吾輩は影である! その2
「トウコを助ける? なんか困ってるのか?」
「いやー、たいしたことじゃないんスけどー」
いやいや、とトウコは手を振っている。
おいおい。
お前がそれを言ってどうする!
頼まれてやってきた盟友のメンツをつぶすんじゃない!
「ふむ……では、はじめる!」
あ、全然つぶれてない!
鋼のメンタル!
シャドウさんは悠然と歩いて、キッチンの照明を切る。
そして大仰なしぐさでキッチンに向けて手を向ける。
「ガンスリンガーよ! 聞こう! 望みを! ――ふさわしき座標を示せ!」
「ええと、場所っスか? あのへんで!」
トウコは適当にキッチンの一か所を指し示す。
「心得た! では……はじめよう!」
シャドウさんは微妙に体を揺らして位置を変える。
長いコートがゆらゆらと揺れる。
……なんか始まったぞ?
「影よ……闇よ……境界より来たれ……!」
シャドウさんはひときわ大きな動きでコートをはためかせる。
むむ?
「おおっ!?」
俺は思わず驚きの声を上げる。
キッチンの隅――トウコが指定したあたりになにかがせり上がってくる。
シャドウさんは妙なポーズで力を入れている。
両手の肘を腰につけて、天井に向けて下から上にゆっくりと持ち上げていく。
その動きと共に、見慣れた長方形の物体が姿を現す!
「――出でよ! 地獄の門!」
なるほど。
たしかに地獄の門だな、これは……!
「出たっス! あたしの冷蔵庫ーっ!」
「えーっ!? どうなってるんですかー!?」
現れたのは冷蔵庫である。
トウコの家にあったものだ。
「収納スキルか……?」
「闇はすべてを包み込む。影は――」
シャドウさんはしたり顔で説明をはじめる。
トウコが言う。
「異能らしいっス!」
おい、割り込むな! 空気読め!
それっぽい説明の途中だぞ!
「――影はこの世ならざる領域との境界である! その狭間を行き来するのが我が能力である!」
あ、やりきった!
すごいな。空気に流されない!
「つまり、物を影から出し入れする能力ですか?」
「魂があろうとなかろうと、吾輩の術からは逃れられぬ!」
「えっ? 人間も入れられるんですかー?」
「あ、リン……うかつに質問すると――」
「――よくぞ聞いてくれた! 見せよう! ファイアスターターよ!」
シャドウさんはびしりとリンに指を突きつける。
眼力!
ほら、始まっちゃったよ!
「えっ?」
驚くリンをよそに、シャドウさんは居間へと歩いてくる。
「恐れることはない! 闇はやさしくその身を包むであろう!」
「ええっ? ――あっ!」
リンの姿が消える。
いや、影の中に沈み込む。
水に沈みこむように一瞬で姿が消えてしまった。
「リン姉!?」
「お、おい!?」
大丈夫なのかよ、これ!?
「魔女よ! 再び現れよ!」
影の中からリンがせり上がってくる。
ほぼ一瞬だ!
無事である。
リンの顔色は――悪くない。
驚きと興奮、ある種の賞賛が浮かんでいる。
「――わあ! すごいですねー!」
「うむ!」
シャドウさんはまんざらでもない表情だ。
「リン、苦しくなかったか?」
「いえ、ぜんぜん! 普通に息できるんですね!」
「じゃあ次! 次、あたしやりたいっス!」
「見世物ではないのだが……よかろう!」
シャドウさんが立ち位置を変える。
一瞬のうちにトウコが影の中に沈む。
そしてすぐに、にゅっと出てくる。
「おおーっ! おもしろっ!」
「いいのかよ! いくらでもやってくれるのかよ!?」
早いし速いし!
しかも、呪文めいた口上は必要ないのかよ!?
「じゃあ俺も――」
「心得た!」
俺が言い終える前に、すでに彼は移動している。
部屋の照明が投げかけた影が俺の足元を包む。
これは――彼の影に入ることが能力の起点だ!
「ニンジャ殿にはゆっくりとお見せしよう!」
じわじわと視界が下がっていく。
背が縮んでいくような不思議な感じ!
「おおっー!?」
水の中に潜っていく感じに似ている。
もう首まで影の中だ。
床を真横から見るようなアングル。
なにこれ斬新!
息はできる。苦しくない。普通と変わりない。
体もちゃんとあるし、動かせる!
でも、出られない!?
影の中に体はある。
水と違って、影には抵抗がない。
無重力状態のようで、なににも触れないのだ。
かといって、頭に重さがかかっているわけじゃない。
不思議な感覚だ。
「すげえな! あ、俺の声聞こえてるか?」
「はい。ちゃんと聞こえてますよー」
あ、会話もできる!
声はちゃんと通るんだな!
トウコは笑いながら俺を指差す。
「ははっ! 店長、川からのぞいてるカッパみたいっス!」
「カッパじゃないし、覗いてねえわ!」
影の水面から見上げながらツッコむ。
トウコは制服。つまりスカート姿――危険な角度!
リンの顔はここからは見えない。不思議な遮蔽物に阻まれる!
斬新な光景だっ!?
覗いてなどいない! 不可抗力ですよ!




