VSボス戦! ダンジョンボスはコウモリで! その4
コウモリの咆哮――あれは音響攻撃だ。
耳には聞こえない高周波を浴びせられたんだ。
現実社会でも音響兵器を使用する例はある。
音波を投射することにより人間を行動不能にすることができるらしい。
……まさに俺が今、身をもって味わっている。
めまいと頭痛がひどく、立っていられない。
俺は膝をついて、なんとか体を支えるのが精いっぱいだ。
歩くことも難しい……戦える状態じゃない。
「これは……まずい……」
行動不能どころか、めまいと頭痛でまともに考えることすらできない……。
さいわい、コウモリは次の攻撃に備えてか、離れた場所で旋回している。
――おかげで、体調は多少マシになってきた。
「しかし、もっと……! もっと時間が必要だ!」
だが、まだ。
もっと時間がいる。
――だが、その時間が俺にはない。
コウモリが大きく羽ばたきながら、こちらへ向かっている。
「くそ……待っちゃくれないか!」
よろける俺へ向けてコウモリが迫る。
その巨体の圧力、勢いは簡単に俺の骨を砕くだろう。
朦朧とした意識の中、迫るコウモリを見つめる。
ああ、くそ。どうやっても避けられない
これは、避けられない一撃だ。
必殺の連係攻撃だ。
音響攻撃で足を止めて、突撃攻撃!
コウモリの必殺パターン。
まさしく必殺の威力。当たれば俺はひとたまりもない。
こんなもの、初見ではどうにもならない。
まんまと、ハマっちまった!
俺はうつろな表情で、突っ込んでくるコウモリを見ている。
車道ですくんでいる猫みたいに、動けない。
投擲しようにも、狙いは定まらない。
回避しようにも、足元は覚つかない。
手も、足も、出ない。
手で押さえた傷口からは血がぽたぽたと滴っている。
……ここで死ぬのか?
このダンジョンのなか、誰に知られることもなく?
ケガも死も覚悟してダンジョンへ潜っている。
こうなる可能性もあるというのはわかっていた。
どうせ居場所がなかった。
だからダンジョンに潜った。
だけど……俺がダンジョンに潜っているのは死ぬためじゃない。
死に場所を求めに来たんじゃない!
生き甲斐のため。楽しむためだ!
ただ労働のために生きていたブラックな生活とは違う!
もっと活きた――新しい生活をするためなんだ!
「あきら……めるな!」
……できないことを考えるんじゃない。
できることを考えろ!
立て。動け。前へ進め!
「……動けよ、俺のカラダッ!」
意識を振り絞っても、ゆっくりとしか体は動かない。
ふらふらと頼りない。
頭は朦朧として考えがまとまらない。
耳鳴りがやまない。
必死に、考えをまとめる。
できることは……動かせるものは!?
……ある。
いつも使っているじゃないか――
「――ぶんしん……の術! 分身の術! 分身の術ッ! 分身の術ゥゥ!」
分身の術を連続で発動する。
短期間での連続使用に、頭痛が激しくなる。
だが知ったことか!
やらなければ死ぬ!
「――防御隊形を取れっ!」
現れた分身は、俺の指示通りの隊形を取る。
前に三体が肩を組む。それを後ろでさらに三体の分身が支える。
ラグビーの防御陣形のように、がっちりとスクラムを組む。
肉の壁だ。
分身の盾だ!
そこへ、飛来したコウモリが向かってくる。
よく見れば、その体はボロボロだ。
翼にも大小の穴が開いている。
ディスクで切り裂かれた傷は大きく、不自由そうに羽ばたいている。
無理なコース移動はもうできないのだろう。
それを知ってか、愚直に突っ込んでくる!
「うおおお! 耐えろッ!」
俺は動けない。分身の細かい操作もできない。
できるのは耐えることだけだ!
だが俺はいつも、耐えてきた。
今日も、耐え忍んでみせる!
