守るべきもの――世間体、他人への配慮、あと一つは?
本日二話目!
シャドウさんは少し息を乱している。
能力の使用に伴う疲労だろう。
移動させたり、回転させるのはコストがかかるのか?
複雑で繊細な操作が必要になる。
目を回していたトウコがふらふらと立ち上がる。
「あー。面白かったっス!」
「トウコちゃん、無理しないでね」
俺は指を一本立てて、口に当てる。
「あと、ちょい静かにな。防音にも限界はあるぞ」
今のところシモダさんは文句を言ってこない。
だが経験的に、そろそろヤバい。
トウコが不満げに言う。
「このアパートはまるごと社長が買ったらしいっス! ちょっとくらい騒いでもいいんじゃないっスか!?」
この物件は賃貸である。
つまり俺もリンもシモダさんも借りているだけだ。
貸主は別にいる。その権利を今、御庭が手に入れたのだ。
で? シモダさんを追い出す?
暴力やスキルで黙らせる?
そんなことはできないし、したいとも思わない。
トウコもそこまで言っているわけじゃないが……。
「だからって騒いでいいことにはならないぞ。隣人には配慮しないとな」
「そうですよー。ああ見えてもシモダさんはいい人ですからー」
シモダさんは神経質で、正面から文句を言ってくるタイプ。
ちょっと面倒だ。ちょっとだけ。
それ以外は良き隣人だ。
俺は嫌いじゃない。命の恩人だし。
トウコは意外そうな顔をする。
「あれ? こわいとか言ってたのにきらいじゃないんスか?」
「それとこれとは別だ。嫌いじゃないぞ」
世界の中心は自分だ。
だが、それぞれの周りに世界がある。
シモダさんの生活を俺たちがかき乱すことはできない。
トウコは口をとがらせる。
「ちぇー! 店長マジメすぎっス!」
「そこがゼンジさんのいいところですよ!」
リンは興奮気味にうなずく。
「それに騒ぎたけりゃここじゃなくて、ダンジョンに入ればいい」
「あー、それもそうっスね! なんかお腹すいたっス!」
リンがトウコに微笑みかける。
「じゃあ、ごはん作るねー。トウコちゃん、なに食べたい?」
トウコの晩飯がまだなら、一緒にいたシャドウさんもまだかな?
シャドウさんは異能者だ。
ダンジョンには入れない。
それなら普通の料理を俺の部屋で食べればいい。
俺は声をかけてみる。
「シャドウさんも良ければ食べてってください」
「いや、吾輩の用は済んだ。もうお暇する!」
御庭に頼まれてトウコの冷蔵庫を運んでくれた。
普通の引っ越し業者に運ばせるわけにはいかない。
「あれ? もう帰っちゃうんスか?」
「遠慮なさらず、食べていってくれたらうれしいですー」
シャドウさんが腕時計をちらりと見る。
腕にたくさんバンドを巻いているけど、どれが時計なんだ?
「お心遣い感謝する。魔女殿。しかし家族を待たせているのである」
「あれ? シャドウさんて結婚してるんスか?」
「いや。待たせているのは母である。すっかり遅くなってしまったので心配しているだろう!」
「へー。そうなんスか! 冷蔵庫、あざっス!」
「どうも。トウコが世話になりました。お気をつけて!」
「ああ。ニンジャ殿! いずれまた!」
そう言うとシャドウさんは足早に去っていった。
公儀隠密の異能者にして影の王。境界の支配者。
家族を愛し、門限を守りし者!
かっこいいぜ!
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