黒い獣は共食いで!
伊達男と暴食と呼ばれた男は、やや険悪な雰囲気で会話している。
俺は木の陰からそれを観察している。
バレていない。
あたりには血の匂いが立ち込め、獣たちは興奮して吠えている。
おかげで俺の気配が目立たずにすむ。
ウラドが苛立たしげに言う。
「このままじゃダンジョンがはちきれる! そうなれば、餌場がなくなるぞ!」
暴食は舌打ちする。
「ちっ! なら急ぐとしよう! ――出ろ、獣ども!」
暴食の足元から、黒い影がわいて出る。
影のように見えたそれは――獣だ。
その姿は、このダンジョンで見慣れた大型の獣によく似ている。
違うのは色。
体毛というより、全身が黒。
墨や影で作られているようにも見えるが、実体はありそうだ。
「グルル……」
唸り声をあげるその姿にはどこか禍々しさを感じる。
暴食の足元から次々と黒い獣が現れる。
すぐに十数匹の群れとなって、ダンジョンの獣へと襲いかかってく。
ダンジョンの獣はそれを迎え撃つ。
まるで共食いだ!
黒い獣がダンジョンの獣にかみついて引き倒す。
そこへ別の獣が襲いかかる。
黒い獣が傷ついて、黒い血が流れ出る。
……普通の生き物とは違う。
二種の獣の群れはお互いを食い合っている。
もう辺りは血の海のようだ。
土にしみこむよりも流れる血が多い。
ひどい光景だ……。
個体の強さはダンジョンの獣のほうが強いようだ。
だが、暴食は次々と黒い獣を呼び出していく。
俺の【分身の術】のようなものだろうか。
あるいは召喚とか……そういうスキルか?
だんだんと数で圧倒して、ダンジョンの獣が減っていく。
暴食も手を振るって、獣を食い続けている。
獣は数を減らしていく――
もう、勝負は一方的になってきた。
そのとき森の奥から、身の毛がよだつような咆哮が聞こえてくる――
「ガォォォォ――!」
びりびりと森の木々を震わせ、巨大な獣が現れる。
――デカい!
ボス個体だろう!
首が二つある巨大な獣だ。
大きな口を開け、そこからチロチロと炎が出ている。
獣が首をもたげて、炎を吐きつける。
二人はそれを飛び退いてかわす。
炎が激しく吹き抜ける。
黒い獣も残っていた獣も、もろともに吹き飛んでいく。
地面が黒く焼け焦げて、くすぶる。
大した火力だ!
かなり離れている俺のところまで熱気が来るほどだ。
伊達男がきびしい口調で言う。
「――来たぞ。ボスだ。倒してもいいが、食うんじゃないぞ!」
「ああ。……我慢できたらな?」
「もし食ったなら、私の忍耐は限界を迎えると知れ!」
「くくっ! お前を食ってみるのもいいかもしれんなぁ?」
この二人、ウラドと暴食に上下関係はないのだ。
共闘しているように見えるが、同じ組織に属していないのかもしれない。
ウラドの目的は収穫。タネを刈り取ること。
タネとはボスのことだろう。
ダンジョンを育てて、はちきれる前に収穫するってことだ。
そのためにはボスを食われては困るらしい。
つまり、ウラドの目的はボスにある。
ボスを倒すこと。倒して得られるなにか……。
一方、暴食の目的は食事だ。
ウラドとはそう約束して、ここにいる。
ただ、腹を満たしたいだけというシンプルな理由だ。
暴食は、ボスだろうがウラドだろうが食えればそれで良いのだろう。
だが、餌場がなくなってはこまるに違いない。
餌場とはこの場所。つまりダンジョンのことだ。
でも、ボスを倒せばダンジョンは消えるはずだが……?
ふむ……。
似たようなダンジョンがあって、それをウラドが紹介するということか?
「話は終わりだ! くるぞ暴食!」
「ああ、殺るぞ!」
「ガォォッ!」
双頭の大型獣とウラドたちは戦闘を始める。
俺はゆっくりと後退して、その場を去る。
――ここが退き時だ!
戦う様子を見てみたいとは思うが、それはできない。
ボスを倒せば奴らはここを出る。
そのとき、隠れきれるかはわからない。
俺がこの場にいたことすら知られず、ひそかに立ち去るのが一番!
情報は充分に得た!
こいつらがボスを倒すなら、ダンジョンも領域も消えるはず!
その前に、さっさと脱出するぜ!




