ダイイングメッセージは冤罪で!
密室失踪事件の遺留品が示した人物は――俺。
そんな馬鹿な!?
俺は、この部屋の住人「スゲタリヒト氏」とは面識がない。
それに、パージされた時期からブログの管理人の「リヒトさん」とも考えにくい。
だが、ノートに書かれている「くろう」は黒烏善治――俺のことを指しているように思える。
身に覚えがなさすぎる!
……どういうことなんだ!?
スナバさんが俺に問う。
「知り合いだったのか?」
俺は首を横に振る。
「いやいや……スゲタリヒト氏が失踪したのは二か月前。俺が掲示板でリヒトさんとやり取りしたのはそれより後。当たり前だがこの部屋の住人と面識はない。この部屋にもはじめて来たし」
無実! 俺は無実だ!
「パージされてからゼンジさんと知り合ったんでしょうか?」
パージされた後?
ああ、同一人物だとすればそうなる。
「なあスナバさん。あり得るかな?」
「パージされた後どうなるか聞いたことはない」
だよね?
ストーカーの言葉を信じるなら、この世界から追放されるのがパージだ。
御庭の言い方なら、この世界から切り離されるのがパージ。
どっちにしろ、世界からポイされた状態である。
そのあと……なんてあるんだろうか?
だとしたら、どこへ行くんだ?
リンが眉をひそめる。
「なんだか怖いですねー」
「死後の世界とか霊界みたいな感じか? 怖いというより、うさんくさいなぁ」
ダンジョンがあるなら、オカルトじみた世界があってもおかしくはない。
御庭の話じゃ、幽霊やら妖怪は存在するらしいしな。
少なくとも吸血鬼は実際に見たし。
スナバさんが言う。
「結論は出たか?」
もう調べるべきことは調べた。
これ以上家探ししても、大した情報は出ないだろう。
というか、故人――いや、死んだわけじゃないが――の家を探るのは気が引ける。
「ああ。この部屋の住人はリアダンの関係者だった。ダンジョン保持者でパージされた可能性が高い」
「リヒトさんの可能性もありますよねー」
リンはスゲタリヒト氏とリヒトさんを同一人物だと考えているんだな。
パージ後に掲示板で俺とやり取りする、ということが可能であれば成り立つ話だ。
スナバさんはうなずく。
「では帰ろう。俺はこのパソコンをハカセに届けておく」
そう言うとスナバさんは机の上のパソコンを持ち上げる。
おお、大胆!
丸ごと持って帰るのか。
ネットワーク越しに調べるより詳細に調べられるかもしれないな。
「なんか、いいんでしょうかー?」
リンはおろおろして様子を見ている。
スナバさんは慣れた様子でパソコンを小脇に抱える。
「問題ない。パージされた場合、家族や知り合いは訪ねてこない。いずれ家主が処分するだけだ」
「言われてみればそうか……」
うーむ。悪びれもしない。当然のように持ち去ろうとしている。
これ、普通に窃盗である。
スナバさんにとっては普通なのかもしれない。
公儀隠密は非公式の組織だ。公権力が振りかざせるわけじゃない。
でも、こういう任務もあるのかも。
まあ忍者だし。
俺は小市民感覚が抜けていない。
普通の倫理観が抜けない。
ダンジョンと関わる限り、捨てなければならない感覚。
常識に縛られていては動けない。
割り切ろう!
そもそも最初から不法侵入だしな!
いまさらだったわ!
俺はリヒト氏の攻略ノートを手に取る。
「じゃあ俺はこのノートをもらっていこう。さて、帰るか!」
リアダンの情報が書き写されたノートだ。
一部は俺も忘れてしまっている。読み直したい。
俺たちはマンションのドアを開け、外に出る。
すると、隣の部屋から出てきた住人とばったり出くわした。
「あら? あなたたち……だ、誰!?」
まずいぞ!?
ノートはさておき、スナバさんが抱えているパソコンは怪しすぎる!
隣人は明らかな不信の目で俺たちを見ている。
スナバさんはシズカちゃんの頭に軽く手を乗せながら言う。
「どうも」
「……あら?」
スナバさんは自然な様子で歩いていく。
俺たちも調子を合わせて隣人に軽く会釈して通り過ぎる。
隣室から出てきた夫人は、ぼんやりした様子で俺たちを見送っている。
この反応は……認識阻害を受けたシモダさんに似ている。
俺たちへの興味を急速に失った感じ。
エレベーターに乗り込んで、ほっと息を吐く。
「ふう。騒がれるかと思ったけど、落ち着いてくれてよかったな」
「ああ。シズカのおかげだ」
リンが不思議そうにシズカちゃんに問いかける。
「シズカちゃん? なにかしてくれたの?」
「……」
シズカちゃんは恥ずかしげにうなずく。
「これがシズカの能力だ。相手を鎮静化したんだ」
「ちんせいか? 落ち着かせるってことでしょうか?」
「そうだ。部屋を探っていたときは音が外に漏れないように消していた。そういうスキルだ」
「スキル――ダンジョン保持者か!」
訳アリ無言幼女の正体はダンジョン保持者だった。