「ギィィィッッ!」
「おおお! 防げっ!」
コウモリが正面の分身にぶち当たる。
その衝撃で、即座に先頭の分身が塵に変わる。
それを支えていた分身がわずかに耐える。
だが、その圧力に耐えかねて四散する。
残った分身もそれぞれが踏ん張っている。
なんとか衝撃を受け止めようとする。
だが、次々に吹き飛ばされ、塵となる。
最後の分身が耐えきれずに消滅する。
コウモリの突進は止まらない。
もう、俺を守るものはない。
この身一つだ。
なんとか抜いたクナイを胸の前で構え、突き出す。
それを見ても、コウモリはひるまない。
俺も、覚悟を決めて歯を食いしばる。
俺とコウモリがぶち当たる。
衝撃。痛み。血の味。
血が噴き出す。何も考えられない。
これは誰の血だ。俺か。奴か。
視界が回る。天地が返る。上も下もわからない。
めまいじゃない。回っているのは俺。
吹き飛ばされ、空中をふっ飛んでいる。
それを意識すると同時、ゆっくりと流れていた時間が動き出す。
「――うあああぁぁっ!」
はね飛ばされた俺は、後方へ吹き飛ばされて地面に打ち付けられる。
バウンドし、転げまわった俺は、背中を巨石にぶつけて止まる。
「がはっ……!」
意識は――ある。
なんとか。
鋭い痛みが、俺の意識を保っている。
気絶してしまえば楽だと、目を閉じろと体の一部が叫んでいる。
全身が痛みを訴えている。頭痛も吐き気も増している。
体中から血が流れて、どこに傷があるのかもわからないありさまだ。
だめだ。俺はまだいける!
巨石によりかかり、なんとか視線を前に向ける。
目がかすんで、よく見えない。
手の中にクナイはない。手ごたえはあったが……
「や……やった、か?」
コウモリはどうなった……?
いっそあのまま、死んでくれてれば……
――生きている。
だが、その胸にはクナイが深々と突き立っている。
衝突は、相手にもダメージを与えていた。
地に這い、再び飛び立とうとしている。
その目が俺をにらむ。殺意と憎悪が宿っている。
まだまだ、やる気か。
モンスターのくせに……ガッツありすぎるんじゃないかね。
俺も、ここでくたばるわけにはいかない!
今なら、攻撃されることはない。
戦いの中での、ほんの一手の空白。
「よし! 今だ。この時をまっていた!」
このわずかな時間にすること、それは――
――治癒薬。ポーションを使う!
ずっと腰袋の中に温存してきた回復アイテムだ。
俺は腰袋に右手を突っ込み――激痛に悶える。
「ぐうっ!」
腕か、肩か。両方か。
骨が折れている。
あれだけの衝撃、無事で済むわけないが……!
おいおい、そんなバカな!
助かる薬があるってのに使えないなんて……!?
いや、落ち着け!
俺には手も足も出なくても、出せるものがあるじゃないか。
「分身! ――ポーションを取りだせ!」
現れた分身が、俺の腰袋から小さな小瓶を取り出す。
まだ使ったことのないので効果のほどはわからないが……これに賭けるしかない!
だが、運に任せずに済みそうだ。
【薬術】が薬の使い方を教えてくれる。
効果がわかる。
傷口に振りかけても、飲んでも効果がある。
その効果はすぐに発揮される……とのこと。
そうか、ポーションも薬だもんな。
【薬術】ちゃんの管轄だ。
流れてくる薬の知識は、俺を心配しているようにも思えた。
まあ、そう感じておく。
分身が瓶の栓を抜く。小気味いい音がする。
それを俺の口元へあてがわせ、流し込む。
自分で自分を介抱しているようで、妙な絵面だ。
魔法の水薬が俺の口に流れ込む。
味はない。喉を通るときも引っ掛かりがない。
「おお……?」
体の中に入ったポーションが、瞬く間に全身を駆け巡る。
まるで血が通うように、生命力がみなぎってくる。
折れた腕や、骨がつながる感覚。
だがそれは無理やりに捻じ曲げ、つなぎ合わせるのとは違う。
痛みもなく、スッとつなぎ合わされていく。
心地よさすら感じる。
「――まじかよ……すげえ……!」
傷口は塞がり、骨や傷んだ筋が、あるべき場所に収まっていく。
体はぽかぽかと温かく心地いい。
「――これがポーションか! マジですげえっ! 全部治っちまった!」
ポーションの回復量は大きい。
いや、俺の生命力がファンタジー的には低すぎるんだ。
これが回復チートか! ポーション強すぎる!
「はは、ズルしてやったぜ!」
俺は万全の体調だ。
もう傷一つない!
さあ、反撃だ!




