化粧室は立ち入り禁止!? 個人的な空間です!?
「――誰かそこにいるなら出てきてくれ。俺たちは敵じゃない。助けに来たぞ!」
ややあって、トイレのほうから返事が返ってきた。
中性的だが、おそらく男性の声。若い。
声は頼りなく震えている。
「こ、来ないでください! もうだまされませんよ……!」
「うえぇ? こっちは助けに来たんスよ? だましたりしないっス!」
リンが俺に耳打ちする。
「……はっきりした魔力の反応がトイレの入口にひとつ。奥にも弱めの反応があります」
俺は黙って頷く。
「よし、これから俺がそっちへ行く。一人でだ。攻撃するつもりはないから、落ち着いてくれ」
背後に分身を残す。
これでいつでも【入れ替えの術】を発動できる。
なにかあっても仕切りなおせる。
男の声は震えていた。
怯えているか、あるいは強い緊張状態だとわかる。
武器を見せて刺激したくないので、刀を背中の鞘に納める。
「信じられません。放っておいてください……!」
「ゆっくりだ。今、入り口の前に行くぞ」
俺は両手を上げて、ゆっくりとトイレの入口へと向かう。
余裕ある表情、笑みを浮かべようと努力するが……まあ、ぎこちないだろうな。
見かけとは裏腹に、心中では最大限の警戒をしている。
いきなり攻撃されたとしても、術を発動する余裕はあるはずだ。
【危険察知】【回避】の反応を見逃さないように集中する。
俺はトイレの前に立ち、中をのぞき込む。
通路から中が見えないようにエル字になっている。
奥は見えない。
そこに通せんぼをするように両手を広げた小柄な男性が立っている。
若い。十代後半くらいだろうか。
「来るなっ! 近よらないでっ……!」
彼は決死の表情で立ちふさがっている。
だが目線は落として、こちらの顔は見ない。
彼の顔を見て、俺は安心する。知った顔だ。
彼は敵ではない。
「俺は公儀隠密のクロウと言う。御庭の使いで来た。あんたたちを助けに来たんだ。たしか君はエドガワ君だろ?」
車中で確認した資料に名簿があったのだ。
彼の姿は顔写真と一致する。
つまり、公儀隠密のメンバーだ!
よかった! 無事だった!
「え? 公儀隠密の人……? でも、僕はあなたを知らない!」
「俺は最近加入したからな。そっちにあと二人いるはずだ。サタケさんと、ミムラさんだ」
「ボ、ボクらの名前を知っている? じゃあ……ほんとに……?」
「ああ、仲間だ。安心しろ。ほかの二人は無事か? 奥に誰かいるのか?」
エドガワ君はためらいを見せる。
「うう……どうしたら? ボクがここをどいたら……」
男性の声が奥から聞こえてくる。
「入ってもらえ……彼を信用しよう。ただし、ひとりでだ! ……げほっ」
咳き込むような音。苦しげだ。
リンが心配そうな声を出す。
「ゼンジさん……?」
「大丈夫。名簿をみたろ? 彼らは味方だ。ちょっと待っていてくれ」
「……はい。無理しないでくださいね」
「でも、危なくないっスか? 信じないのは向こうが悪いっス」
「トウコ、相手は怖がっているんだよ。刺激するな。外からの敵が来ないか警戒しておいてくれ」
「ちぇー。リョーカイっス」
トウコの言うこともわかる。
俺たちは助けに来たんだから、素直についてきてくれればいい。
――わあ、助けに来てくれたの? ありがとう!
――さあ逃げよう!
そんな感じが理想だ。
だが、人間の心は単純明快じゃあない。
怯えた人間は慎重になる。疑い深くなって当然だ。
ハルコさんは壁から顔だけ出しているが、なにも言わない。
公儀隠密についてしゃべったことも聞かれている。
「じゃ、入るぞ」
「ど、どうぞ……」
エドガワ君がゆっくりと後退する。
俺は距離を保って、ゆっくりとトイレの中に入っていく。
俺は彼らの顔を名簿で見て知っている。
だが、彼らは俺たちを知らない。
俺たちの第一目標は彼らの救出である。
助けるというのは、敵を倒すことよりも難しい。
まずは発見した。
次は状況を把握する。
そして、脱出だ。
彼らを驚かせずに信頼を得なければ、彼らを救えないだろう。




