拡張するダンジョン領域と絶望的な生存者!?
俺たちは三階へ向かうエスカレーターをのぼっていく。
通電していないから、ただの階段だ。
空気が変わる――
「む? いま、きりかわった感じがしたな?」
空気が重くなったような、いやな感じを覚えたのだ。
「はっきり感じましたねー!」
「エリアが変わったんスかね?」
リンとトウコは頷く。
ハルコさんは不思議そうに言う。
「え? どういうことですかぁ?」
「三階はもっと危険だってことだ」
ダンジョン領域は、三階から広がった。
ならば、ダンジョンの入口も三階にあるはず。
俺たちは、悪性ダンジョン領域を大鬼のダンジョンで経験している。
そのときはマンションの一室だけだった。
ここは規模が違う……一部屋どころか、フロア全体である。
そして、領域が複数のフロアに及んでいる――
これは俺たちにとって、はじめての経験だ。
したがって、三階が危険だというのは推測である。
だが、おそらく間違いない。
ダンジョンの入口に近づくほど危険が高まる!
エスカレーターをのぼりきって、周囲を眺める。
「ひとまず、敵はいないようだな」
「三階も停電していて暗いですね。……不気味ですー」
「人がいないのがヘンな感じっス!」
周囲に人気がないのは二階と同じだ。
テナントの店舗が並んでいるが、無人だ。
そして、二階よりも荒れている。
商品は散らばり、棚やマネキンが倒れている。
これは混乱のあとだ。
あらそった形跡……逃げようとした形跡。
ここに人がいたんだ……。
それを見てなのか、ハルコさんが不安げな顔をする。
いや、もっと衝撃を受けている感じだな。顔面蒼白になっている。
「なんで、誰もいないんでしょうかぁ……? けが人とか、し、死体もありませんけどぉ?」
「ああ、ハルコさんは知らないんだったな。今、この場所は特殊な状況で――」
三階を探索しながら、ダンジョンや領域について軽く説明する。
死ぬと体は塵になる。持ち物も消える。
「あぁ……どうしよう……みんな消えちゃったぁ?」
「うむ。誰もいないってことは……犠牲者が多すぎる!」
三階の階段周辺には人の姿がなかった。
また、敵も見当たらない。
声を上げても、寄ってこない。
モンスターすら現れないのは、どういうことだ?
「誰かいませんかーっ」
「敵が来ないのもヘンっス! キバオが言ってた狩り役って奴らが倒したんスかね?」
「キバオって誰だよ!?」
「さっき倒した牙の生えた男っス! もう一人はマホ太郎で!」
魔法使いだから魔法太郎?
うーん。適当!
「変な名前つけるなよ。逆にわかりにくいわ!」
「ともかく、狩り役っス! つまり、攻撃係ってことだと思うっス!」
「階段をふさぐ係と、敵を狩る係だな? 俺は人間を狙う係だと思っていたが……モンスターも狩るのか?」
なんのためにそんなことをするんだ?
リンが言う。
「あ、キバオさんたちは犬ばっかり、って言ってましたね! 仲良しじゃないんですよ!」
「ああ、そうか。獣のモンスターとキバオたちは別のグループだから、争うのか!」
いつのまに俺までキバオって呼んでるぞ……。
まあ、牙の生えた男より呼びやすいからヨシ!
「そうそう! 自分たち以外はみんな敵なんスよ!」
ここには今、三グループの勢力がいる。
ダンジョンのモンスター。獣。
キバオ達。階段役、狩り役。
俺たち公儀隠密。行方不明のメンバー三名もここに含む。
そして、第四のグループとして生存者もいるはず……いてほしい。
「じゃあモンスターがいないのは、狩り役さんが倒しちゃったのかもしれませんねー」
ということは生存者も……。
これは口に出さない。
「捜索を急ごう。狩り役にも出くわすかもしれない。気を引き締めてかかろう」
さっきのキバオ達は不意を打って倒した。
不意打ち二連発である。
正面から戦えば苦戦するかもしれない。
トウコが言う。
「あ……なんか聞こえるっス! ……うめき声?」
「生存者か!?」
トウコが指さした店舗に俺は駆けよる。
そこには二人の男女がいる。
床に血だまり。その上に男が倒れている!
