隠れながら進もう! 壁スニーキング! その2
俺たちはハルコさんの能力で生み出した、幻の壁に隠れている。
そのすぐ近くで、獣がうろついている。
俺たちを見つけてはいないが、離れていかない。
地面に鼻面を押し当てて、匂いを嗅いでいるような――
――まずい!
地面の匂いを嗅いで、俺たちの足跡を追っているのか!?
壁が匂いをさえぎったとしても、床に匂いは残る!
ハルコさんがあわてたように、壁の内側で手を振る。
見た目に変化は起きないが、なにかをしたようだ。
小声でハルコさんが言う。
「あ、忘れてましたぁ……はい! これで大丈夫かな?」
「……お、獣が去っていくぞ」
獣は鼻をひくつかせて、その場でぐるぐると回る。
そのまま、あきらめたように去っていった。
「なにしたんスか? ずっと見てたけど、わかんなかったっス!」
「あ。うすーい床を出したのかなー?」
ああ、そういうことか。
嗅覚に優れる犬などの動物は、地面に付着した微量の匂いを嗅ぎわける。
空気中の匂いは拡散してしまう。
ハルコさんはさっき、忘れてたと言った。
一人で隠れているときは床を作っていたってことだ。
たぶん、俺たちが見つける前にも似た状況があったんだろう。
そうでなければ、匂いでバレて隠れていられない。
獣の嗅覚が鈍いというよりは、ハルコさんの能力が優れているんだ。
ふむ……。
【隠密】では獣からは隠れきれないかもしれないな?
「レンさんの言う通りですぅ。薄い床をかぶせて、匂いを隠したみたいな?」
「じゃあ、うすい本も作って欲しいっス!」
「おい、腐臭を放つんじゃない! あとにしろ!」
緊張感を持て!
「じゃあ、あとでお願いするっス! 壁尻マジックミラーのやつ!」
ナニソレ興味ある!
どっち側がマジックミラーの見える側なの!?
あとでなら……。
違う、そうじゃない!
緊張感を持て、俺!
ここは死地で、戦場だ!
トウコの空気に呑まれるな!
とはいえ、リラックスできて助かるんだけどな。
ずっと張りつめていると疲れる。
俺たちはさっきまで、気負い過ぎていた。
緩みすぎず、張りつめすぎず。バランスよくいこう。
リンとハルコさんは、トウコの発言に首をかしげている。
普通は伝わらないよね。
伝わらないでよかったよ!
俺は気を取り直して言う。
「……先に進むぞ。敵がいないときはそのまま進むか?」
「そ、そのまま? 壁に隠れながらでもいいですよね? ねえ?」
敵の姿が見えないときは隠れず進める。
だが、ハルコさんは怖がっている。
「じゃあ、そうしよう。床も忘れずに頼む」
「はいぃ」
こうしてハルコさんを伴って、俺たちは先へ進みはじめる。
幻の壁と床のおかげで獣に気づかれず、やり過ごすことができた。
戦うと音で周囲の敵を集めてしまうから面倒だ。
こうやって移動していれば体を休めることもできる。
俺は合間に【瞑想】しているので、魔力は充分回復した。
移動しながら、さらにハルコさんへの質問を続ける。
「ちなみに、どういう仕組みで匂いや音を消してるんだ?」
「し、しくみ? 見えるようにしたり、見えないようにするのと同じですけど?」
なぜそんなことを聞くのか、という顔だ。
気にならないものかな?
当たり前みたいに言われても、俺としては仕組みが気になってしまう。
それに、ハルコさんの行動や能力を把握していないと連れて行くのは危険だ。
「ぜんぜんわかんないっス!」
「音は空気を伝わる波だよな? 実体のない幻の壁で、どうして音がさえぎれるんだ?」
「えっ? ええっ? なんで私、問いつめられちゃってるんですかぁ?」
あ、つい詰め寄ってしまった。
別に悪気はない。
なんと言ったものか……。
リンがやさしく言う。
「ううん、ちがうよ。ハルコさんのことを知りたいだけなの。私はなんとなくわかるなあ。音や匂いを消すようなイメージで作ってるから、ですよねー?」
おお、ナイスフォロー!
俺は淡々としてしまうし、トウコは空気が読めない。
リンは引っ込み思案だけど、今日は頑張ってるな!
「そ、そうですレンさん! そういうふうに書き換えてるんですぅ」
あ、いちおうリンは偽名で認識されてる。
そして、話も通じている。
リンとハルコさんはちょっと感性が近いのかもしれない。
しかし俺には、まだふわっとしている。
「書きかえる? どういうことだ?」
「私のこの超能力? は……見た目だけじゃなくて、音や匂いも書き換えてるんです。伝わりますか?」
まだ伝わらないけど……。
根掘り葉掘り聞いている時間はない。
映像を出すだけの単純な能力ではない。
書き換える、加工することが本質なんだろうな。
「まあ、だいたいわかった。ありがとう」
リンのフォローのおかげもあって、ちょっと理解できたな。
トウコが言い放つ。
「よくわからないけど、使えるならどうでもいいっス!」
「トウコちゃん……言い方!」
ハルコさんは半笑いでうつむいてしまう。
「はは……どうでもいいですよね?」
気まずい表情だ。
どうでもよくはない。
むしろ――
「スゴイ能力だと思うぞ?」
ハルコさんははっと顔を上げる。
「そう、でしょうか?」
「ああ。俺の【分身の術】にちょっと似てるけど、こっちは音や匂いを消せないからな」
ハルコさんが聞き返す。
「分身の、じゅつ?」
「ああ、俺の能力だ。あとで驚かないようにちょっと見せておく――分身の術!」
偽名まで使って正体を隠してはいるのに、術を見せるのは無駄とも言える。
だが、すべてを隠していては話が進まない。
俺の術はひとつじゃないから、見せても困らない。
俺はレベル一の分身を生み出す。
分身は虚像――触れない映像だ。
俺の分身に匂いはない。
しゃべることもできない。
レベル二以上なら、実体がある。
実体があるから、体や地面を叩けば音が出る。
似てるようで、ちょっと違う。
「す、すごいですね。こんなにはっきりした立体映像を出せるなんて……!」
「え? ハルコさんの壁のほうがスゴいんじゃないか?」
分身より壁のほうが範囲が広い。
周囲の壁と見わけもつかない。
分身は俺の姿でしか出せない。
イメージを強く持てば、マスクの有無とか服装くらいは変えられる。
だが、他人の姿にはできない。
「私は人間を出したり、なにもないところに映像は出せません。画像加工と一緒で、ちょっと盛るだけです」
ちょっと?
って、壁を作るとか、かなり盛ってると思うが……。
「へえ……いろいろ違うんだな」
俺の術より範囲が広いし、リアルさもある。
だが、周囲の壁と連続した形でしか出せないようだ。
なにもない場所に書き出す能力じゃないってことか……。
修正や付け足しはできても、絵を描くことはできないって感じだな。
フォトレタッチみたいな、加筆修正能力なんだ。
「プチ整形みたいな感じっスか?」
「映像を作るんじゃなくて、加工するってことですねー?」
「そうなんですぅ! 普段はこれを使って動画を取ってるんですよ! フォロワーも増えてきて……」
動画配信?
ツイスタをやっていると言っていたが……。
危険なことを……!
俺がなにか言おうとしたところで、トウコがさっと手を上げる。
トウコが小声で言う。
「――あ、なにか聞こえるっス!」
「む? みんな、ちょっと声を落としてくれ……聞こえる。話し声だ!」
曲がり角の向こうから、誰かの話し声が聞こえてきた。
生存者か!?
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