自然界の掟とは……!?
浅い川で、幅もそれほどではない。
魚もモンスターもいないようだ。
「お魚はいませんねー」
「魚とかカニのモンスターが居たらよかったっス!」
「食べる気満々だな」
俺たちは小川をなんなく渡河した。
「ここから第六エリアだそうです!」
「川がエリアの境界だったか」
第六エリアも引き続き森である。
しとしとと小雨が降っている。
第五エリアの霧雨より、少し雨粒が大きい。
見える範囲に気になるものはない。
俺たちは先へ進んだ。
「雨が強くなってきましたねー」
「さっそく帽子が役に立つな!」
トウコがハットのつばを指でしゅっとなぞる。
「さすが店長えもん! 準備いいっス!」
「ああ、まあな!」
俺は鷹揚にうなずく。
第六エリア用に作ったんじゃないけど……。
そういうことにしておこう!
「麦わら帽子が痛んじゃいそうで、心配です……」
リンは麦わら帽子を手で撫でる。
ふちから水滴が落ちる。
「多少は雨もしのげるだろ? このあと修理するし、傷みは気にしないでいいぞ」
「あ、そうですよね!」
麦わらに防水性はない。
あまり濡らすと水を吸ってしんなりしてしまう。
でも問題ない。
作り直すのは簡単だし、コストも安い。
「耐久強化の特殊効果を付与するより、新しい帽子を作ったほうがいい気がするな」
リンは意外そうな顔をする。
「えっ? でも……ゼンジさんが作ってくれたものだから……」
「ああ、大事にしてくれているんだよな! なら直そう!」
愛着があるなら、コストは度外視だ。
俺の刀もそうだ。
バットから引き継いでずっと修理している。
取り替えるなんて考えられない!
リンはぱっと表情を明るくする。
「はい! そうしてもらえると嬉しいです!」
「おう!」
雨が煙っていて視界が悪い。
熱くも寒くもないので、不快ではない。
「ん……?」
先を歩かせていた判断分身が動く。
回避しきれずに倒されてしまう。
「鹿っス! うらっ!」
トウコはホルスターから素早く銃を抜き、射撃する。
茂みの向こうから角鹿が走り出てくる。
「大きめの角鹿だな。ボスよりは小さい」
「私、やります! ファイアボール!」
リンが魔法を放つ。
雨の中、火球はまっすぐに飛んで角鹿に命中。燃え上がらせる。
「キョアアッ!」
だが鹿は頑丈だ。
炎をまとったまま、こちらへ向かって突っ込んでくる!
「任せろ!」
俺は出しておいた十文字槍を構える。
今度こそ!
ただ槍を握って突き出すだけ。
難しいことはない。
それでも正面に立つのはいやだ。
少し体をずらして、槍を相手に向ける。
鹿が頭を下げて突進してくる。
鋭い角が向けられている。
「ていっ!」
俺は横に軸をずらしながら槍を突き出す。
首の下、胸のあたりに槍が突き立つ。
腕に強い力がかかる。
突進のエネルギーは大きく、支えきれない。
「おわっ!」
俺は槍を手放す。
無理に支える必要はない。
鹿はそのまま数歩走って倒れると、塵になって消えた。
俺はしびれる腕で槍を拾い上げる。
「いてて……正面から受け止めるのは無理があるな……!」
「ケガしちゃいましたか!?」
リンが心配そうに駆け寄ってくる。
「いや、大丈夫だ。衝撃は逃がしたから」
槍を手放さなければ腕を痛めたかもしれない。
「刀のときは平気だったのに、なんでっスか?」
「斬るときは相手の側面を滑らせてる感じだな」
「へー。正面から突くのはまた違うんスねー」
「そういうことだ。刀のほうが使い慣れてるってこともあるけどな」
槍に【片手剣】スキルは乗らない。
うまく使いこなせるほど練習は積んでいない。
ゾンビやゴブリン相手なら槍は突き出すだけでいい。
大柄な鹿の突進を止めるには工夫がいる。
馬ほどじゃないが、鹿は大きい。
正面からぶつかったらはね飛ばされる。
槍で貫いても、体がすぐに消えるわけじゃない。
「じゃあ分身でやればいいっス!」
いつもは分身に槍を持たせる。
この場合は文字通りに刺し違えてもかまわない。
「たまには自分で感覚をつかんでおかないと、分身の操作が雑になるんだよ。俺にできないことは分身にもできない」
やってみてわかったこともある。
少し身をそらした程度では衝撃を殺せない。
槍のスキルは持っていないし、取る余裕もない。
だからスキルによる解決は望めない。
「さすがゼンジさん! 真面目ですね!」
「それに、そろそろワニと戦いたい。そのための練習だ」
トウコが目を輝かせる。
「あ、ワニ! そろそろ行くんスか!?」
「ああ。別に忘れてたわけじゃないぞ。俺のレベルも二十を超えたし、二人も強くなった。そろそろ戦う時期だ」
「はい……! 怖いですけど、いつまでも放っておけないですよね!?」
「ああ。今回のシカボスが弱かったのは、成長してなかったからだろう」
「ワニさんは前より強くなっているかもしれません」
「【捕食】のせいっスね!」
「ああ。食って育つってのは厄介だぞ」
このダンジョンは過ごしやすい。
食材も素材も豊富にある。
それゆえにモンスターも成長しやすいのかもしれない。
「なら倒して食ってやるっス! 焼肉定食のオキテっス!」
「弱肉強食、かなー?」
お、リンがつっこんだ。
「意気込みはいいぞ、トウコ! 最強の捕食者は俺たちだって、わからせてやろうぜ!」
「りょ!」
「はーい!」
俺たちは決意を新たにした。
今日はせっかくここまで来たから森林エリアを探索する。
そのあと準備してワニに挑もう!




