探索! 緑の館!
「ダンジョン領域に入りましたね……!」
「ですねぇ……?」
玄関をくぐって家の中へ。
館の内部は薄暗い。
外壁は緑のつたに覆われていたが、内部は普通の建物だ。
「おじゃましまーす!」
俺はあえて大声を上げる。
住人が無事だとは思えないが、いるなら出てきてほしい。
モンスターがいるなら、出口の近いここで見つければ対処しやすい。
「やっぱり返事はありませんね」
「本当に誰もいないんでしょうかぁ?」
「とりあえず――分身の術! これで二階を調べる!」
個人宅なので、それほど広くはない。
二階に判断分身を向かわせる。
壁に手をついて進むように指示。ドアがあれば開ける。
使える条件は二つなので、ただ移動するだけである。
敵がいても戦わないし、攻撃されても防がない。
索敵が目的なので、これでいい。
「さて、一階にも同様に――分身の術!」
俺は各部屋に分身を放つ。
それを見てエドガワ君が言う。
「なんていうか……ボクたちは要らないんじゃあ……?」
「ん? そんなことないぞ。分身はダンジョンの入口を見つけられないし」
ハルコさんが小さく手をあげ、上目づかいにたずねてくる。
「えっとぉ……ここもショッピングセンターみたいな場所なんですよねぇ? なんにも襲ってきませんけどぉ?」
「今のところモンスターの気配はないな。物音もないし、姿も見せない。エドガワ君、こういうことは多いのか?」
「あ、はい。危険度の低いダンジョンでは、敵の数も少なくて弱いらしいですよ。たいてい、少しはいるんですが……」
「そうか。まったくいない場合もありえるか?」
俺たちの中で公儀隠密歴が長いのはエドガワ君である。
ダンジョン領域の調査はエドガワ君が詳しい。
エドガワ君は自信なさそうに言う。
「ボクはこれまで、何もないのには当たったことがありません。珍しいと思います」
「でもこれって、ラッキーですよねぇ?」
「そうだな。だが気を抜くな。隠れたり、見えない敵がいるかもしれないからな」
【隠密】などのスキルを持っているかもしれない。
ハルコさんがおびえた顔で言う。
「ゆ、幽霊とか!? やめてくださいよぉー!」
古びた館の内装は、それらしい雰囲気と言えなくもない。
だが壁や床はきれいに磨かれている。
そのせいか、おどろおどろしい雰囲気はない。
「脅かすつもりで言ってるわけじゃないぞ。そういう能力の敵がいてもおかしくないってことだ」
これまで、分身は攻撃されていない。
物音もなし。
ふーむ。モンスターはいないのか?
こうも静かだと調子が狂うな。
その時、部屋の一室からなにかが現れる。
エドガワ君が驚いて一歩下がる。
「うわあっ!」
「ひえぇ! ――あうっ!?」
ハルコさんがエドガワ君に飛びつこうとして――空中で止まる。
エドガワ君の能力が発動していて近づけなかったんだな。
俺はやれやれと首を振る。
「落ち着け! よく見ろ、分身だ。部屋を一周して出て来ただけだ」
俺は分身を解除する。
「お、脅かさないでください!」
「トオル君、ヒドくないですかぁ? ちゃんと助けてくださいよぉ!」
ハルコさんがふくれてエドガワ君をにらむ。涙目だ。
エドガワ君は困ったような顔で弁解する。
「はい……。その、わざとじゃないですからね、ハルコさん」
「とりあえず部屋を探索しよう。どこかにダンジョンの入口があるはずだ」
「はぁい」
「わかりました」
家の中には生活の気配が残されている。
仏壇にしおれた花。
写真が飾られている。
おそらく先立った配偶者のものだ。
写真はほかにもある。
庭で穏やかに微笑む老夫婦。
季節を彩る庭の花々。
公儀隠密が調べた情報によると、老婦人が一人で住んでいた。
子供はおらず、親戚も近くにいない。
住人はもうダンジョンに呑まれているだろう。
こんな穏やかな老人のもとにもダンジョンは現れるのか……?
ダンジョンの入口はすぐに見つかった。
立派な桐のタンスの中だ。
観音開きの扉を開けると、黒い水面のような転送門がざわざわと揺らめいている。
「ありましたね」
「これでおしまい、ですかぁ?」
「いや、中を確認する。入るぞ!」
ダンジョン領域に敵はいなかったが、中はどうかな?
エドガワ君は表情を引きつらせている。
「やっぱり……入るんですか? 普段はこれで調査は終わりなんですが……」
「ダンジョンの中じゃないとポーションは使えないからな。今回は中を確認しなきゃ意味がない」
ハルコさんも緊張気味である。
「ですよねぇ? 私、ダンジョンに入るのはじめてなんですけどぉ……」
俺は刀を抜きながら言う。
今日は戦えるのが俺だけなので、すぐ動けるようにしておきたい。
「心配なら二人で手をつなぐといいぞ。俺も最初、そうした」
あのときのリンも不安そうにしていた。
手をつなぐとすぐ落ち着いたようだし、効果はある。
リンとトウコは今頃学校だ。
やわらかな手の感触を思い出したせいか、早くも帰りたくなってきたぞ。
集中しろ、俺!
ハルコさんがエドガワ君に手を伸ばし――
「じゃあ手を――あうっ」
――手が見えない壁に阻まれてぐきっと曲がる。
「わ、わざとじゃないですからね!」
エドガワ君はバツの悪い顔で、さっとハルコさんの手を取った。
「いくぞ!」
俺たちはダンジョンに突入した。
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