かべのなかにいる!?
声のした店舗へと俺は入っていく。
人の姿はない。
「このへんから声がしたが……?」
「こ、ここです! 出ていくので……殺さないでください!」
やはり声は目の前の壁から聞こえる。
その声はひどくおびえている。
安心させなければ。
「ああ、俺たちは助けに来たんだ」
リンが緊張で震えた声で言う。
「あ、安心してくださいね!」
トウコが軽い調子で言う。
「殺したりしないっスよー」
二人とも、安心感を与えられてる気がしない!
俺はつとめて落ち着いた声を出す。
「今は安全だ。獣も倒した。さあ、出てきてくれ」
「で、では……。し、失礼しまーす?」
そういうと、若い女性の顔が壁からにゅっと突き出される。
俺は驚いて身を引く。
「うおっ」
頭に続いて、壁の中から体も出てくる。
壁抜けの術か!?
物質透過か!?
驚いた俺たちを見て、彼女も驚いている。
「あ、ごめんなさい!?」
俺は息を整え、手を振って言う。
「……いや、大丈夫。ちょっと驚いただけだ」
まずは信頼関係を築こう。
そして情報を聞き出す。
「俺たちは、ここに取り残されている人たちを助けに来たんだ。俺はゼンゾウと言います」
偽名である!
マスクで口元も隠している。
相手が何者かわからないのと、ダンジョン内での出来事を人に話されては困るからだ。
こういう状況では、正体を知られるべきではない。
偽名を使うことはダンジョンに入る前にリンとトウコにも伝えてある。
「私は……れ、レンです」
「トウコっス! あ、ちがうっス!」
……やっぱりか。
俺は顔に手を当てて、苦い表情を隠す。
壁から現れた女性は、やや困惑しながら言う。
「えっと? ……私はハルコ、と言います。ここへは買い物に来て……それで隠れてました」
やや要領を得ないこたえだが、混乱しているのだろう。
彼女の言葉を信じるなら、ただの買い物客ってことになるが……。
「それでハルコさん? 壁から出てきたように見えたけど……」
「あっ。そうですよね? 私、あやしいですよね?」
彼女は引きつった笑みを浮かべる。
「見るからにあやしいっス!」
「ちょっとトウコちゃん! じゃなくて……うぅ」
俺は頭を抱えた。
偽名作戦、失敗である!
二人に忍者ムーブを期待した俺が悪かった。
忍べないよな。そうだよなぁ……。
ハルコさんはやや気まずそうに言う。
「信じてもらえないかもしれませんが……ただ、隠れていただけで……」
「いえ、責めてはいません。俺はその壁がどうなっているのか、不思議に思っているだけです」
トウコは壁に近づいて、銃の先で壁をつんつんしている。
「ど、どうやったんスか? 壁にしかけがあるんスか!?」
「おい、うかつに触るなよ! なにかあるかもしれん!」
「トウコちゃんあぶないよ!?」
「うえっ!? あたしの腕が――!?」
トウコの銃と腕が、壁の中にめり込んでいく。
消えるように腕がするっと壁に入っている。
「おい……!?」
「腕が――な? な、なんともないっス! ここはスカスカっ! カベがないっスよ!」
トウコが壁から腕を引き抜いてみせる。
なんともない。
「トウコお前……ボケる場所と状況をわきまえろ!」
「ボケは生き様っス! やめたりできないんスよ!」
そういうのは身内のときだけにしろ!
ハルコさんも笑ってるだろ!
「あはは。おもしろーい。なんなのー?」
「……緊張感がほぐれたから良しとするか」
俺はトウコへ聞く。
「それで、壁がスカスカだと? 触れないってことか?」
「ゲームの隠し通路みたいになってるっス!」
透明な壁。通り抜けられるやつか。
ゲームだと全部の壁面にぶつかっていくむなしい作業をしなきゃならないやつ!
この壁は……スキルか? 異能か?
彼女が敵である可能性もある。
時間は惜しいが、俺は彼女の正体を知るために質問していくことにする。
「これは……あなたがやっているんですか?」
ハルコさんが頷く。
「は、はい。ちょっと壁をデコってるんですう」
「デコる……?」
俺は意味をつかみかねて聞き返す。
スマホにキラキラする石を貼ったりしてデコレーションすることか?
言葉の意味は分かるが……。
トウコが壁から頭部だけ出している。
隠れられてないぞ。
トウコが言う。
その声は壁越しのように、小さくくぐもって聞こえる。
「デコるって、こうっスね!?」
おデコだけ出しているってことか?
ああ、もう。無視しよう……。
だが、リンがツッコんだ。
「違うと思うの……」
ハルコさんが言う。
「あれ? 伝わらないですかあ? ツイスタ加工とか、わかりません?」
ツイスタは……有名なSNSだな。
知ってる知ってる。
俺はやってないけど。
写真や動画をアップして、コメントをつぶやく。
映える写真を上げて人気を得るやつだ。
「画像加工ってことだな? わかるぞ」
顔を変えたり、いらない背景を消したりする。
見映えのいい画像に加工するんだ。
「エスエムエスっスね!」
「エスエヌエス、よね。トウコちゃん」
わざと間違うな!
俺の緊張まで緩みそうだが、意識して引きしめる。
ハルコさんは笑っている。
だけど、まだハルコさんが安全な相手かどうかは判断できない。
敵ではないように思えるが、演技かもしれない。
場所と状況が特殊だからな。疑いすぎるくらいでいい。
少なくとも彼女は公儀隠密のメンバーではない。
車中でメンバーの顔と名前は憶えてきたが、一致しない。
ぐうぜん居合わせて、ダンジョン領域内に取り残された買い物客かもしれない。
だが、モンスターが徘徊するなか、生き延びている。
壁から現れたことに関係あるだろう。
普通の一般人、ではない。
少なくとも特殊な力がある。
警戒しておこう。
「店長! 壁にはまったっス!」
「なにしてるのトウコちゃん……」
トウコは壁から尻だけを出している。
ちょっとは警戒して!?




