同時多発悪性ダンジョン攻略! その2
ショッピングセンター前の通りは少し混雑している。
だが、ダンジョン領域は広がっていない。
その証拠に、普通に人々が行きかっている。
バスやタクシーに乗り込む人たちであわただしい。
敷地内には案内アナウンスが流れている。
「――ガスもれが発生しました。館内の皆様は、係員の指示に従って避難してください。くりかえします――」
係員らしき人が人々を誘導している。
「あわてずに避難してください!」
建物から出てくる人々の顔に緊張感はない。
それを見てトウコが言う。
「まるで避難訓練っスね!」
「たしかにそうですねー。みなさん、落ち着いています」
人々はやや不安げに、あるいは不満げに歩いている。
「落ち着いているのは認識阻害のせいで異変に気づかないから、だろうな……」
警報は、客を避難させるために手配したのだろう。
実際にはガス漏れは起こっていない。
起きているのはもっとマズイ事態だ。
俺たちは人々の流れに逆らって走る。
自動ドアをくぐって、建物の中へ。
ここでも大きな変化はない。
「建物のなかも普通っスね」
「もっと奥かもしれない。気を引き締めていこう」
「はいっ!」
イヤホンから御庭の声が聞こえる。
「到着したね、クロウ君! 監視カメラで見えている。その建物は三階建てだ。二階と三階の映像が取得できないから、ダンジョン領域にのまれているはずだ! 気を付けてくれ!」
俺は監視カメラに手を振る。
ハカセがハッキングして、建物の映像を見ているんだろう。
俺たちが目立つ動きをしたとしても、証拠は消してくれるはずだ。
マスクで口元を隠しているとはいえ、身元がバレるのは避けたい。
「ああ、わかった。気を付ける」
音声回線は開きっぱなしなので、こちらの声も届いている。
御庭は複数の回線を切り替えながら、俺たち以外ともやりとりしているらしい。
エスカレーターを発見する。
動きは止まっているが、階段としては使える。
俺は二階へ続くエスカレーターを駆け上りながら違和感を覚えた。
ここは吹き抜けになっていて、三階の天井まで見えている。
御庭は、二階がダンジョン領域にのまれていると言っていた。
ここから上を見る限り、一階と変わらない様子だ。
人影はないが、平穏な店内の様子に見える。
――なぜ、照明がついている?
――なぜ、誰も逃げてこない?
俺は疑問を口にする。
「なんで誰も降りてこないんだ?」
「みんな避難したんスかね?」
「そうだといいですね……」
二階へ上りきったところで、空気が切り替わるような違和感。
「――むっ?」
「いやな感じっスね」
「あっ!? 暗くなっちゃいました……」
一つ目の疑問は解けた。
二階の照明は消えている。
停電というよりは、照明や電子機器が動いていないのだろう。
一階から見えていたのは……みせかけだ。
腕のスマートウォッチの画面もブラックアウトした!
つまり――
「領域に入ったぞ! リン、索敵! トウコ、警戒!」
「はい!」
「リョーカイっス!」
リンが周囲を見回し、トウコは銃を抜いて構える。
俺は周囲を見回す。
照明の消えた建物内はうす暗いが、窓から差し込む明かりがある。
振り返って、いま登ってきたエスカレーターごしに一階を見る。
まだ避難は完了していないらしく、出口へ向かって歩く人が見える。
彼らは二階の異常には気づいていないようだ。
俺が一階から二階を見たとき、見た目の異常を感じなかった。
停電しているようにも見えず、普通の景色が見えていたのだ。
ダンジョン領域との境界線は、こういう見え方をすることもあるんだな。
リンとトウコが言う。
「近くには魔力の反応ありません」
「遠くで音が聞こえるっス! 動物の唸り声みたいな……」
モンスターがいるのかもしれない。
だが踏み込む前にやることがある。
「引き続き警戒してくれ。ちょっと報告してくる!」
俺は一歩踏み込んで領域外――エスカレーターへ戻る。
すると、スマートウォッチのディスプレイが復活した。
「御庭! 二階は例の領域が広がってる! 探索を始めるぞ!」
ダンジョンという用語を使わないのは、人に聞かれないための配慮だ。
少しの間があって、御庭が応答する。
「――わかった! 気を付けてくれ、クロウ君。無理はしないようにね!」
「承知した! では、あとで!」
俺は再び二階に足を踏み入れる。
境界線を越えたとたん、銃声が耳を打つ。
トウコが煙のたつ拳銃を構えている。
「店長! 敵っス!」
さらに発砲。
銃口の先で、四足の獣が倒れる。
モンスターだ。
すでに会敵している!
リンが手をかざして叫ぶ。
「ファイアボォールっ!」
暗い室内を明るく染めて、火球が飛んでいく。
その光に照らされて、何匹もの獣が走ってくる姿が見えた。
俺は【忍具収納】から愛刀を取り出して構えた。
――戦闘開始だ!
 




