生存者の少ない理由!? ……悪党にかける慈悲はない!
俺たちは隠れて、聞き耳を立てている。
ここから相手の姿は見えない。
人気のないショッピングセンターに、声が響く。
「しかし、今回はずいぶん長くかかるな。収穫はまだ終わらねえのか?」
「俺に聞くんじゃねえ。一緒にいるんだ。わかるわけねえだろ?」
男の声。二人で会話している。
「そうだがよ。こんなに待たされるとは聞いてないぜ。それにこう犬ばっかりじゃつまらねえ!」
「ああ、もっと人間を貪りてえな! 俺も狩り役がよかったぜ。はあ……」
「オイ、なにか聞こえたぞ? 犬じゃねえ!」
「人間の足音だ!」
「まだエサが残ってたな! ……いたぞ!」
俺の姿を見つけたらしく、そいつらが喜びの声を上げる。
「よし、俺がちょっと味見を……いや、様子を見てくる! ここはまかせた!」
「おい! ふざけるな! 持ち場を守れ!」
一体が、俺の姿を追いかけてきたようだ。
足音は一人分。
つまり、もう一人は元の位置にとどまったままだ。
やつらに見せた俺の姿は、もちろん分身である。
釣りだし成功だ!
通路の角から、声の主が姿を現す。
人間のような姿をしているし、服も着ている。
だが、人間ではない!
目は血走り、牙が口元からのぞいている。
その姿を見ただけで、背筋がぞっとする。
嫌悪感と敵対心だ。
これはモンスターを見たときの生理的な反応である。
十中八九、モンスターだ。
不意をついて暗殺する手もあるが……。
しかしこいつらは、会話する知性を持っている。
ゴブリンや鬼とはちがう。
会話を試みるべきだろうか?
なにも友達になろうってわけじゃない。
情報を聞き出すとか……尋問するとかでもいい。
「おい待て、そこの人間!」
男が分身の背に声をかける。
俺は分身を操作して振り返らせると、恐怖に竦んだようなポーズをとらせる。
表情はぎこちなくなるが、マスクで隠しているのでバレないだろう。
男はあざ笑うような笑みを浮かべて言う。
「なんだ? おびえて声も出ないのか? つまらんな。じゃあ、悲鳴を上げるのを手伝ってやるぜ!」
そういうと男……いや、人の姿をしたモンスターは大きく口を開く。
口には長く伸びた犬歯――牙がある。
分身におおいかぶさると、首筋に牙を突き立てた。
「う……うぎゃぁぁあ!?」
叫んだのは分身ではない。そう、分身はしゃべれない。
分身が塵となって消える。
それと同時――牙の生えた男の胸から刀の切先が飛び出す。
俺は男の背後から言う。
「――悲鳴を上げたのはお前のほうだったな?」
「な……なんだ、てめえは!?」
男は狼狽した言葉を吐き、振り返ろうとする。
俺は刀をひねり上げてそれを許さない。
「質問するのはこっちだ。お前はなんだ? ここで何をしている?」
さらに刀に力を込める。血が噴き出す。
男が苦悶の声を上げる。
「ぐあ……あああっ! に、人間ふぜいが……調子に乗りやがってぇっ!」
そう言うと、男の体がふくれ上がったように見えた。
いや、実際に大きくなっている!
筋肉が盛り上がり、服が裂ける。
背中から胸まで貫通させている刀が、肉に締めつけられている。
このままでは刀がからめとられる!
抜くしかない!
男の体は、さらに筋肉でふくれ上がっていく。
背中の傷までも、ぴたりと閉じてしまう。
――だが、相手の変身を待ってやるつもりはない。
「うりゃあっ!」
男の背中へ刀を振り下ろす。
返す刀でもう一撃!
ちゃんとダメージはある!
大きな傷から、血が噴き出す。
返り血を浴びる前に、俺は位置を変えている。
男はよろけて、膝をつく。
「ぐあっ! て、てめえ! 卑怯――」
「動くな。振り返るな。妙な真似をすると斬る! だが、質問に答えれば命は助けてやる」
窓から差し込む光が床に影を落としている。
背後で刀を振りかぶっている俺の影に、男がちらりと目線を送る。
男が大声でわめく。
わざとらしく両手を上げて降参のポーズだ。
「わ、わかったぁ! た、助けてくれ! 俺はここで……そこのエスカレーターで……」
「エスカレーターでなにをしていた? ほら、早く言え!」
男の爪が鋭く伸びる。
あざけりの声で、男が言う。
「――お前みたいなマヌケな人間を待ってたんだよ! いまだっ! コイツを殺れっ!」
その声を合図に、通路の角からもう一人の敵が現れる。
話し声のもう一人だ。
「おうっ! マジックアローッ!」
男の手が強い光に包まれている。
その手から、なにかが放たれた。
魔法だ!
