パワハラ上司とチンピラ部下! ブラック組織には入りたくないね!?
俺は物陰に忍んで会話を盗み聞きしている。
「な、中はもう敵が強すぎて……! 暴食も話が通じる相手じゃない! 言ってもきかないんです! 俺にはムリですよ!」
「無理だと? お前に与えた力はなんのためだ?」
革ジャン男の口元からは牙が見えている。
やはりキバオの仲間だ。
たぶん……吸血鬼なんだろう。
「そりゃ、血を味わう……いや、ウラドさんのお役に立つため、です」
「それで、お前は役に立てているのか? 私は無理なことを指示した覚えはない」
伊達男の名前はウラド、というのか。
苗字かな?
顔は見えないし、肌も見えない。
手袋までしているじゃあないか。
「いえ、お役に立とうとしているところでして……」
「ほかの部下どもはどうした? お前がまとめ役をかって出たんだったな?」
男はバツが悪そうに言う。
「その……あいつらも連絡が取れなくなってまして……逃げたか、やられたか……」
伊達男が鼻で笑うと、キザな様子で首を振る。
「ふん……。どうしてこう、無能ばかりなんだ!」
「ええと、なんででしょうね?」
革ジャンの男は追従するような、うす笑いを浮かべている。
「答えるな。お前に聞いたのではない……まったく。私はこれから中に入る。お前には無理なんだったな?」
伊達男――ウラドは店の奥を示す。
おそらくは転送門があるのだろう。ここからは見えない。
革ジャンの男はほっとしたような表情を浮かべる。
危険なダンジョンに入らなくてすむと思ったのか。
その選択肢に飛びつくように答える。
「ムリです! ……じゃ、じゃあ俺はもう帰っても……?」
伊達男が革ジャン男の首をつかんで引き寄せる。
「帰るだと? 役割もこなせず、役に立てないお前が家に帰れると思うか? 私に手間をかけさせておいて?」
「ひ、ひぃ! ……ま、待ってください!」
伊達男は片腕で男の首をつかんで持ち上げる。
革ジャン男の足が浮く。
すごい力だ!
いや、すごいのは力だけじゃない。
バランス感覚どうなってんだ……!?
伊達男は揺るがずに立っている。
踏ん張っているわけでもないのに、大人の男を抱えても姿勢が崩れない。
漫画じゃあるまいし、物理法則を無視したような動きだぞ!?
伊達男の声は冷たい。
「待てだと? これ以上、まだ時間を無駄にさせるつもりか! 役立たずが! 与えた力を返してもらうぞ!」
「う……うああ! ま、待ってください! ぎゃぁぁっ!」
革ジャン男が苦悶の声を上げる。
顔に血管が浮き出す。どくどくと激しく脈打つ。
どんどん顔色が悪くなって、土気色になってしまう。
まるで死人のようだ。
水分を失って渇いていくような……。
体液か? 血液をしぼり取られている!?
伊達男が男に触れているのは腕と喉元だけ。
噛みついたりしてはいない。
どういう仕組みだ……?
革ジャンの男が体をばたつかせながら言う。
「ま、待って……る、ルートが無駄になります! 俺が死んだら販売ルートが仕切れなくなります! ああ……ま、まだお役に立てるんです……うあぁっ」
ハリを失った顔はそげて、やせ細っていくかのようだ。
皮膚が骨に張り付いて骸骨のようになっている。
伊達男が意外そうに言う。
「ほう? 残った連中に任せようと思ったが……」
革ジャン男は乾いてガラガラになった声で、必死に懇願する。
「それはムリです! 俺が仕切ってるんです! 俺にしかできない! 殺さないで……お、お役に立てますから!」
「ふむ。そうか? そうであれば、お前を殺したほうが手間が増えるかもしれん。いいだろう。見逃してやる。だが、次はない」
伊達男が手を離すと、革ジャン男は足元に落ちてひざから崩れ落ちる。
すぐに顔を上げて、必死の表情で言う。
伊達男にすがりつかんばかりだ。
「は、はい! もちろんです! 約束します! この命に代えても!」
「では行け! 時間を無駄にするな!」
うわあ。なんというかもう、パワハラがスゴイ。
ボスに怒られる下っ端感が丸出しだ!
ブラック労働組織じゃないかコレ!
つまり悪の組織だな!?
「ひい! わ、わかりましたー! 失礼します!」
革ジャンの男は一目散にこの場を後にする。
「ふん……」
それを見ることすらせず、伊達男は俺の視界から消える。
……気配も物音も消える。
おそらく前方に転送門があるんだ。そこへ入ったんだろう。
「ふう。行ったようだな」
俺はほっと息を吐く。
バレずにすんだな。
そして、さっきのやりとりを振り返る。
うーむ。有益な情報が手に入った気がする。
おそらく奴らは吸血鬼。
伊達男のウラドが、革ジャンの男に命令を下していた。
革ジャンの男はエスカレーターを守っているキバオたちのリーダー、まとめ役だった。
自らまとめ役に立候補したらしい。
革ジャン男は、元はリーダーではなかったということだ。
今回の目的のための仮のまとめ役ってことになる。
つまり、しっかりした組織として普段からチームとして行動していない。
一方で、革ジャン男は「販売ルート」を仕切っている。
なにかを売る手段や人脈を持っているのだろう。
やつらはなにかを販売している……。
これは、片目の獣に食われたキバオが使っていたあの薬が関係しているんじゃあないか!?
回復効果のある薬のようななにか。
一つ拾って、いまは俺のポケットにある赤いカプセル。
これを販売するルートということになるんじゃないか?
推測でしかないが、そう遠くないはずだ。
そして伊達男のウラド。こいつは吸血鬼だろう。
これも推測だ。
でも俺は吸血鬼モノの映画や漫画には詳しいんだ!
創作物とはいえ、共通点が多い。
まずは帽子や手袋など、肌を露出しない服装。
日光が弱点だったら、こういう服を選ぶ。
ウラドの言動からわかる、力を与えたり奪ったりする能力。
キバオが持っている変身や再生能力。それに魔法。
革ジャンの男はウラドから力を与えられている。
つまりは血を分けた眷属。配下だ。
血を吸うことで吸血鬼は増える。
すくなくとも創作のモンスターはそうする。
首筋に噛みついたりはしないようだが……腕からも血が吸えるのかもな。
あるいはスキルや魔法的な方法かもしれない。
いろいろとわかってきた。
やはり情報収集に【隠密】は便利だ。
もっと育てたいんだけど、スキルポイントがない。
いつだってカツカツだ。
隠密は便利だけどあまり特化もできない。
発見された場合は戦闘になるから、極振りなんてできないのだ。
悩ましいぜ。
バランスを考えてスキルを選ばないとな。
などと考えながら、心の準備を済ませた。
「さて……乗り込むぞ!」
俺は誰もいない洋服店へと足を向けた。




