声の呼ぶほうへ……! 血湧き肉躍る……!?
俺は一人、うす暗いショッピングセンターを駆けていく。
さっき倒したような大型の獣がうろついている。
さいわい、数は多くない。
大型になったかわりに群れていないという感じか。
【隠密】でやり過ごそうとしても、匂いで気付かれてしまう。
【消音】で音は軽減しているが、匂いは消せていない。
鼻のきく動物から身を隠すのは難しい。
「グルル……」
獣が俺の匂いに反応している。
【隠密】だけでは隠れきれない。
なら分身だ!
分身を走らせて獣の注意をひく。
獣は、それを追って離れていった。
「よし、つれた!」
俺は戦闘音のするほうへと向かった。
戦闘現場が見えてきた。
まずは、物陰に潜んで様子をみる。
戦っているのは獣と一人の男だ。
男の口からは牙がのぞいている。
生存者ではない。キバオの仲間だろう。
両腕が太く盛り上がって、爪が鋭く伸びている。
裂けた上着がぼろきれのようにまとわりついている。
牙男が戦っている相手は大型の獣が二匹。
一匹は体から血を流して弱っている。
もう一体に傷はない。
「くそっ! キリがねえ! 欲をかかずにさっさと帰ればよかった!」
……帰る?
なにか目的があってここに居ると思っていたが、用事は済んだってことか?
獣が牙男に跳びかかる。
男はそれを避けながら攻撃。
二匹目の攻撃で、牙男は傷を負う。
「くそっくそっ! もう少し食えれば格上げだったのに! こ、こんなところで……!」
「ガウォ!」
牙男は獣の攻撃をなんとかかわす。
俺は気配を消して様子見を続ける。
牙男に加勢しようと考えもした。
だが、さっきの言葉で考えを打ち消した。
もう少し食えれば――という言葉。
それが意味するのは人間を食べるということ。
その証拠に、牙男は獣の血肉に興味を示していない。
牙男は劣勢だ。
被弾が続いて、もう動きが鈍くなっている。
牙男がポケットをまさぐり、なにかを取り出した。
手のひらに乗るほど小さい。
牙男はそれを見つめて、迷いを見せている。
獣は容赦なく男を襲う。
からくも獣の攻撃を回避して、牙男が言う。
「く、っそ。使うしかない! カラダが持つか……!?」
手のひらに乗せていたなにかを口に入れて飲み込む。
薬か?
牙男の傷が癒えていく――
恍惚とした表情で、牙男が言う。
「おおっ! たぎる! みなぎるっ! いっちまいそうだぜ!」
跳びかかった獣を手を振って打ち倒す。
弱っていた獣が塵になって消える。
もう一体が怒りの唸り声をあげて跳びかかる。
「ガウッ!」
前足の一撃が、牙男の胸元を裂く。
血が噴き出す。
だが、その血はすぐに止まった。
「ははっ! 体が軽い! 間に合った! 足りたんだ……くそ、ならもっと早く使えばよかったぜ!」
牙男は笑いながら獣へと攻撃を続ける。
割かれた服から、なにかがこぼれ落ちる。
小さい。
……例の薬か?
俺のいる位置からではよく見えない。
バレるリスクは上がるが、もう少し近づくか?
牙男の胸の傷がふさがっていく。
もう血も出ない。
おいおい、なんて回復力だよ!?
もともとの傷を治して、さらに胸の傷を癒した。
回復効果が続いているのか!?
ポーションだって、こうはならない。
飲んですぐ効果を発揮するが、一度きりだ。
俺の薬草丸には持続回復効果がある。
だがこれは、けた違いだ!
回復量が強すぎる!
俺は慎重に、落ちている品物へ近づく。
牙男と獣は戦っていて俺には気づかない。
これ以上近づくと、さすがにバレる。
ここが限界!
――【引き寄せの術】を発動!
するすると、手元に牙男が落としたものが引き寄せられる。
これは――カプセルか?
市販の風邪薬よりは少し大きい。
赤いカプセル。どろりとした液体が入っている。
「ははっ! ははハッ! 絶好調だぜェ!」
男は笑いながら爪を振るう。
残った獣を追い詰めていく。
男の爪が獣の顔面をとらえる。
「ギャウッ!」
獣の顔面に大きな傷ができて、赤い肉がのぞく。
目玉がつぶれて、血のような体液が涙のように流れている。
牙男はさらに追撃しようと腕を振りかぶる。
「はハハ! ――あ、ウウ!?」
男ははっと、表情を変える。
様子が変だ。
「く、クソォ……! だめダ! タりネエ! やっぱり、カクが足りてネエんダ!」
牙男の顔に恐怖がはいあがる。
そして、胸をおさえて片膝をつく。
手には血がついている。
さっきふさがった胸の傷が開いたのか。
そこから、派手に血が噴き出す。
「ああァっ!」
胸だけじゃない。
腕からも血が噴き出している。
太く盛り上がった腕の血管が、ふくれ上がってはじけ飛んだ。
激しくけいれんして、傷口から肉が盛り上がる。
肉はそのまま外側にはみ出すように成長していく。
もはや腕とは呼べない。肉塊だ。
膨れあがった肉が、熟れすぎた果物のように崩れて爆ぜる。
おびたたしい血がまき散らされる。
ぐ、グロい……!
「ぐはッ! うウ……ウォォ!」
口からも盛大に血を吐いて、牙男が倒れる。
そこへ獣が近づいていく。
牙男はあきらかに弱っている。
だが、獣が待ってくれるわけない。
獣は大口を広げて飛びかかる。
牙男は顔だけでそれを見て、目を見開く。
「ガアゥ!」
「くそッ……こんなァ――」
牙男はそれ以上、言えなかった。
大きな顎が閉じられ、果物を潰すように頭部が砕けた。
獣はぼりぼりと骨をかみ砕き、肉を咀嚼する。
獣の口元から血があふれて流れ出る。
そして首を失った死体は、塵となって消えた。
「――グォォオッ!」
獣が勝利の雄たけびを上げる。
そして――血走った片目を俺の潜む物陰へと向けた。
……バレているな!
戦うしかない!
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