さらに牙男が振り返りながら、鋭い爪で俺を切り裂こうとする。
魔法と爪の同時攻撃。
刀で受けるのも、避けるのも難しい。
勝利を確信した牙男の顔が狂喜に歪む。
だが、牙男の腕は空をきる――
「――え!? どこ行った!?」
狙った位置に俺はいない。
俺が無策に足を止めているわけがない。
俺と牙男の位置はもう、入れ替わっている!
魔法で俺のいた位置へ攻撃を放ったもう一人が、警告の声を上げる。
「ば、ばかな! ――避けろ!」
「な、なに!? ぎ、ぎやぁぁーっ!」
振り返った牙男の目前に、魔法の矢が迫っている。
すでに回避は不可能!
避けるいとまもなく、牙男は魔法に撃ち抜かれる。
そして塵となって崩れ落ちた。
黒い魔石が床に落ちて、軽い音を立てた。
俺は言う。
「マヌケはお前だったな。――そしてやはり、お前らは敵だ!」
俺はもう一人の敵に刀の切っ先を向けて、宣言する。
もう一人の男がうろたえたように言う。
「なっ……! ――だ、だがお前ひとりくらいこの俺が……」
男の手が輝きはじめる。
さらに魔法を準備しているようだ。
準備を待ってやるほど親切ではない……のだが。
もうちょっと情報を引き出したい。
期待はしていないが、いちおう言ってみる。
「話し合いに応じるなら、逃がしてやってもいいぞ。どうする?」
「ちっ! そいつを殺ったくらいで、いい気になるなよ!」
「殺ったのはお前だけどな!」
「うるさい! 黙ってくたばれっ! マジックアローっ!」
男の手から魔法が放たれる。
当然、俺を狙っている。殺す気の一撃だ。
魔法の矢。
何本もの光の矢が飛んでくる!
「ふう……やはり、話は通じないか」
俺はあわてずに、それを見ている。
想定通りの展開。
回避コースも見えている。だが、避ける必要すらない。
こちらの準備もできているからだ。
わざわざこの位置に釣り出したのは、幻の壁からの射線を取るためだ!
――壁の中から声が聞こえる。
「ファイアァ――ランスーっ!」
「チャージショットォ!」
炎の槍が、壁の中から放たれる。
それは男の魔法を包み込み、そのまま押し返して消し飛ばす。
同時に――大きな銃声が響く。
目に見えない速度で飛んだ弾丸が、男の頭部をふき飛ばす。
空中にはビームのような軌跡が残っている。
トウコの銃撃のエフェクトだ。
魔法を使った男の体がぐらりと背後にかしぐと、ゆっくりと倒れる。
そして魔石を残して塵となった。
俺はそれを引き寄せて、腰袋へしまう。
「よし、やったな!」
壁から出てきたハルコさんが興奮気味に言う。
「す、すごいですね……!? 二人のバケモノをこうもあっさりと……!」
「みましたか! ゼンジさんの活躍! かっこよかったですねー!」
あ、偽名。
「相手がアホでよかったっス!」
「話は聞けなかったけど、いくらかはわかったな」
知性のある相手を殺すのは気が引ける。
人型のモンスターに見えても、元人間の変異者の可能性があるからな。
変異者だとしても、敵なら倒すしかない。
かつて戦った大鬼は、どこか悲しい存在だった。
だが、こいつらは明らかに道を踏み外している。
自ら望んで、楽しんで人を殺していた。
ならば、かける慈悲はない。
罪悪感も覚えない。
こいつらを逃がして、人を害するのは目に見えているからだ。
「この人たちがハルコさんの言ってた、人を殺してるヤツか?」
「そ、そうだと思います。たぶん?」
まあ、逃げながら人の顔なんてまじまじ見てられないよな。
「どうやらこいつらは、誰かに指示されてここに居た……収穫とやらが終わるのを待っていた……そして、人間を襲ってたんだ!」
会話の断片から、それがわかる。
――収穫、持ち場、狩り役。
誰かの指示で、この場所――エスカレーターを封鎖していたんだ。
もちろん、上にも下にも行かせないためだろう。
リンとトウコが俺を見る。
「これで、通れるようになりましたねー」
「上に行くっスか? 一階に戻るっスか?」
そうだな――
俺は考えをまとめる。
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