レッツパーティー!
イヤホンの音声に耳をすませる。
ハルコさんの異能により、オトリ作戦は順調に進んでいる。
物音からして、地下へ続く階段を降りているようだ。
地下か……。
もしかすると悪性ダンジョン化しているかもしれない。
連絡が取れなくなると困るな……。
かといって、今の状況でハルコさんやエドガワ君のイヤホンに音声を送っていいものか?
それは危険かもしれない。
売人は吸血鬼の可能性が高い。
なんとなく五感が鋭いイメージがあるんだよな。
イヤホンから音が漏れ聞こえてしまったら、二人が危険にさらされる。
ふーむ。
「リンかトウコ、どっちか……ハルコさんにメッセージを送ってくれ」
トウコが言う。
「店長が直接言えばいいんじゃないっスか?」
「音もれが心配なんだよ」
「あ、そーっスね」
リンが端末を取り出しながら言う。
「なんて送ればいいですかー?」
「約束している感じで、遅刻するけど、あとで追いつくよみたいな。――あ、友達に送る感じで頼む」
トウコが不思議そうに言う。
「なんでっスか?」
「約束があれば帰さないと怪しまれるだろ? 店側にはそう思わせたい」
「へー。そういうもんスかー」
リンは端末を操作しながら少し困ったような顔だ。
リンが打ち込んだ文面を見せながら言う。
「これでいいでしょうか? ――ごめんなさい。遅れます。もうすぐ着きます」
「んー、なんか堅いっス!」
リンがしょんぼりと肩を落とす。
「うぅ……ですよね。あんまり友達にメッセージとか送ったことなくて……」
ああ、リンはネットやSNSに疎いんだった。
しかも友達もいない。
難しいことを振ってしまったな……。
「それで充分だ! 送ってくれ!」
「はーい」
イヤホンから通知音。
ハルコさんの端末の音だろう。
「あ。ちょっと待ってくださぁい……。友達が待ち合わせ場所に着くみたいなんですぅー」
「おっけーおっけー! 友達も連れてきちゃいなよ!」
お、いい流れ!
呼んでもらえば俺たちも合流できる。
ハルコさんが値踏みするような声を出す。
「んー、そうですねぇ? 少し中を見せてもらって、大丈夫なお店だったらでもいいです?」
「まーだ怪しいお店だと思ってんの? ウチはクリーンで健全! ぜんぜん大丈夫だぜ?」
トウコが言う。
マイクは切っているので、声が届く心配はない。
「うさんくさーっ! こういうの自分で言うもんスかね?」
「俺も長年飲食店やってたけど、言ったことないセリフだな!」
いらっしゃいませ! 当店は健全で安全なお店です!
不自然だわ!
ハルコさんが言う。
「でもほら、入口のお兄さんがちょっとイカツくないですかぁー?」
「普通普通! ほら、お客さんが怖がるだろー? スマイルスマイル!」
案内役の男が、誰かに声をかける。
それに野太い男の声が答える。
「い、いらっしゃっせー」
入りたてのバイトみたいな不慣れな挨拶だ。
「棒読みっス! 門番ぽい声っスね!」
なんとなく大柄で不愛想な男を想像する。
そんな声かもしれん!
「まあ、言われてみればそうだな」
ハルコさんが言う。
「あ、でも店内は映えますね!」
「あ、ちょっと! 写真はダメ! ウチは秘密クラブなんで!」
「えぇー? いいじゃないですかぁ!」
「ダメダメ! 芸能人がお忍びで来たりもするんだからさ」
「芸能人!? ホントですかぁー?」
「安心安全に楽しんでもらうルールなんだよ! わかってくれるかな?」
「そうですかぁ? それなら我慢しますぅ! あ、今日は芸能人の人いますかぁ?」
「どうかな? VIPルームに行けば会えるかもねー?」
非常に重要な人物のための部屋――つまりは特等席。
そんなのもあるのか……。
「えー!? 行きたいですぅ! エっちゃんもそう思いますよねぇ?」
衣擦れの音。
エっちゃん――エドガワ君がうなずいたようだ。
相変わらずエドガワ君はしゃべらない。
これは変装しているからだろうな。
幻影で声はごまかせない。
俺は小声で言う。
「エドガワ君も大変だよなぁ……変装させられてるのか」
たぶんハルコさんが調子に乗ってコーディネートしたんだろう。
「案外バレないんですねー?」
「エっちゃんは細身だから素質あるっス!」
なんの素質だろうね!?
女装というか……幻で女性に見せているのだろう。
写真アプリみたいに、男性を女性に見せたり美形化することもできる。
ハルコさんたちは席に通されたようだ。
「お客さんは女の子が多いみたいですねぇー」
客層に偏りがある……?
売人は俺には見向きもしなかった。
つまりパーティーのターゲットは女性なのか?
だが、失踪事件の被害者には男性もいた。
毎回女性をターゲットに絞っているわけではないだろう。
テーブルの上になにかが置かれる。
音からしてグラスだろう。
「ほら、これはお店からのサービス。ウエルカムドリンクだ!」
ハルコさんが言う。
「赤くて……キレイですぅ! 見たことないお酒ですねぇ?」
動揺したのか、わずかに声が震えている。
だが案内役は気づかなかったようだ。
自慢げに語り始める。
「これは店のオリジナルカクテル。その名もハイブラッド! まるで高貴な貴婦人の血みたいで、そそるだろ?」
いや……血を見ておいしそうだとは思わないだろ。
「トマトジュースがベースですかぁ? お酒はまだ――」
ハルコさんの言葉を遮るように案内役が言う。
声色は少し硬い。
「まさか飲めないなんて言わないよね? お店からの歓迎の気持ちなんだけどな?」
口調は相変わらず軽いが、気を悪くしたようなニュアンスをにじませている。
リンがあわてた様子で俺の顔を見る。
「あっ! これ……大丈夫でしょうか!?」
「赤いクスリかもしれないっス!」
トマトジュースのように赤いカクテル。
高貴な血。
いかにも怪しい!
「だとしたら飲ませるのはマズい。止めるか……!?」
ハルコさんはうまく潜入してくれた。
しかし、このまま続けて大丈夫か?
今ならまだ引き返せるよな?
潜入作戦を切り上げるよう指示するべきか!?
そうだ。二人の安全を優先すべきだ――!
――と俺が決断しかけたところでハルコさんが言う。
声は明るい。
「うーん。友達が来てからカンパイしたかったんですけどぉ! 先に始めちゃいますか。いただきまぁす!」
喉を鳴らす音。
そしてグラスがテーブルに置かれる小さな音。
「うぇえ? 飲んじゃったんスか!?」
……これはまずいことになるんじゃないか!?
ご意見ご感想お気軽に! 「いいね」も励みになります!




