普通の世界と異常な世界! ……普通ってなんだ!?
リンはこの世界とはなにか、と聞いた。
世界って言葉はなにを指してるんだ?
「うーん。世界ってのは、俺たちが今いるここだよな?」
俺は足元を指さす。
荒れ寺の地下。御庭の拠点。オペレーションルーム。
御庭は両手を大きく広げる。
「ここもそうだね。もっと広い。具体的に言うならこの日本、この地球、現代社会のことだね。それが僕らにとっての世界なんじゃないかな」
御庭は具体的と言うが……抽象的でつかみどころがない。
「あいまいな話になってきたな。御庭が言いたいのは普通の世界ってことか?」
「そうだね。学校や会社に行く普通の生活。モンスターもダンジョンもない。普通の人々が思う普通の世界」
普通か……。
ダンジョンが現れる前の俺は、普通の世界に生きていた。
「毎日働いて……報われない生活だったな」
「ふつーなんてつまらないっス!」
「ゼンジさんとトウコちゃんのいない生活なんて、考えられません!」
御庭は少し真面目な顔で言う。
「クロウ君たちは普通じゃない世界に生きている。ダンジョンやスキル、ファンタジーな世界だね」
「ダンジョンは異物だって前に言ってたけど、そういうことか……」
「どういうことっスか?」
「ダンジョンは世界から見て異物。俺たちはダンジョンを持ってるだろ? つまり俺たちも異物。よそ者だ。外来種なんだよ」
「だからジャマなんスか? ポイされちゃうってことっスか!?」
「普通と違うと、嫌われちゃいますよね……」
御庭が言う。
「僕ら異能者だって、普通とは言えないよね。だから元は異物だったのかもしれない。でも、長い時間をかけてこの世界になじんだんだんじゃないかな? もう認められてるって感じかな?」
「だから隠蔽がゆるくかかるのか?」
「うん。そうだと思う。僕ら異能者は普通に近い扱いをされる。まあ、お目こぼしだよね」
在来種だって、最初はどこかから入ってきたかもしれない。
まじりあって、土着した。
俺は首をひねる。
「わかるようなわからないような……」
「ぜんぜんわかんないっス!」
「異能者さんたちは、いい外来種なんでしょうかー?」
「いい外来種? 外来種にいいも悪いもあるのか?」
リンはもどかしそうに言う。
「外から入ってきたからって、みんな悪いわけじゃないですよね?」
「リンが言いたいのは動植物の外来種の話か?」
外から入ってきた生物は別に悪者じゃない。
人間が勝手に区別して駆除しようとしているだけだ。
「それもそうですけど……」
「リン君の話は的外れとは言えないね。小麦やジャガイモ、トマトも外から持ち込まれたものだ。おいしいし、役に立つ。悪いものとは言えない」
ジャガイモは最近まで日本にはなかった。
小麦って前からあったんじゃないか?
詳しいわけじゃないけどさ。
「あれ? やっぱり植物の話か? また脱線してないか?」
「これは僕ら異能者の話さ。小麦は二千年以上前。ジャガイモは数百年前。そして僕ら異能者も古くからいる。おいしいかはさておき、役には立ってるのかもしれないね」
「古くからいる……。だから世界にとっては異物じゃないってことか?」
「うん。もちろん推測だけどね。僕はそう考える。異能者は現代社会に居てもおかしくないってことさ」
「ダンジョン保持者はダメで、異能者はアリだって言いたいのか?」
「わかんないっス! 同じじゃないっスか?」
リンが言う。
「魔法はダメだけど、超能力は普通っぽいってことですよね?」
「そうだよリン君!」
御庭はリンを両手で指さす。
正解、ってことか。
「まだ俺にはピンとこないけどな」
魔法と超能力は似ている。
不思議な力で炎を生み出したりする。
どっちも普通じゃないだろ?
トウコが言う。
「超能力は現代能力バトルか、SFっぽいっス!」
ん? 漫画で言うところのジャンルの話か?
現代社会になじむかどうか……?
「そう言われれば、魔法は現代っぽくないな」
御庭が言う。
「そうだよ二人とも。具体的に考えてみようか。ドラゴンが日本にいたらどう思う? この世界にふさわしいかな?」
「ふさわしくない。ドラゴンはファンタジーっぽい」
「じゃあ、ゴブリンは?」
「アウトだよな」
「鬼ならどうかな?」
「お? ちょっと現代っぽいか?」
ファンタジー感は薄れる。
「わかります! 昔話みたいな感じでしょうかー?」
御庭がパチンと指を鳴らして、リンを指さす。
「そう! 鬼は昔から日本にいる。陰陽師とか、妖怪退治なんかもそうだよね?」
昔々あるところに鬼が居ました。
陰陽師が退治しました。異能で。
うーん。わかる気がする。
「つまり鬼は日本になじんでいる。陰陽師や妖怪もアリってことか?」
「うんうん。はっきりした区切りのある話じゃないけど、なんとなく、っぽいでしょ?」
別に日本じゃなくても鬼はいる。
呼び方が違うだけで、不思議な存在はまぎれている。
「じゃあ吸血鬼だったらどうかな? この世界……地球に居たら不自然かな?」
「不自然だろ? ……だけど、ドラゴンやゴブリンよりはマシか……?」
「吸血鬼なら現代っぽいっス!」
「うーん。吸血鬼は実際に見たし、居るんだよな?」
「うん。吸血鬼は存在する。これはダンジョンから出てきたわけじゃないんだよ。この世界に根付いている普通の存在だ」
「……いやいや、普通じゃないだろ!」
「異能者のことを、クロウ君は知らなかったよね? うさんくさいと思ったはずだ。同じだよ。吸血鬼の存在も隠蔽されてるんだ。僕ら異能者のように、グレーな存在なんだね」
「普通か異常かなんて、あいまいでわかりそうにないな」
「僕にだってわからないさ。知りえる情報から推測できるだけだ。で、話を戻そう」
「ん。どこまで戻す? この世界についてか? ポーションか?」
「クロウ君からみて、ポーションはこの世界にふさわしいかな?」
昔々あるところにおじいさんとおばあさんがいました。
ポーションで腰痛が治りました。
うむ……アウト!
「……ふさわしくない。ファンタジーまるだしだ!」
「ゲームっぽいっス!」
「そうですねー。ぜんぜん、この日本にはなじみそうにないです!」
そうだ。普通の世界。現実世界。
この世界にポーションはふさわしくない!




