ソロ忍者の隠密ムーブ! 戦うばかりが能じゃない!?
二匹の獣は店内を鼻をひくつかせている。
潜んでいる俺に獣は気づかない。
バレていない!
怪しむ様子で店内にとどまっているので完全とは言えないが、ギリギリ隠れられるようだ。
ただ、動くと【隠密】は弱まる。
近くに居られると、こっちも動けない。
膠着状態だ。
だが、俺はあせらない。
【瞑想】で回復する時間だと思えばいい。
もう救出するべき客もいない。
第一目標は逃がしたし、リンたちに任せて不安はない。
判断に迷うことがあれば抜け目ないサタケさんがなんとかしてくれるはず。
とはいえ、いつまでも待ってはいられない。
帰りが遅いと心配させてしまうからな。
どうするか。
獣を一匹ずつ、暗殺してみるか?
隠密ムーブはひさしぶりだ。
最近はパーティプレイだから、正面から戦うことが多い。
気付かれていない状態で攻撃すれば【致命の一撃】や【暗殺】が発動する。
ヒットポイント持ちに対して暗殺を狙ったことはない。
弱体化したスキルでは一撃で決められるかは微妙なラインだ。
俺はじりじりと位置を変えて、獣の背後に回る。
気づかれていない。殺れる……!
む……!?
物音がする。通路側からだ!
俺は獣の暗殺を中断して、物陰で息を殺して忍ぶ。
コツコツと革靴の足音。男性の靴音。
走っているのではなく、歩いている。
あせりは感じない。
まるで買い物でもするような軽い足取り。
これはおかしい。
モンスターがうろついている状況に驚いていない。
もはや味方や一般客だとは期待できない。
牙の生えた連中だと想定しよう。
俺は隠れているので、相手の姿は視認できない。
顔を出して発見されるようなマヌケな行動はとれない。
あきれたような男の声がする。
「ふん……。部下が戦っているのかと思ったら、もう終わったあとか。ふがいない連中め。こんな程度の犬畜生に食われたとでも言うのか……。高貴な血を受けておきながら、なぜ当たり前の働きができんのだ!」
……部下?
つまり、キバオたちの上司にあたるのか?
足音が止まる。男は店の前で足を止めたようだ。
隠れることなく姿を見せた男に、獣がうなり声を上げる。
「ガルルッ!」
「ふん、やはり犬畜生だな。力の差というものがわかっていない。なぜ当たり前のことがわからんのだ?」
「ガウッ!」
獣が床を蹴る音。
薄暗い店内にフラッシュのような光が放たれる。
「ギャウン!」
「キャイン」
二匹の獣が悲痛な声を上げる。
それきり声は聞こえない。倒された?
一撃で二匹を殺ったのか……!?
こいつは手練れだぞ!
獣は三人でも数手の攻撃がいる。
俺一人なら何度も攻撃を加えなきゃ倒せない敵だ。
攻撃らしき光が見えたとき、銃声は聞こえなかった。
つまりさっきの光はスキルか魔法の類だろう。
詠唱やかけ声もなく、即座に発動している。
男が独り言ちる。
「ふん。つまらん。まったく、誰も彼も使えない。どうして時間を守れない。どうして持ち場を守れない! そんなに難しいことか?」
そして、足音が遠ざかっていく。
……気づかれなかったようだ。
気を引いてくれた獣のおかげか。
あるいは【隠密】【消臭】がさっそく役に立ったか。
戦ってみたい相手ではないな。
おそらくは格上だ。
「血がどうとか言っていたな……これは吸血鬼説が濃厚になってきたぞ」
さっきの片目の獣が強化されたのはそれか?
吸血鬼を捕食して再生能力を得たのかもしれない。
吸血獣になったのか……。
さて、どうするか。
ここで帰ってもいい。
救助する一般人は見当たらない。
公儀隠密のメンバーは救出できた。
第一の目標は達成している。
第一目標は達成しているんだ。
無理してもしかたない。
さっきの男と戦うのは避けたいんだよな。
「だけど、もっと情報がほしい……」
男が歩いて行った方向には何かがある。
おそらくはダンジョンの入口。
男は時間を気にしていた。
それはキバオが言っていた……収穫か!?
男を追えば奴らの目的がわかるはず。
探ってみるべきか……?
戦うつもりはない。
悪性ダンジョンも攻略できない。
ダンジョンの中にも吸血鬼らしき集団がいるはずだ。
当然、獣のモンスターやボス個体がいる。
ダンジョンの外でもかなり強いから、中ではもっと危険だ。
ボスを倒してダンジョン領域の拡張を止めるのは難しい。
一人で戦って生き抜く自信はない。
俺の力も強まるとはいえ……ムリがある。
しかし、戦わなければどうだ?
そのための【隠密】だ。こういう状況を想定して鍛えたのだ。
不安もある。
【消臭】は充分に検証できていない。
だが、いつでも準備万端で挑めるほど甘くはない。
敵は待ってくれない。状況は動いている。
この事件の真相……目的が分かれば今後の対策も打てる。
いま俺がいるこのショッピングセンターのほかにも、大きなダンジョンが出現しているのだ。
異常事態だ。それこそ、この世界に訪れた未曾有の危機。
御庭やハカセも想定していなかった事態である。
今日ここで、多くの一般客が命を失った。
公儀隠密のメンバーも亡くなっている。
俺はこういう事態を防ぐために公儀隠密に入ったんだ。
自分の生活。大切な人との暮らし。
それを守る。
結局、俺たちはこの日本で暮らしている。
ダンジョンが社会を脅かしている状況では、自分のささやかな幸福は守れない。
遠いどこかの出来事じゃないんだ。
他人事だと見て見ぬふりはできない。
結局は自分のため。
俺を取り巻く世界を救うのは当然のことだ!
そうはいっても、最優先すべきは情報より安全だ。
無理して死んでは元も子もない。
できる限りの情報を収集したら、欲張らずに逃げる。
忍者の本分は生きて情報を持ち帰ることだ。
隠密情報収集ミッションだ!
誤字報告ありがとうございます!
ご意見ご感想お待ちしております! お気軽にどうぞ!
「いいね」も励みになります!