倒れた男性に女性がしがみついているようだ。
彼女は嗚咽のような声をもらしている。
うつむいていて、顔は見えない。
「ああ……ううう」
「おい、大丈夫か!? 助けに来たぞ!」
女性は俺の声に反応を示さない。
男性は動かない。
だが血が流れているなら、まだ息がある!
女性はぶつぶつと呟いている。
「ああ……」
「おい!しっかりしろ!」
女性は男性におおい被さったまま、顔を上げずに、なにか呟き続ける。
「おお……しい……」
女性は混乱しているのか?
まともな返事は返ってこない。
男性は上半身から血を流しているようだが……女性の陰になっていて見えない。
「どうした? 大丈夫か!? ちょっと見せてくれ! そっちの人にもポーションを使えば……!」
俺は二人に近づき、ひざをついて男性の様子を見る。
意識はないようだ。
びくびくと体をけいれんさせている。
傷はどこだ……?
間に合うか……!?
リンがあせった声を出す。
「ぜ、ゼンジさん! その人はちがう――!」
男性の上にかがみこんで、女性は口を動かしている。
くちゃ、くちゃ。
……なんの音だ?
女性ががばりと身を起こす。
その口元は真っ赤に染まっている。
血だ。
口から血をしたたらせながら、女が言う。
「ああ……おいしいィィ! おいしいおいしい! おいしいよォォ!」
「な、なに!?」
口の中には……赤いなにか。
赤い肉のカタマリを咀嚼している。
これは……!
この女は……!?
男性の体が塵となって消える。
持ち物も、流れ出た血も消えてしまう。
くそ……助けられなかった!
あまりの衝撃に俺はあぜんとする。
俺の背後で銃の撃鉄を上げる音。
トウコが言う。
「店長っ! そいつは敵っス! モンスターっス!」
そうだ! こいつは生存者じゃあない!
敵だ! もうわかっている!
だが、戦う身構え――心の準備ができていない。
赤い口の女が、狂喜して俺へと手を伸ばす。
口の中には長い牙がのぞいている。
「おお……おかわりィィィ! お前もおいしそうだァッ!」
いまさら【危険察知】が警鐘を鳴らす。
【回避】が安全域を知らせる。
だが、避けられない!
「――させません! 燃えちゃえーっ!」
牙女が燃え上がる。
銃声。着弾。
女がのけぞって、耳障りな悲鳴をあげる。
「ぎぃぃやぁあ! あついっ! いたいっ! おいしくないィィ!」
俺は後ずさりながら言う。
「――すまん! うかつだった!」
牙女がぐらりと倒れる。
炎につつまれ、立ち上がれずにもがいている。
リンが微笑む。
「ゼンジさんは誰にでも優しすぎるから心配です……。急に女のひとに近づいたらダメですよ?」
「お、おう?」
牙女がいっそう強く燃え上がる。
「アアア……」
そのまま女は燃え尽き、魔石が転がる。
「なんかリン姉、笑顔がこわいっス!」
「えっ? そうですか?」
リンは俺に問いかけている。
ノーコメントだ。
炎にあぶられる牙女を前に笑うリンはとても……うん。
すごくアレだ。
こ……心強いね!?
「いや……助かったよ二人とも」
トウコが親指を立てる。
「セーフっス!」
「無事でよかったですー!」
一方、ハルコさんはぼうぜんとしている。
こんな状況じゃ無理もない。
「い、今の人って……さっきのバケモノの仲間だったんですねぇ?」
「ああ、そうらしい。男の人を食べてたみたいだったな……」
「でも、キバ子はキバオよりアホっぽかったっスね?」
「たしかにな……って、また雑なネーミングぅ!」
階段の二人組は、品は悪くても普通の会話をしていた。
牙女はもっと知性が低い。食べることばかりだ。
この違いは……?
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