熱帯雨林はスコールで!
ざあざあと大粒の雨が降る。
雨を受けて、草木は生き生きとしているように見える。
トラバサミ花も花弁をパクパクさせている。
草木の間に隠れていた別の植物モンスターもうごめいている。
――長いツタをゆらゆらと揺らしているもの。
――粘液をしたたらせているもの。
「うわぁ……たくさんいたんですね」
「きもっ! ムリムリ! 早く帰りましょうよぉ」
モンスターの数が少ないと思っていたが間違いだ。
目に入っていなかっただけ。
モンスターの数や密度はかなりのものだぞ……。
「入口へ戻る! 花を踏むなよ!」
俺たちは足元に気をつけながら入口近くの石畳まで戻った。
エドガワ君たちは胸をなでおろす。
「よかった……石畳まで戻れました!」
「ふう……これで安心ですねぇ」
転送門周辺には植物が生えていない。
「ふむ。この石畳の土台があるからか……」
「あ、これのおかげで外にモンスターが出てこないのかもぉ?」
ダンジョンの外、悪性ダンジョン領域。
普通の世界とダンジョンの狭間。
普通ならここにモンスターがあふれ出る。
「植物型のモンスターだから、外には湧かないのか? ふーむ。転送門を通らなくてもスポーンしそうだけど……」
転送門を通らなくてもいい。
領域内にモンスターは湧くはずだ。
大鬼やショッピングセンターの領域ではそうだった。
植物系モンスターだから土の上にしか発生できないのか?
でも、庭には土がある……。
「ボクにもわかりません。ダンジョンごとにルールは違うみたいですが……」
「もう確認オーケーですよねぇ? うわぁ雨が強くなってきましたよぉ! もう帰りませんかぁ……?」
俺はうなずきかけ――
「そうだな。いや……なにか聞こえなかったか?」
「地響き、ですかね……?」
エドガワ君にも聞こえたようだ。空耳じゃない。
森の木々が揺れる。
みしみし、と木が軋むような音。
大きなものが動くような地響き。
足音とは違うようだが……。
「な、なんか音、大きいですよぉ!?」
軋む音が大きくなる。なにか近づいてきている。
森をかき分けるようになにかが現れる。
濃い雨のカーテンのせいで全貌は見えない。
木が外側に倒れて……いや、動いている?
ずりずりとなにかを引きずりながら木が動く。
周囲の木を軋ませながら進んでくる。
「……動く木? 樹木のモンスターか!?」
ツリージャイアント。
あるいはトレント。
体を揺らして、巨木が森を割って現れる。
まだ遠いが、それでも大きさはわかる。
「えー!? そ、そんなのアリですかぁ!?」
「大きい……! あれがボス個体ですかね!?」
「警戒しろ! ヤバかったら転送門へ飛び込め!」
俺たちは転送門を背にして様子をうかがう。
巨木の幹がめきめきと横に裂ける。
現れたのは口。人間のような顔だ。
その口が動き、およそ人間離れした音を発する。
「……サナイ!」
木々がこすれあうようなその音は耳になじまない。
「な、なんかしゃべりましたよぉ!?」
「こいつは……のみ込まれた住人の成れの果てか……!」
巨大な樹木は根を脚のようにくねらせて進む。
ゆっくりと、こちらへ近づいてくる。
歩みは遅いが、いずれは転送門へたどり着くだろう。
そうなれば石畳は砕かれ、周囲の草木モンスターも外へあふれ出る!
裂けた木の口が叫ぶ。
木々をこすり合わせたような、枯れたような声。
それは悲痛な叫びだった。
「ニワ……! カエリタイ……!」
「庭……?」
「も、もしかして、この家のおばあさんとかぁ!? うそでしょぉ!? 意識あったりするんですかぁ!?」
「いや……ないはずだ! 前に変異者に話しかけてみたが、ダメだった」
大鬼に対話は通じなかった。
言葉を話してはいるが、わずかに残った思念のカスに過ぎない。
「ワタサナイ! ワタサナイ!」
「渡さない……って言ってますね? なんのことですかね?」
「庭。帰りたい。渡さない……か。帰りたいのはわかるが……なにを渡さないんだ?」
「うーん? あっ。雨がやみましたよぉ!」
雨が弱まり、止む。
すると、樹木の化け物の動きが鈍くなっていく。
「止まった……? おとなしくなったようだな」
「雨が降ってないと動けないとかぁ?」
「わからんが、そうだといいな」
「クロウさん。どうしますか?」
「いったん帰るぞ! アレが出てくるまでまだ時間はありそうだ。その前にサタケさんを治療しよう!」
「えぇ? 大丈夫なんですかねぇ?」
「どっちにしろ、アレが外に出てこないようにしなきゃな!」
このダンジョンは今は安全。
少なくとも転送門周辺は安全だ。
だがボスらしき木のモンスターはこちらに向かって来ている。
目指しているのは転送門。つまりダンジョンの外だ。
外へ出てくるのは時間の問題。
もうすぐモンスターがあふれ出すかもしれない!
その前にサタケさんを治療しなくては!
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