おうちに帰るまでがダンジョン探索です! そして続く日常
現実社会に照らし合わせて不自然なこともあるかと思います。
創作上の嘘としてご容赦ください。
アパートよ、私は帰ってきた!
帰れる場所がある……こんなにうれしいことはない!
いや、なんだかテンションが上がってしまうな。
ゴブリンとはいえ、命がけで戦ってたんだ。
戦いの興奮……未知への好奇心。
ダンジョンの中でレベルを上げれば、どんどんできることは増えそうだ!
緊張していたこともあって、どっと疲れが出る。
「ふうー。やっぱり我が家が一番だな」
安全な場所で休めるっていうのは、いいもんだ。
ダンジョンの中でなんて寝たくない。
せっかく行き来できるんだから、ベットで寝たいよね!
そのとき、ポケットから電子音が鳴り響いて俺を驚かせる。
「うお!? なんだ?」
気が抜けているところに音が鳴ると、びくっとなるわ!
ぴこんぴこん。と、スマホが鳴動している。
ダンジョン内では電源が入っていなかったスマホ。
こちらへ来て復活したのか。
壊れてしまったわけではないんだな。よかった。
スマホに通知の嵐。
不在着信がものすごい数だ。
メッセージアプリにもたくさんの未読メッセージがきている。
なんだ、急に友達からのお誘いがたくさん届いたのか。
なんて、まさかね。
送り主は勤務先……オーナーとバイト達からだ。
オーナーは着信拒否にしてやろうか!?
そういえばバイト達に連絡するつもりだったんだ。
ダンジョンに気を取られてしまったな。
「あー、うっかりしたわ……。すまん皆」
とはいえ、これはしょうがない。
なんだダンジョンかー。さて、バイトたちに連絡するか!
――とはならない。
だって、ダンジョンが自分の部屋にできたんだ。
これは人生を揺るがす大事件である!
……とはいえ俺の都合は関係ない。
急に辞めたらびっくりするだろう。
「お、留守電も吹き込まれてるな。再生っと」
今日シフトに入っているバイトからだ。
半泣きの鼻声で、バイトの声が再生される。
「店長! 急に辞めたって聞きまじだ! なんで急に辞めちゃうんスかぁ! 連絡くだざいぃ!」
おいおい、何も泣くことないだろうに。
……俺が勝手に辞めたとオーナーから聞かされたか。
辞めたんじゃなくて辞めさせられたんだけど。
オーナーめ。また都合のいいことをバイトに吹き込んだな。
人手不足の中で俺が抜けたら地獄の忙しさだから泣きたくもなるか。
人間関係も責任もスッパリ断ち切った気分でいた。
でも、そう簡単に切り捨てられない。
泣いている女子高生を見捨てるなんて、できないよな。
しかたない。連絡してやるか。
「もしもし。俺だ。急に悪い。いきなりクビにされてな。有休消化してから退職になると思うが……」
状況を説明して、取り乱しているバイトをなだめる。
「もう無理っス! オーナーも指示くれないし! みんな帰っちゃうし! どうすればいいっスか!?」
「え、オーナーは自分が仕切る! とか言ってたんだけどな」
「ちょっと来てすぐ帰ったっス。なんもしませんよアイツ!」
バックレやがった!
クソオーナーは平常運転か! 悪い期待だけは裏切らん奴!
しかも、みんな帰ったって?
「じゃ、誰が店閉めるんだ……?」
「もう誰もいないっス!」
「おおう。お前が最後の一人か……」
ベテランバイトはもう帰ってしまったか……。
こりゃ詰みだ!
人手不足は前からわかっていた。
ひとを増やすように何度も言ってきたがオーナーは断った。
シフトに穴が開いている場所は、全部俺で埋まってる。
真っ黒なシフト表だ。
俺のシフトは朝から晩まで線が引かれている。
無茶だろ!? 倒れるよ!?
誰だよ、シフト組んだ奴!?
……俺です。
シフトの穴は俺が食い止める! 皆は先に逃げろ!
その俺が居なくなれば、現場は無理になる。
結果は見えていた。
でも現場が崩壊するの早くない!?
まだ一日……俺が一日出勤してないだけだよ!?
ほら、俺がいないとダメじゃないか……。
オーナーが過ちに気付けばいいんだ!
泣いて謝れ!
だけど、オーナーは速攻でバックレやがった……!
そしてバイトっ子が逃げ遅れてしまった。
かいつまんで、締め作業の手順を説明する。
「いきなり色々言われても……! ていうか、掃除とか洗い物も片付いてなくて、一人じゃ無理っス! 戻ってきてほしいっス!」
それに対して、バイトっ子は必死の様子で助けを求めている。
でもなあ、俺はクビにされた身だしな。
「クビにしておいて戻って来いと言われてももう遅い! これから俺はスローライフする!」
「……パーティ追放モノっスか!? そういうのいいんで、マジメに困ってるっス!」
まあ、言ってみたかっただけ。
ちょっとボケてみただけだ。ツッコんでくれてよかった。
困っているのは現場だ。
バイトを困らせても嬉しくないんだよなぁ……。
「店長ぉ! 助けてくださいよぉー!」
「……しゃあない。ちょっと行くわ」
辞めた店で仕事をするのもおかしい話だけど――
バイトに罪はない。放置はできないな。
「よかったー! 来てくれるんスね! ぷるぷる震えながら待ってるっス!」
「子犬かよ。んじゃ、あとで」
通話を切る。
しかたがない。
閉店作業だけでもやりに行くか。
俺は有給休暇を使い切ってから退職と主張した。
……今は未確定な状態だ。
俺はまだ社員扱いのはずだ。店に行っても問題ない。
そもそも即日解雇なんてしたら、法的に面倒なことになる。
労働基準法ナニソレ美味しいの? というブラックオーナーには理解できてないだろうが。
訴え出たら俺が勝つだろう。証拠も充分ある。
――どっちにしろ今から出勤するのはブラックな行動だ。
無視して切り捨ててしまうのが賢いのだろう。
だけど、店やバイトは助けたい。
損な性分だ。
「こういうズルズルした感じが社畜な俺。わかっちゃいるんだけど……」
念のため、ダンジョンの出入り口になっているクローゼットは固く閉ざして、ソファを気休めのバリケードにする。
ダンジョンを放置して大丈夫かという心配はある。
しかし、これからもずっと張り付いているというわけにはいかない。
職場……元職場の飲食店へ向かう。
「やれやれ……。本当は関わりたくないんだがな」
などと、やれやれ系キャラのようなことを口ずさみながら家を出る。
結局、深夜まで働いてしまった。
スローライフするどころか、ハードワークだった……。
編集履歴
2022/05/24
クビなのに出勤する行動がブラックなので弁明を追加
・即日解雇するにはいろいろ条件がある(30日分の給与を払うとか)
・主人公は有給休暇中で在職中と考えて行動している
2022/09/19
オーナーがバックレたことによりバイトが困っていることを明確に。
くどい描写の見直し。