「あ……つい」
「トオル君、ひどくないですかぁ!?」
エドガワ君がうつむいて肩を震わせる。
だが、今度は泣いているのではない。
「はは……ごめん。あはは!」
エドガワ君がハルコさんの手を握る。
これでもうエドガワ君は大丈夫だ!
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