いまさら帰りたいと言ってももう遅い!?
暗闇にロウソクが灯される。
炎がゆらゆらと揺れている。
オカダが言う。
「さァて! スペシャルタイムのはじまりだ! 盛り上がっていこうぜー!」
オカダは更に上機嫌だ。
ダンジョン領域が広がったことで、正体を表して襲ってくるかと思ったが。
オカダの様子はこれまでと変わらない。
俺たちが怪しい酒に酔っていると信じているからか……。
ここは、警戒しながら演技を続けるとしよう。
「お、オカダさん? 停電か!?」
「なに言ってんスか店長! これは――!」
リンが言う。
「トウコちゃん、ちょっとまって! 落ち着こうね!」
「うえぇ!? 落ち着いてる場合っスか!?」
「こういうときはまず落ち着くんだ、トウコ。動くのはあとだ――」
「リョーカイ! 待機っスね!」
トウコはすんなりうなずいた。
ヒーローは遅れて登場する。呼んだら突っ込む係。
それがトウコの頭にある。
オカダが言う。
「ははは! これはただの演出だ。雰囲気出てるだろー! おい、持ってこい!」
オカダが手を叩く。
店員がやってきて俺たちの前にグラスを置く。
グラスには赤い液体が注がれている。
生臭い匂いがぷんと漂う。
「これは……?」
「さっきのトマトジュースとは違うっスね!」
オカダは楽しそうに俺の顔を見返している。
「スペシャルドリンクだ! ほら、ぐっと飲み干せ!」
「なんか、生臭いんだが……」
別のテーブルの客たちは赤い液体で満ちたグラスを抵抗なく飲み干している。
抵抗がないという表現は正しくない。
むさぼるように口にしている。
「ああ、おいしい……おいしいィ!」
「もっと! もっとちょうだい! もっと生き血を!」
トウコが言う。
「生き血とか言ってるっス! うげーっ! あいつら飲んだっスよ!?」
オカダがせかすように言う。
「お前らも早く飲めって! それを飲めばすべてオーケーなんだ! 家族に迎え入れてやる!」
「家族だと? なにを言っているんだ!」
「言葉通りの家族になるんだよォ! だけど誰もがなれるわけじゃねえ! 選ばれた者だけが変われるんだ!」
「変わる……?」
「強く美しい肉体! 永遠の命! 金も女も権力も! すべてが手に入るんだ!」
俺はグラスを手に取る。
「これを飲むだけで、そうなるのか?」
「そいつはきっかけに過ぎない。お前たちには選ぶ資格がある! ついてるなァ!」
ハルコさんが首を振る。
「え……よくわからないですぅ……!」
「お、ちょうどいい。あっちを見てみろよ!」
オカダが別のテーブルを指さす。
そこでは女性客が顔をおさえてうずくまっている。
「ああっ! 顔が熱い……!」
店員が言う。
「お前は生まれ変わったんだ! ほら、鏡を見てみな!」
女性客は差し出しされた手鏡を見て叫ぶ。
「ああ……肌がこんなにつややかに美しくっ! まるで自分じゃないみたいだわ!」
「もっと飲めば、もっとよくなるぜ!」
「ああ……血を! もっと血をォ!」
「わ、わたしも!」
別の女性客がグラスをあおる。
しかし、期待に満ちた表情が苦痛にゆがむ。
「あ……あああァァ!」
「おっと、これはハズレだな」
服がはじける。
背中からコウモリのような羽が生え、手の爪が伸びる。
顔は醜くゆがんでいる。
「ギ……ギギィ……血ィ……血ィィ!」
「ちっ! おとなしくしやがれ!」
店員が暴れ出した異形を取り押さえる。
客たちはそれぞれ姿を変えていく。
美しい姿に変わるもの。異形になり果てるもの。
変化が起きずに困惑するもの。
それぞれが店員に店の奥へ連れられて行く。
これで残っているのは俺たちだけだ。
俺は演技を続ける。
「な、なんなんだ? バケモノになっちまったぞ……!?」
演技ではあるが、実際に驚いてもいる。
オカダが肩をすくめてため息をつく。
「あいつはエヌジーだな。そういうこともある。まー、選ばれなかったってことだ!」
「選ばれるって、なんなんスか!?」
「才能があれば生まれ変われる。俺みたいな吸血鬼にな!」
オカダの体が膨れ上がる。
体はたくましく、鍛え上げたアスリートのようだ。
口からは鋭い牙がのぞいている。
「吸血鬼……!?」
「さっきの客もみんなそうなのか!?」
姿の変わらなかった者もいる。
見た目は普通の人間と変わらない。
人間なのか吸血鬼に変わったのか、俺にはわからなかった。
「選ばれなかった奴はただの血袋。エサだエサ! 新鮮な血袋だよ!」
ハルコさんがおびえたように言う。
「わ、私たちのこと、最初から食べちゃうつもりだったんですかぁ!?」
「最初は帰ってもらうつもりだったさ。ハルちゃんがVIPルームに入りたいなんて言うから気が変わったんだ。ついてたなァ!」
ハルコさんがうなずく。
もうおびえる演技はやめている。
「そうですかぁ。でも、よくわかりましたぁ」
オカダは途中でハルコさんたちを帰らせようとしていた。
クスリを手渡して来週の約束を持ちかけていた。
VIPルームに行きたがったり、友達を呼ぶと言ったことで状況が変わったのだろう。
オカダが机をたたく。
「さあ飲め! しぼりたて百パーセントジュースだ! 家族かエサか! お前らはどっちになるかな?」
もはやオカダは正体を隠そうともしていない。
人間をエサだとしか考えていないようだ。
俺はグラスを傾ける。
赤い液体がこぼれる。
「これが答えだ。お前らの家族にもエサにもならない!」
俺は刀の切っ先をオカダにつきつけた。




