化粧室は立ち入り禁止!? 個人的な空間です!? その2
ここはトイレの入り口。
エドガワくんが後退していくのに合わせて、俺はゆっくりと中に入った。
壁に寄りかかるようにして男性が座り込んでいる。
手には拳銃が握られている。
こちらに向けて構えてはいない。
三十代くらい。
目つきは鋭く油断がない。
俺の背中あたり、刀に目を止める。
負傷しているのか、胸のあたりを手で押さえている。
男性が口を開く。
「俺は公儀隠密のサタケだ。調査チームのリーダーをしている」
「俺はクロウといいます。ほかに二名の仲間と一名の民間人が後ろで待ってます」
サタケさんは咳き込みながら、胸のあたりを押さえている。
「げほっ……救出に来てくれたんだな? その腕時計……支給品だ。あんたを信じる」
サタケさんが自分の腕を見せる。
俺と同じスマートウォッチが巻かれている。
「あ、これか。今日もらったばかりだけど……」
よく見れば、エドガワ君の腕にもある。
公儀隠密には制服はない。
だから見た目で所属はわからない。
この腕時計のおかげで、はからずも仲間だと証明できた。
しかし……敵にも見分けられてしまうんじゃないか?
サタケさんが話し出す。
「まずは情報交換させてくれ。こちらは一名やられた。……ミムラを失った」
「そうか……すまない。間に合わなかった……」
俺は顔を曇らせる。
ミムラさんの姿はトイレ内に見えない。
そうだ……きっともう、この地上のどこにもいない。
死体すらも失われてしまったんだ。
「いや、君のせいじゃない。こちらの問題だ。でも、クロウさんだったね? 気遣いをありがとう」
「はい……」
「それに、助けが来るとは考えていなかった。このままここに足止めされるところだ。来てくれて感謝する!」
「いえ。感謝は外に出てからにしてください」
サタケさんは話を戻す。
無念さをにじませていたのは短い時間だ。
まるで訓練された軍人や警察官みたいに、実務的である。
「クロウさん。状況を説明させてくれ。――こちらは、二名の生存者を確保している。ここで俺たちが何を話しても、外に出れば忘れてしまうから、気にせず話してくれていい」
サタケさんの近くに二人の男女がいる。
憔悴した様子で、無言で座り込んでいる。
彼らは外に出るときに認識阻害を受ける。
ダンジョン領域内の異変についての記憶は奪われてしまう。
俺たちの存在も忘れて、ガスもれ事故かなにかだと認識するはずだ。
異能者、ダンジョン保持者、もともとダンジョンについて知っている人は別だ。
俺たちは問題ない。サタケさんたちも問題ない。
だが、ハルコさんは異能者だ。
公儀隠密メンバではない一般人である。
余計なことを知るべきではない。
俺は懸念事項が伝わるように言う。
「わかりました。俺たちの連れている一般人は異能者です。簡単にしか情報は伝えていません。そういうつもりで話してください」
彼女の記憶は消えずに残る。
話せないこともあるだろう。
サタケさんの顔に理解が広がる。
「ああ、承知した。外で合流したんだな? げほっ……。こんな状況じゃ、普通の奴は生き残れない……俺もこのざまだ」
サタケさんは苦々しげな表情を浮かべる。
少し自嘲も込められているか。
「ケガは悪いんですか?」
「深くはないが、素早く動ける自信はない。肋骨が折れていると思う」
外から見てわかるような出血はない。
ポーションを使うか?
そう考えて【忍具収納】を意識する。
そのとたん、なにかヤバい感覚を覚える。
これは世界による隠蔽の警告だ……!
ポーションの使用は禁則事項に触れるらしい。
使うまえに知らせてくるあたり、親切なのか?
ペナルティが重いのかもしれない。
「……話せそうなら、もう少し情報をいただけますか?」
「ああ、心配をかけてすまない。話せる」
彼には悪いが、ポーションはやめておく。
もちろん、死に瀕するような重傷だったら……俺は迷わず使う。
でも、サタケさんは死ぬようなケガではない。申し訳ないが我慢してもらおう。
そもそも、使った場合のリスクがでかい。
領域内では【忍具収納】は二枠しかない。
三枠目のポーションは、ここでは引き出せないのだ。
だから、使えるポーションはひとつだけだ。
ここを脱出するまでは、なにが起きるかわからない。
いまは使うべきではない。
それに、さっきのイヤな感覚だ。
スキルも忍具も使えるなら、ポーション手拭いも使えると思ったが……。
いや、やっぱり領域内で使うのは危険だということだろう。
ポーションを使うのは最後の手段とする。
俺はサタケさんに訊ねる。
「このフロアにまだ生存者がいると思いますか?」
「わからん。俺たちは早い段階でここに立てこもったんだ。エドガワがいなければ全滅していただろうな」
俺はちらりとエドガワ君をみる。
俺を通したあと、再び入口に戻った。
話は聞いているようだが、うつむいている。
「異能ですね?」
「ああ。エドガワ、話していいか?」
話をふられたエドガワ君はびくっとして答える。
「ど、どうぞ」
「エドガワの能力は本来、人に近寄られないというものだ。気を使ってもらえるという程度。満員電車に乗っても密着されないくらいの能力だった」
気を使ってもらえる……?
無意識に働きかけて、遠慮してもらえるのか?
――戦闘力のない異能者が一名。
事前の説明で御庭はそう言っていた。
たしかに戦闘向きの能力じゃないが……。
俺は訝しむ。
獣が気を使ってトイレに入るのを待ってくれたとでも言うのか?
「その能力で、ここを守ったと?」
「……そう。ここにきて成長したんだ――」
なに!? 異能が成長するだと!?
 




