倒すことの簡単さと、倒さないことの難しさ!?
燃え盛る中庭。
炎は小さくなっていく。
トウコはバルコニーに狙いをつけている。
二階のリンと自律分身は引っ込んでいて、中庭からは見えない。
【狂化】しているトウコに理性は期待できない。
リンや俺であっても、わからずに攻撃してくるだろう。
窓女を倒すのは簡単だ。
ただ厄介なだけのモンスターだからな。
だが、トウコを倒すわけにはいかない。
元に戻してやらなくちゃな!
俺は大声を上げる。
「トウコ! こっちだ!」
「ううあァア!」
トウコは唸り声をあげ、ショットガンを俺に向ける。
目に理性はない。躊躇なく、銃を構えている。
【回避】が知らせる安全域は俺の周囲には存在しない。
散弾の飛び散る範囲は広いから、逃げ場はないのだ。
引き金が引かれるよりも早く、俺は術をかける。
無策に声をかけた訳じゃない。
「――入れ替えの術!」
トウコと俺の位置が入れ替わる。
俺は中庭へ。
トウコは一階のエントランスホールに続く入口へ。
「ウああっ!?」
【入れ替えの術】は位置だけを入れ替え、体の向きはそのまま維持する。
トウコは建物側を向いていたので、室内を見ることになる。
そしてそこには――
「ウウ……」
「シャァァ!」
ゾンビだ。
自律分身が引き連れて集めた、大量のゾンビがいる。
トウコは銃をぶっ放し、殴りかかり、噛みちぎる。
大暴れである!
自律分身が肩で息をしながら言う。
「ふう……うまくいったな!」
スキルなしで五ウェーブの敵を集めるのは大変だっただろう。
俺は頷く。
「このエサでトウコが元に戻るといいが……」
「トウコちゃん、大丈夫かなぁ? ……おなか壊さないといいんだけど……」
トウコはゾンビを倒しては、魔石を口に入れていく。
ときにはゾンビをまるかじりにしている。
……まあ、栄養にはなるだろう。
「窓女の腕をかじっても平気だったし、大丈夫だろ」と俺。
「本人に記憶が残らないことを祈ろうぜ」と自律分身。
「そうですね……」
リンは微妙な顔で頷いた。
このゾンビの経験値をエサにして、トウコを回復させる作戦だ。
魔石でもモンスターでも【捕食】できるはず。
支払うコストがなくなれば元に戻るかもしれない。
逆に、たくさんの魔力を得れば戻る可能性もある。
もし戻らなければリカバリーポーションを試す。
それでもダメなら気絶させるか拘束して、外に連れ出す。
六ウェーブ以降までダンジョンの中にいるのは危険だ。
仮に外に出ても【狂化】が解けないなら、また冷蔵庫に連れ込む。
そうして解除されるまで待つしかない。
次に入ればまた一ウェーブから始まる。
やりなおせばいい。
トウコが元に戻るまで、何度だってやってやる!
見捨てる選択肢なんて、ありえない。
「いや、五ウェーブはなかなか激しいな!」
「ああ。だからこそエサが多くて助かるとも言える」
俺たちは二階に移動して高みの見物だ。
分身の槍ぶすまとファイアウォールで通路を封鎖しているので、ゾンビはやってこない。
ボマーの爆発だけ気を付ければいい。
「私もトウコちゃんを手伝わなくていいんでしょうか?」
「顔を出すとトウコに撃たれるからな。もうちょっと待とう」
こちらに気づいて襲ってくると面倒だ。
トウコと戦うわけにもいかないしな。
「あ……トウコちゃんの様子が……!」
「お? 髪の色が戻っていくぞ」
トウコの髪が白から黒へと変わっていく。
前髪の一束を残して、髪が黒に戻る。
そして、がくりと座り込んでしまった。
「あれ? トウコちゃん眠っちゃった?」
「ああ、そうみたいだな」
周囲のゾンビはほぼ倒されている。
だが、奴らが来る!
「新手だ! リン、魔法を準備してくれ」
「はい!」
トウコのいる一階のホールへ、通路から三体のボマーが現れる。
たぶんこれが、五ウェーブの最後の敵だ。
「入れ替えの術!」
俺はトウコと位置を入れ替える。
自律分身が眠っているトウコを背負って安全な場所へ移動する。
俺はボマーの一体に向かう。
「ファイアーランスっ!」
リンの手から極太の炎の槍が飛ぶ。
俺から一番遠いボマーの頭部に着弾して、頭を吹き飛ばす。
ボマーは塵になって消える。
「お? 爆発しないな?」
頭を吹き飛ばしたからか。
俺は目の前のボマーの頭部へ鎌鉈を打ち込む。
「ファストスラッシュ!」
加速した重たい鎌鉈の斬撃は肉を裂き、頭蓋骨をかち割る。
――だが、切断には至らない。
まあ、俺の攻撃力はこんなもの。
想定通りだ。
ボマーが発光する。爆発の予兆だ。
俺は頭部に食い込んでしまった鎌鉈を手放す。
そして、練っておいた術を発動する。
「分身の術! ――入れ替えの術!」
対象はもう一体のボマー。
サイズ差はあるが、分身を含めれば対象に取れる。
爆発寸前のボマーの横から離れた位置に入れ替わる。
さらに距離を取るため、俺は通路へと飛び込む。
「グウェエッ!」
ボマーが爆発する。
そして巻き込まれたもう一体も誘爆。
さらに大きな爆発となる。
その爆発音にまぎれて、空気を裂く音が聞こえる。
――【危険察知】が発動する。
まだ危険がある!?
目を凝らすと、なにかが俺のいる通路へと飛んでくる!
俺は瞬時に通路の奥へと跳び退る。
さらに分身を操作して、ホールと俺の間をさえぎる。
盾となった分身が塵となって消えた。
分身の体を突き抜けて飛んできたのは――鎌鉈!
爆風で飛んできたんだ!
俺はすでに回避行動に入っている。
【回避】が示す安全域は――
――下だ!
俺はすばやく床に伏せる。
頭のすぐ上を、回転しながら鎌鉈が通り過ぎる。
鉈は通路に突き立ってびぃんと震える。
「ぜ、ゼンジさーん!?」
「あ、ああ。大丈夫だ! あせったわー」
俺は裾を払って立ち上がる。
しかし、このダンジョンの不運は侮れないな!
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