冬休み明けは花畑で!
冬休みも終わりだ。
トウコは制服に着替えて、靴をつっかける。
「んじゃ、行ってくるっス! また明日―」
「ん? 明日?」
今日からは平日。
トウコは休日だけリンの家に泊まる約束だ。
確かに、平日は家に帰る約束だが……。
まさか約束を守るというのか!?
失礼かもしれないが、驚いてしまうな!
玄関から飛び出そうとするトウコの背中にリンが声をかける。
「あ、トウコちゃん! 晩ごはんはどうするの?」
「今日はちょっと用事あるんで! たまには二人でイチャイチャしたらいいっス!」
トウコは親指を立てる。
リンは赤くなってうつむく。
「……トウコちゃん」
「へんな気を回すな!」
「ごはんは明後日いただくっス! なんなら倍食べるんで! んじゃー!」
「おう。――て、もういないし!」
トウコは階段を飛ぶように駆け下りて、学校へ向かった。
「なんだか今日はいつにもまして元気ですねー」
「学校行きたくないー! とか言うと思ったのに意外だな」
もっとゴネるのかと思っていたんだが。
正直、肩すかしされた気分だ。
今日は晩飯を食いに来ないというのも、妙だな。
「気を使ってくれたんでしょうか?」
「うーん。ないとは言わないが……」
そんな気が回るやつか?
遠慮とか配慮ができるとは思えん。
予定があるらしいけど……。
冬休みの宿題を忘れて補習とか?
それはありそうだ。
そういえば、宿題をやってる様子はなかったぞ!?
大丈夫かよ!?
リンが名残惜しそうに言う。
「今日は私も授業があるので……」
「んじゃ俺はちょっと仕事したらダンジョン行くわ」
「はい。じゃあまた、お昼に!」
「おう!」
俺はファミレスの書類仕事をリモートで済ませる。
年末年始の営業も問題なく終わって、ひと段落だ。
新店長への引継ぎもほぼ済んだ。
人手不足対策に招いた認識阻害者のスタッフも順調に育っている。
もう少しだ。
もうすぐ、俺が手をかけなくても店は回るようになる。
ずっと身を粉にして支えてきた店だ。
離れるのは少し寂しくもあり、うれしくもある。
これから俺はダンジョンと公儀隠密の仕事をメインとする。
あとはちょっと様子を見るだけ。
社会人の身分をキープするために最低限だけやる感じだ。
俺は草原ダンジョンへ向かう。
さっきリンに頼まれていたのだ。
「さて、探すのは花畑と――燃やしてもいい場所の二つだ」
花畑はレアな地形である。
これまで一か所しか発見していない。
弱い回復効果を持つ花が生えていて、それを食べたスライムは花の蜜を蓄えている。
ドロップするスライムゼリーはほとんどスイーツである。
たくさん集めれば回復アイテムに加工できるだろう。
こっちを探すのは順当だろう。
もう一方。燃やしてもいい場所。
これはレベル上げに使う――らしい。
リンがダンジョンに潜り始めたころは、もっと茂みが多かったらしい。
モンスターに襲われて焼き払ったんだとか。
草陰に隠れるモンスターごと草地を焼き払ったおかげで簡単にレベルを上げることができた。
何度かそうしているうちに茂みは減ってきたという。
草原ダンジョン内の植物は、かなりの早さで再生する。
とはいえ限度がある。
狩りすぎたモンスターが湧きにくくなるのに似ている。
燃やしすぎると茂みは草地になってしまう。
たぶん森も焼き払えば草原になるんだろうな。
とはいえ俺がちょっと木を切ったくらいじゃ、ぜんぜん足りない。
木こり生活を続けていれば、森を開拓できるかもしれないな。
一面の麦畑を作ってスローライフに励む――
そんなこともこのダンジョンならできる。
だけど、やめておこう。
第一エリアには拠点がある。
生息しているモンスターはスライムだけ。
畑や風呂などの施設を作ってからは湧きが少ない。
第二エリアはその周辺だ。
サバンナ方向へ進むと花畑がある。
よく花蜜スライム狩りをしたところだ。
第二エリアは調査済。
花畑は一か所で、あとは草原だ。
俺は花蜜スライムを狩りながらサバンナエリアの手前まで進む。
この先は第三エリア。ウサギのいるエリアである。
第三エリアは広いので、まだ一部しか探索していない。
外周へ進むほど、エリアは広くなっていく。
第二エリアの周りを一周すれば、第三エリアは一通り探索できる。
エリアは広いからすべての床を踏んでマッピングするような方法は最初からあきらめる。
目で見て確認すれば充分だ。
一周するのは時間がかかる。
というわけで、手分けしていく!
【自律分身の術】を発動!
「俺はこっち周りで行くから逆を頼むぞ、俺!」と俺。
「おう! 反対側でな!」と自律分身。
自律分身と別れて逆方向に進む。
第二エリアのへりを周るように第三エリアを調査していく。
「これで仕事が半分になったぜ! 昼前には終わるな!」
【自律分身の術】のスキルレベルが上がったことで効果時間が伸びた。
おおむね二時間。
調査には充分な時間だ。
これまでは奥の手として残すことが多かった術だが、再使用可能時間が短くなって常用できるレベルだ!
約三時間でもう一度使える。
スキルレベル一では六時間だったんだから、かなりの進歩である。
これは格段に使いやすい!
一方で、コストはかなり重い。
体感では、俺の総魔力の四分の一ほどだろうか。
二連発したら魔力酔いが起きるかもしれない。
でも、クールダウン時間があるから連発はできないから問題ない。
ピンチのときに使う術でもないしな。
試してみたが、二体目の自律分身は出せなかった。
同時に出せるのは一体だけなのは変わらない。
いずれにしろ持続時間とクールダウン時間が狭まってきた。
これはいいぞ!
もう一段階レベルを上げれば途切れなく使えるようになるんじゃないか!?
夢が広がるぜ!
「ふーむ。ウサギエリアはこれと言って変化なしだな」
ウサギを数匹狩って、あとは駆け抜ける。
めぼしいものはない。
「お、この先はまた草原だな」
見晴らしのいいサバンナから、緑色の草が茂る草原に切り替わる。
草原ダンジョンでは、同じエリアでも地形が違う。
サバンナのウサギエリアも、森に近い林エリアも同じ第三エリアの一部だ。
変化に富んでいる。
サバンナを背に森方向へ進んでいく。
遠くに鮮やかな色が見えてきた。
赤や黄色、青にオレンジ。
風に揺れる花々が目に飛び込む。
「おおっ! これはなかなか立派だな!」
もちろん、いつもとは違う花畑だ!
俺は地図に印をつける。
柔らかい陽射しに一面の花畑。
風が花びらを吹き散らし、宙を舞う。
花の香りは甘く、少し青くさい。
「空気がうまい! 昼飯はここで決まりだな!」
あとでリンを連れて来よう。よし、決まりだ!
 




