領域の拡大! 特製のフィニッシュテープは効果抜群!?
「なあ御庭。ボスが領域から出たらどうなる?」
「領域が拡大する。今は家の中だけど、もう少しで庭まで広がるよ」
うーん。まるで俺の心を読んでいるかのようだ。
読心能力ではないらしいけど……便利なもんだ。
「なら、庭に出しても問題ないよな?」
「庭まで領域が拡大したとしても大丈夫だろう。その先はまずいね」
隣の家や道路まで領域が広がるとマズい。
巻き込まれる人が出るし、あまり広がると領域全体がパージされる。
「この家の敷地まではオーケーだな」
「うん。仮にこの家の敷地がパージされても認識阻害の影響を受ける人は少ないだろうね」
そうなったとしても二次被害は小さい。
ゼロではないが許容できる範囲だ。
「よし。じゃあボスを庭へ出して迎え撃とう。その先まで進みそうなら――」
「――ナギ君が止める、でいいかな?」
「いいですよ。止めるだけなら簡単です」
ナギさんの異能ならトレントの動きを止めることはたやすい。
そうしないのはトクメツがいるからだ。
ナギさんは御庭のそばを離れられない。
敵を倒すことより守ることを優先しているからだ。
特異殲滅課の三人がトレントと戦っている。
キリトは少しふらついている。疲労と出血のせいだろう。
ひとりでダンジョンで戦っていた分、負傷が多い。
深手はないが細かい傷が無数にある。
応急処置はしていたが傷が治ったわけじゃない。
それでも目は死んでいない。
まっすぐに敵だけを見ている。
「こんだけぶちかましても倒れねェ! こうなりゃ直接斬るしかねェな!」
あ、特攻をかけそうな雰囲気。
一か八かの賭けに出る感じだ。
キリカとカトウが言う。
「道は私が作ったげるっ!」
「……やれやれ」
なにやら命がけの雰囲気になってきている。
無理して正面からぶつからないで!?
俺は声をかける。
「待て待て! 盛り上がってるところ悪いが考えがある!」
「あァ?」
キリトが小さく目線をよこす。
お?
一応は聞いてくれそうな雰囲気だ!
俺は分身を出してトレントへ向かわせながら、さらに言う。
「少し下がってくれ。庭まで後退する。無理に攻めなくていい」
「庭は外だろうが!」
俺はダンジョンから出るとき、領域の外へは出さないと言った。
それは守る。
領域が庭まで広がっても、そこは領域内だ。外ではない。
ちょっとズルい言い方かな?
「庭までだ。この家の敷地より外に領域は広げさせない。ここなら被害は出ないし、楽に倒せる」
「ん……? どういうことだァ?」
あ、伝わってない。
キリカが俺をにらむ。
「食えないな。貴様らは口先ばかりだ」
「俺はあんたたちの心配もしているんだよ、キリカさん。突っ込んでケガするのはキリト君だろ?」
トクメツの優先順位はダンジョンを潰すこと、モンスターから人々を守ることだ。
キリカさんの個人の優先順位はどうだろう。
大事な弟がかなり上位にあることは間違いない。
「あァん!? キリト君だァ? 君はやめろ、忍者野郎!」
いまそこに食いつくんじゃないよ!
このデコ助野郎!
「俺が言いたいのは、もっと楽に倒せるってことだ。ケガしたらバカらしいだろ!」
キリカがうなずく。
「そういうことなら、わかったよ! 貴様の口先に乗ってやろうじゃない」
「おお」
キリカが指をつきつけてくる。
「だけどもし、コイツが外に出て人を襲うようなことがあれば……責任は取ってもらうから!」
目が怖いよ!
責任取って腹を切るのかな。切腹かな!?
「ああ。人の被害は出さないと約束する」
「じゃあ下がるよ。キリト。コウ」
キリトは不満げに、カトウはあっさりとうなずく。
「……おうよ」
「承知しました」
トクメツの三人は庭――今は普通の空間――へ出る。
俺たちも外へ。
ダンジョン領域の外に出ると、そこは静かな住宅街だ。
明るい陽射しを受けて、庭の花々が咲き誇っている。
さっきと変わらず雨は降っていない。
雨が降ってたら、屋外へは出せないところだ。
「静かですねぇ?」
「領域と外では空間がズレているから、音が伝わらないらしいですよ」
ハルコさんにエドガワ君が説明している。
領域内でトレントが暴れているが、音も振動も伝わってこない。
物理現象どうなってんだろうね。
俺たちは普通に出入りできるのに別の空間なのだ。
繋がっているのにズレている。
わかるようでわからないな。
領域の外から見ると、老婦人の家に変わったところはない。
室内は天井が高くなったり部屋が広くなったりしているが、歪んで見えるわけじゃないのか。
不思議なものだ。
それを言ったらダンジョンのほうがもっと不思議か。
御庭が言う。
「さてクロウ君。領域が広がりそうだよ!」
「ん? どうしてわかるんだ? 異能か?」
俺には変化が感じられない。
音とか光が出るわけじゃないよな。
「異能とは違う。感覚だよ。誰でもある程度は感じられるものだ。慣れればわかるようになるから、意識してみてほしい」
「ふーむ?……わからん!」
首をかしげていると、妙な感覚を覚える。
気圧で耳が詰まる感じに近い。全身でそれを感じる。
そして、あっという間に庭がダンジョン領域に呑み込まれた!
空気が変わる。温度が変わる。住宅街の生活音が聞こえなくなる。
「オォォォ!」
室内からトレントが叫ぶ。
もう庭まで領域が広がっている。
「来るぞ! ナギさん!」
「準備できています」
庭に移動したのは罠を張ってもらうためだ。
分身が握ったワイヤーの先がナギさんの手元へ伸びている。
室内から庭に入るには、このラインを越えなければならない。
トレントが根を動かして直進する。
「ニワ! ニワ!」
ワイヤーは人間の首くらいの高さに設置されている。
トレントはワイヤーを気にもかけず、突進してくる。
「よし! 接触したな!」
勢いよく庭へと降りてきたトレントの胴体がワイヤーに引っかかる。
そして――
「おおッ! すげェ切れ味だ!」
「これは……やったか!?」
トクメツ連中が驚いている。
トレントの幹は真っ二つに切断される。
凄まじい威力! 切断力!
停止の異能強すぎる!
この作戦はナギさんの異能ありきである!
相手が動いて触れれば勝手に切れる。
ワイヤーは停止能力によって固定されるから、こちらから当てることはできない。
移動先がわかっていないと成立しない攻撃だ。
このために庭に誘い込んだ。
うまくいったな!
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