拡張するダンジョン領域と巨大な獣! やっぱり獣は鼻が利く!?
エスカレーターの前を大型の獣がうろついている。
コイツを倒さないと下の階へ行けない。
俺は【隠密】【消音】状態で姿勢を低くして忍び寄る。
獣が反応する。
「グルゥ……?」
「む……やはり隠密ではごまかせないか! なら、正面から突破だ!」
俺は刀を抜いて走る。
そして、二人の遠距離攻撃が飛ぶ。
「チャージショットっ!」
「ファイアーランスっ!」
初手から全力の一撃。
不意打ちできなくても、開幕から必殺技をぶちかましていく!
「ギャッン!」
獣の鼻面に炸裂したチャージショットに獣がひるむ。
喉のあたりに着弾した炎の槍が毛皮を焼く。
だが倒れない。
炎も小さくなって鎮火してしまう。
ヒットポイントありか!
大型な獣は憎々し気に、攻撃の飛んできた方向をにらんでいる。
よそ見してくれるなら好都合!
俺はもう、獣のすぐそばまで走り寄っている。
刀をバットのように両手でつかんで、大きく振る。
「――うりゃあっ! フルスイングッ!」
スキだらけの獣の横面へ刀の峰がめりこむ。
「ギャッ!」
ノックバック効果によって、獣が大きくよろめく。
俺に喉元を見せる格好だ。
振りぬいた刀から片手を放して、刀を返す。
がら空きになった喉元へと刃をひらめかせる。
「うりゃっ! ――ファストスラッシュ!」
斬りつけ、さらにファストスラッシュを発動して高速の突き。
手ごたえあり!
「ゲ、ゲフッ」
獣が口から血を流す。突きは喉を貫通している。
俺は刀を引き抜いて、背後へ飛ぶ。
獣が振り下ろした前足の一撃が空をきる。
動きは鈍い。
銃弾と魔法が放たれ、獣が倒れる。
大きなその体が塵となって消えた。
銃弾が転がる。マグナム弾だ。
トドメを刺したのはトウコだったようだな。
トウコは弾丸を拾って装填する。
「チョロっ! ボスに比べたら弱いっスね!」
「まあ、ちょっと大きいけどザコ敵だろ」
リンが言う。
「周囲に魔力の反応はありません。いまのうちに……」
俺は左右を見回す。
見える範囲に敵はいない。
俺はハルコさんの壁に隠れている皆に声をかける。
「これで下の階へ行ける! 進もう!」
ハルコさんがおっかなびっくりという様子で壁から出てくる。
「さすがというか……簡単にたおしちゃうんですねぇ?」
「いい手際だな。クロウさん……ごほっ」
「す、すごいですね……!」
生存者の二人も驚いている。
感想はあとで。
早く移動しよう。
俺は皆を手招きして、急がせる。
「早く二階へ! 音を聞きつけて別のが来るぞ!」
「来たら倒すだけっス!」
トウコは自信満々だ。
だが、いま戦うのは最小限でいい。
一匹の獣なら、倒すのはたやすい。
だが、群れになると対応に時間がかかる。
囲まれたら、生存者を守れない。
敵が集まってくる前に移動せねば!
「戦うより逃げることを優先するんだ! きりがないからな!」
「はいっ! 外へ出ちゃえばいいんですよねー?」
ダンジョン領域からモンスターは出られない。
階を越えて追ってくるかはわからないが、下の階に行けば敵も弱くなる。
三階から離れればもっと安全になるはずだ。
「そうだ! 逃げるが勝ち! みんな、あわてずに急いでくれ!」
「ああ、急ごう……げほっげほっ!」
サタケさんは足を速めるが、苦しそうだ。
エドガワ君は彼を支えて歩いている。
走るのはムリだな……。
その時、遠くで音が聞こえた。
男の叫び声と、獣の咆哮。
なにかが壊れる音。戦闘の気配だ!
「なんか叫んでるっス! キバオっスかね?」
「逃げ遅れた人かもしれません! ゼンジさん……どうしましょうか!?」
このまま生存者を連れて三階をうろつくことはできない。
「……とりあえずハルコさんたちは下へ向かってくれ!」
「はぁい。じゃ、みなさん、行きましょう?」
ハルコさんと生存者は下へ向かう。
サタケさんは俺に頷きかけると、エドガワ君に支えられてエスカレーターを降りていく。
俺は考える。
三階はまだほとんど探索していない。
生存者がいるかもしれない。
サタケさんたちのように籠城していれば、生き延びていてもおかしくない。
可能性は高くないが……。
一方で、キバオたちの可能性もある。
わざわざ階段から客が逃げないようにしていたのだ。
なにか目的があって、ここにいるに違いない。
事件の中心はダンジョンに違いない。
転送門は三階の端だとエドガワ君は言っていた。
「生存者の可能性が捨てきれない。俺が様子を見てくる!」
「あぶないですよ、ゼンジさん!」
「それならあたしたちも一緒に行くっス!」
「いや、二人はみんなを安全な場所へとどけてくれ」
俺はじっと二人の顔を見る。
リンが頷く。
「……わかりました。ゼンジさん。無理しないでください」
「ああ、もちろん危なくなったら逃げてくるさ」
トウコは納得していない顔だ。
「トウコ、みんなの避難が第一目標だ! 守ってやってくれ!」
「ちぇー。しょうがないっスねえ。まかされたっス! 外まで連れてったら戻ってくるっスよ!」
「ああ、頼む。だけど、戻ってこなくていい。合流できないと困るからな」
ダンジョン内で電話はできない。
はぐれてお互いを探すことになったら困る。
ミイラ取りがミイラになっちまう。
「りょ!」
「気を付けてくださいね、ゼンジさん!」
「ああ、そっちも! では、あとでな!」
そう言うと俺は声のした方向へと走った。




